ずい、と顔を近づければ、竹谷先輩は逃げるように身体を仰け反らせる。それが悔しくてさらに詰めよれば、竹谷先輩はついに肘をつき、絶望だとでも言いたげな表情を浮かべた。完全に馬乗りになっている私を見て、泣きそうになっている竹谷先輩を見かね、私は身体を起こした。そのまま腰を下ろし、竹谷先輩の腹に乗っかる。私が身体を起こしたことに安堵した竹谷先輩の顔に、再び絶望が浮かぶ。私たち、恋仲になったはずなのだけど、なんだろう、この脅えられているような感覚は。


「竹谷先輩、私がお嫌いですか」
「ち、違う!」
「では何故私を避けるのですか」
「あ、いや、えと、それは、その」
「…普段の竹谷先輩はどこに消えたのですか」


 私はため息をひとつ吐き、竹谷先輩の上から退ける。そのまま竹谷先輩に視線を向けず、襖のほうへ向かえば、竹谷先輩が慌てたように私の名を呼ぶ。それを聞こえなかったふりをして、閉めていた襖に手をかけると、後ろから伸びてきた手に手を握られ、身体の向きをくるりと変えられた。真っ直ぐに見上げれば、薄暗い室内でもわかるくらい顔を赤くした竹谷先輩と目が合った。竹谷先輩の手は汗ばんでいる。緊張、している?
 引きとめたのに何も言わない竹谷先輩に首を傾げると、竹谷先輩ははっとしたように私の手を離した。さっきから挙動不審だ。竹谷先輩はもじもじと照れているようだ。その様子は男らしい筋肉質な身体にはとても似合わないものだった。うつむいてしまった竹谷先輩の視界に入りこもうと、首をかしげて覗き込んでみれば、竹谷先輩はまた私から距離を取ってしまう。その行動ひとつひとつが私を傷つけていることに気づかないのだろうか。そもそも、部屋まで押し掛けてしまったのがいけなかったのだろうか。一応勉強を教えてもらうという理由も作ってきたのだけどなあ。まあ、いろいろ勢い余って先に迫ってしまったのも悪いとは思うけど、それでもそんな反応をしなくてもいいじゃないか。


「ご迷惑でしたら、私は部屋に戻ります。勝手に押し掛けてしまって申し訳ありません」
「あ、ちょ、名字、違うんだ!行くな!」


 軽く頭を下げ、さっさと部屋を出ようとした私の腕を強く掴む竹谷先輩にどきりとしていると、そのまま竹谷先輩の腕に閉じ込められた。竹谷先輩が抱きしめたのに、頭上では「あああ…!」と後悔の色を含んだ声がこぼれている。だけど私の肩を引き寄せる力は強くて、ただ押し返しただけでは逃げられそうにない。逃げるつもりもないのだけど。私がふふ、と笑うと、竹谷先輩は抱きしめる力を弱め、見上げる私の視線をきちんと受け止めてくれた。まだ顔は赤い。


「竹谷先輩、私がお嫌いですか」
「その質問はずるいって…。あのな名字、絶対に引くなよ」
「え、はい」
「俺は、お前が可愛くて仕方ない。一度手を出してしまったら自分を抑えられなくなりそうなくらい、名字が好きだ。だから名字に触わることも躊躇ってたし、顔を見れば閉じ込めてやりたいとか思っちまうんだよ。壊して、しまいそうで。だから名字を避けてましたすみません」


 しゅんと落ち込んだ竹谷先輩の頬に手を伸ばし、触れる。熱い。不安そうに揺れる視線とかち合う。私の中に甘い思いが溢れる。これじゃあどちらが年上なのかわからないな、と失礼なことを思いながら、私は竹谷先輩の唇に自分のそれを重ねるようと少し背伸びをする。が、もう少しで届くというところで避けられた。いけると思ったのに。さっき一時的に落ち着いていた竹谷先輩の鼓動がまた激しく脈打ち始める。突き破って飛び出してきそうなくらいだ。なんだか、私までどきどきしてきた。嗚呼、溶けてしまいそう。竹谷先輩は金魚のように口をぱくぱくと開閉している。本当に、どちらが年上かわからないなあ。私はくすくすと笑いながら、竹谷先輩の胸に顔を埋めた。


「竹谷先輩、奥手過ぎます」
「俺は今の状況でもういっぱいいっぱいなんだよ!これ以上煽るな馬鹿っ」
「そんな、足りません。竹谷先輩、もっと愛してください」
「ばっ、名字お願いだから少し黙っててくれ」


 私の肩に熱い顔を埋める竹谷先輩の背中に腕を回し、耳元にさっき避けられた唇を寄せる。「竹谷先輩、一等お慕いしております」と囁けば、さらにきつく抱きしめられた。あれ、もしかして震えている?


「お前は俺を殺す気か!」


 だって、ねえ。








120502

色魔な伊作と打って変わってなんて純情な竹谷。






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