彼女はとても優しい。
こんな、出来損ないみたいな僕にも、誰にでも。
優しく、美しく、強い。姉上とは違った気品がある。
彼女の腕(カイナ)は温かい。
こんな、出来損ないみたいな僕を、包み込んでくれる。
温かく、柔らかく、安心する。僕の安らぎだ。
「エッ、エステル…ぼ、僕ね…」
「分かっています、聖下。私は此処に居ますから安心して下さいまし」
「あっ、あり、ありがとう……」
二人きりの時、僕は皆の言う兄上や姉上の“傀儡”ではなくなるんだ。彼女に抱かれて、僕は一人の男の子になれる。教皇とか、肩書を忘れられる。
「今日はお疲れ様でしたわ、あんなに大勢の前でお話だなんて」
「す、すっごい緊張したよ…でも、エステルのお陰で頑張れたんだ!」
「聖下のお役に立てるだなんて…光栄ですわ」
彼女は僕の髪に指を絡ませる。その行為がとても心地良い。
言うのも恥ずかしい、膝枕をさせてもらっている。とても柔らかい。
ああ、今僕はとても幸せだ。
深く息を吸うと、彼女の香がした。僕はこの香が好きだ…けど、彼女には恥ずかしいから言えない。
とても至福の時間。ずっと続いて欲しいと思う。けど、そんな中で強烈な不安に襲われる。怖い、怖いんだ。
全てを失ってしまいそうで。
「大丈夫、私はずっと聖下の味方ですわ」
「怖い、怖いんだ。こんなの、あ、姉上にも言えないよ…。僕には、荷が重いだなんて…」
「大丈夫、私が支えてさしあげますわ」
「皆、僕に笑って手を振って、くくれるんだ。で、出来損ないみたいな僕に、だよ?だって、知らないんだもん、本当の僕のこと…」
「知っています、私が。貴方の弱いところも強いところも」
何て君は優しいんだ、僕が欲しい言葉をピタリと当ててくれる。
試すようで悪いけれども、こうして自分の弱いところを見せ付けて、同情を引こうとしているんだ。
全く、反吐が出るよ。
「ねえ、え、エステル…“聖下”じゃなくて」
「アレク、ですわね?」
「そ、そう!エステルにそう呼んでもらえるの、す、すごく嬉しいんだ…」
重いんだ。ローマの象徴であることが。
僕は、言われたことをするので精一杯だけど、色んなものを見てきたよ。
みんなにとっての平和なローマの裏では、常識や正義が当たり前でない。口先だけの、嘘ばっか。
誰もかれもが騙し合い化かし合う。
僕だって、せめてローマの民には、自分の弱いところを隠して、嘘を吐く。吐かされている。
そう、みんなみんな、僕を知らない。白い聖衣を羽織って、笑顔で手を振る嘘の僕しか知らない。
本当は足が竦むんだ、膝が笑うんだ、怖いんだ。
どうせ僕は臆病者だ。
きっと彼女は同情で、そんな僕に優しくしてくれるのでは。…そう考える自分が嫌だ。
そうだったとしても、彼女の優しさには、抗えることが出来ないよ。
*
彼女の中はとても優しい。
こんな臆病者の僕を受け入れてくれる。
彼女の白い手が、綺麗な指が、僕の肌を滑る。
彼女の中は温かい。
こんな僕を、優しく包み込んでくれる。
彼女は聖歌を歌う。心地良い声が僕の鼓膜を刺激する。
「ね、ぇ、エステル…主は、い居るの、かな…?」
「います、いますわ。…少なくとも、私にとっての主は」
じゃあ、僕にとっての主はいないや。僕には、聖女様しか居ない。
聖女によって僕は僕として生かされる。
聖女の綺麗な身体を僕が汚す。
上品な紅茶色の髪が、しなやかに揺れる。桜色の口唇が高らかに紡ぐ。
汚してもなお、綺麗なままだ。一層、美しさが映える。
姉上にも兄上にも言えないよ。
僕は、主なんていないと思っているけれど(これも言っちゃあいけないね)、見ているのかな。僕の冒涜を。
ああ、主よ。いるのであれば、赦してください、何て言わないよ……。
赦さなくて良い、どうか赦さないで欲しい。
(彼女だけが赦してくれるだけで、僕は充分だ。)
end
気分は、リリ←アベ←エス←アレ
でも、基本は雑しょk(ry
某愛する方と、アレエスは素晴らしいというお話をしたのを思い出したので、書かさせて頂いたのでした。
執筆:100626
bkm