「…善法寺先輩、仕事があるのでしょう?だったらそろそろ離してください」
「もう少しだけ、ね、いいでしょ?」


 誰もが寝る支度を始める頃、私を善法寺先輩は医務室にいた。所謂、逢引き、というやつだ。今夜は任務もないし、何なら私の部屋に来ればいいものを、「まだやらなきゃいけない仕事があるから」とやんわり断られ、自分でもわかるくらいしゅんと項垂れた私がとぼとぼと自室に戻ろうとしたところを善法寺先輩に捕えられた。胡坐をかく足の上に私を座らせ、後ろからぎゅっと抱きかかえたまま、善法寺先輩は離してくれない。まだ日は完全に落ちていない時間だ。誰かが来るかもしれない。潮江先輩とか食満先輩とか、地獄のマラソン帰りの体育委員会とか、落とし穴に落ちた保健委員の後輩たちとか。嗚呼、滝に見つかったら何を言われることか。いや、滝よりも先輩や後輩たちに見られるほうが嫌だ。とは思うのだけど、耳元で囁やかれる善法寺先輩の甘い声にぞくりと疼き、捕えられたまま動けない。結局のところ、離してください、なんて口先だけの嘘なのだ。
 私が何も言わないでいると、善法寺先輩の片方の腕が離れ、ぴったりとくっついていた背中にかすかな空間ができる。いざ離されると喪失感がふつりふつりと湧いて、ぐるぐると感情が蠢く。小さくため息がこぼれる。すっ、と衿を引かれる感覚に反応するよりも早く、露わになった首筋に湿ったものが押し当てられ、直後刺すような痛みが走る。勢いよく振り向いてみれば、善法寺先輩は無害そうにふわりと笑っている。上着の袷に手を差し込み、私の鎖骨に指を這わす善法寺先輩の腕を掴むも、いとも簡単にするりと逃げられる。じっと睨みつけてみても、意味はない。


「善法寺先輩、仕事」
「あは、なんか名前、奥さんみたい」
「何を言っているのですか、もう」
「だって、名前が可愛いのが悪い」
「………」
「名前、好きだよ」


 唐突にこぼれ出た甘い言葉に、かあっと身体が熱くなる。慌てて立ち上がろうとするも、腰を浮かす前に善法寺先輩の腕が私を捕えた。暴れられないように腕も一緒に抱きかかえられてしまい、まさになす術なし。やはり六年生にはまだまだ勝てない。無理な体勢で固定されているせいで苦しいし、善法寺先輩は満足そうに笑っているし、なんだか酷く心がくすぶっていく。ずるい、ずるい。私ばかりが心揺すられているみたい。善法寺先輩は私の額に唇を落とし、それは止まることなく瞼、目尻、頬、唇の端へと降り注ぐ。善法寺先輩の唇が私のそれに触れるか触れないかの距離で、善法寺先輩は動きを止めた。真っ直ぐに見詰めてくるその熱を含んだ眼差しから逃げたくても逃げられない。善法寺先輩がふっと笑った。息が、熱い。熱い。


「そんな物欲しそうな目で見ないでよ、名前。止まらなくなっちゃう」
「…止まらなくなってしまえばいい」
「、名前」
「好き、です、善法寺先輩」


 自ら重ねた唇は、触れているそこから溶けてしまいそうなほど熱くて、心の蔵はどきどきとうるさくて、私は心底この人に惚れているのだと思い知る。ねじ込まれた舌が熱い。粘膜が交じる音に、鼻から抜ける自分の声に、時折漏れる善法寺先輩の声に、羞恥を掻き立てられる。ぼうっとする頭が追いつく頃には私の身体は床に押し倒され、視界には医務室の天井と、舌舐めずりする善法寺先輩の顔、だけ。


「は、あ、ぜん、」
「名前で呼んで、名前」
「、いさく、せんぱい、しごと、」
「もう、そんなの嘘に決まってるでしょ。僕のことで落ち込む名前があまりに可愛いから、意地悪したくなっただけだよ。ごめんね、好きだよ、だいすき。はやく、僕に溺れて」


 なに、それ。私の言葉は再び重なる唇に奪われた。今日は随分と余裕がないようだ。伊作先輩に言いたいことはたくさんあるが、私はひとまず降り注ぐ熱に溺れることにした。余裕がないのは、伊作先輩だけではない。








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