その日は朝から空が曇っていた。
家を出る時に、今日は雨の予報だから傘を持っていきなさいと折り畳み傘を持たされた。
雨は嫌いなわけじゃない。
けど、外でサッカーが出来ないのは困る。
給食を食べ終えて、一番眠気が襲ってくる5時間目。
呪文のように英文を読みあげる先生の声に、必死に睡魔と戦う。
時計を見ればあと三分。
そこでふと窓の外に目を向けると、窓ガラスにポツポツと水滴がついてきたのが見えた。
(あー、とうとう降りだしてきた!放課後までなんとか大丈夫だと思ってたのに…)
この分じゃきっと外での練習は出来ないだろう。
校内の空き教室で筋トレかもしれない。
「円堂くん、いる?」
五時間目が終わると、秋が教室に顔を出した。
「秋。どうしたんだ?」
「夏未さんからの連絡なんだけど、今日の練習は体育館の一部が使えるようになったんだって」
「ほんとか!?」
「うん。それでね、私は染岡くんたちのクラスに伝えてくるから、円堂くんは風丸くんたちのクラスに伝えてきてもらえないかな?」
「わかった!」
言うが早いが駆け出した。
今まで体育館なんて使わせてもらえなかったからなんだか嬉しい。
風丸のクラスにはすぐに着いた。
教室の入口で大声で風丸を呼ぶ。
「かぜまるー!」
その声に何だ何だと教室にいた人が視線を寄越す。
だけど、その中に肝心の見慣れた青が見当たらない。
「円堂、お前声でかすぎ」
きょろきょろ教室を見渡していると、もうひとつの馴染みのある声が聞こえた。
「半田。風丸はいないのか?」
「風丸なら保健室で寝てるよ」
「保健室!?」
半田の言葉があまりにも非現実なことに聞こえてびっくりした。
風丸が保健室だなんて珍しい。
「どうしたんだ?朝はいつも通りに見えたけど…」
「なんか昼頃からだるそうにしてて、たぶん風邪だろうな」
風邪、と言われてひとつ思いあたることがあった。
たしかに一昨日、少し喉が痛いと言っていた気がする。
思い出すと途端に風丸の様子が気になった。
「オレちょっと保健室に顔出してくる!」
おい円堂、と言う半田の声で部活の連絡をしに来たことを思い出し、駆け出す足はそのままに半田に連絡事項を告げた。
保健室は一階にある。
シンとした一階の渡り廊下を通り抜けると、保健室のドアからちょうど養護の先生が出ていくのが見えた。
何やら急ぎ足で職員室の方に向かって行く。
自分自身、保健室とは無縁な方なので、はたして先生が不在の時に勝手に保健室に入っていいものか戸惑いつつ、静かにドアを開けた。
すると、カーテンが閉められているベッドがひとつ。
「風丸」
カーテン越しに声をかけるが返事がない。
もしかしたら寝ているのかもしれない。
起こしたら悪いとは思うものの、どうしても風丸の様子が気になった。
少し顔を見るだけ、と自分に言い聞かせて、そっとカーテンを開けた。
思った通り、風丸は眠っていた。
いつもひとつにまとめている髪が、今はほどかれてベッドに散らばっている。
そのシーツと青のコントラストがやけに眩しく見えた。
閉じられた瞳が開く気配はない。
(…やっぱり、睫毛長いな)
昔から一緒にいるけれど、風丸は本当にキレイな顔をしていると思う。
表立って言う機会はなかなかないけれど。
熱があるのか、少し額に汗をかいている。
前髪が額に張り付いていたのを退けてやろうと思って手を伸ばした。
「…えん、どう?」
額に手をのせたところで、風丸がうっすらと目を開けた。
「起きたのか。大丈夫か?」
「何でここにいるんだ」
「半田から聞いたんだ。様子見に来た」
そういうと、風丸は「一瞬夢かと思ったぞ」と笑った。
「熱はどれくらいあるんだ?」
「37度ちょっと。でも明日には部活も出れると思うぜ」
「ムリはすんなよ。でも珍しいよな、風丸が熱出すの。小学生以来じゃないか?」
そう言えば、風丸はむくりと上半身を起こした。
「そうだな。確かその時も、円堂がこうしてお見舞いに来てくれたな」
風丸がこちらをじっと見て笑う。
熱のせいか目が少し潤んでいた。
「ありがとな」
嬉しそうに笑う風丸を見て、オレは我慢出来なくなってしまった。
「…風丸」
「円、」
どう、と続く風丸の言葉は呑み込まれた。
オレの唇によって。
ベッドのスプリングがギシリと音をたて、それが静かな保健室にいやに響いた。
遠くで休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴るのが聞こえる。
だけどなんだか風丸から離れたくなくて、それがどこか遠い世界のものに感じた。
胸を押し返してくる風丸に、名残惜しく思いながらようやく唇を離した。
「…円堂のばか、風邪が移ったらどうするんだ」
そう言って顔を真っ赤にする風丸は、どう見ても熱のせいだけじゃなかった。
保健室に午後2時
(それは二人だけの秘密)
title:メロウ
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