一年生の頃からずっと憧れていた名前先輩と恋仲になった。絶対に叶うことのない恋だと思っていた。だけど、名前先輩も僕と同じ気持ちだと言ってくれて、念願の恋仲になれたというのに、僕はそれだけで満足だったはずなのに。


「孫兵、こっちを向いておくれ」
「………」
「…どうして拗ねているのか、教えてくれなきゃわからないよ」


 孫兵、と僕を呼ぶ名前先輩の声にまだ慣れなくて、僕はかあ、と身体が熱くなる。だけど、僕は名前先輩の方を振り向かず、膝の上の手をぎゅっと握った。僕の態度に名前先輩が困っていることくらいわかっている。でも一度張ってしまった意地を簡単に取り消すことが、できない。こんなに後悔するなら、変な意地張らなきゃよかった。
 名前先輩が優しいことは誰もが知っている。同じ学年のあの人たちに一際甘いことも。今日、名前先輩と約束をしていた僕は、名前先輩に会いたい気持ちが抑えられず、約束をしていた時間よりも少し早く四年長屋にやってきた。そしたら、その縁側で名前先輩の姿を見つけて、それと同時に名前先輩の膝に頭を乗せている綾部先輩を見つけてしまった。僕に気付いた名前先輩は、ほんわりと蕩けるような笑みを浮かべて、渋る綾部先輩を膝から落としていたけど、それでも僕は、もやもやと渦巻く感情を抱いた。名前先輩は、僕の名前先輩、なのに。恋仲になる前は、一緒にいられるだけでよかった。だけどもう、それだけじゃあ足りない。
 僕はちらりと名前先輩の方を振り向く。困った顔をして俯いていた名前先輩が酷く悲しそうで、僕は心臓がちくりと痛んだ。そっと近付くと、名前先輩が薄く微笑み、僕の手を緩く握る。ぺたり、と身体を寄せると、名前先輩は空いている腕で僕の肩を抱き寄せた。ふわり、と香る匂いに、また体温が上がる。


「名前先輩、」
「ん、なあに?」
「…僕のすべては名前先輩のものです」
「おや、嬉しいことを言ってくれるね」
「だから、っていうのはおかしな話だと、わかっています。だけど、だけど…」
「だけど、なに?」


 名前先輩が優しく微笑んで、僕の顔を覗き込む。その近さに、くらくらする。緩く握られた手をぎゅっと握り返して、僕は名前先輩の目を真っ直ぐに見詰める。その瞳には、僕しか映っていない。なんて、幸福なことなのだろう。


「僕が名前先輩のものであるように、名前先輩も僕のものであってほしいのです」
「孫兵…」
「醜い嫉妬だということはわかっているつもりです。それでも、僕以外の誰も入りこむ隙間もないくらい、名前先輩の心を僕で満たしてほしくて…、だから、名前先輩のすべてを、僕にください」
「…こんな私でよければ、いくらでもあげるよ」


 名前先輩がふわりと目を細めて、僕の額に口づけを落とす。反射的に目を閉じた瞬間、唇をかすめた感触に驚いて目を見開けば、名前先輩が本当に嬉しそうに優しく微笑んでいて、心臓が止まりそうになった。今までずっと欲しくて仕方なかったそれが、すぐ手の届くところで、僕に惜しみなく注がれている。そのことに僕の感情がなかなか追い付かない。次々に溢れてくるあたたかい感情を持て余している。かあ、と急に恥ずかしくなって名前先輩の胸元に顔を埋めると、名前先輩の手が僕の髪を撫でてくれた。顔が、熱い。


「孫兵が嫌だって言うなら、もう誰かに膝を貸したりしないし、私からは触らないようにするけど、どうする?」
「……もし、僕が突然名前先輩にそんな態度を取られたら、きっと首を吊って死にたくなるので、今は、今のままで構いません」
「そう。嫌になったら、いつでも言っておくれ。私は孫兵が一番だから、何も苦じゃないよ」


 名前先輩の蕩けるような笑顔に、今まで聞いたことがないような甘い声に、僕に触れる指先にさえも、僕の心はいとも簡単に奪われる。この惜しみない愛情を一身に受けることができる僕は、この世で一等幸せ者に違いない。








120907

うちの子、後輩に甘過ぎやしないでしょうか。






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