いつからこうなったのかなんて、そんなの全然覚えていない。
ただ気が付いたら、ヒロトの姿ばかり目で追いかけるようになっていた。
サッカーしていてもご飯を食べていても、皆で話している時も。
俺の目は、まるでヒロトの姿しか映さないのだ。
自分でもそれが何故なのかよく分からなくて、ただもやもやするばかりである。
最近の俺は、どこかおかしい。
夕飯を食べた後、皆がぞろぞろ部屋に戻って行く中、吹雪が軽く俺の肩を叩いた。
「緑川くん、最近ぼんやりしてるみたいけど…何か悩み事?」
何気ない様子でそう聞く。
そうだ、吹雪なら。
俺は思い切って、最近の自分の異変を話してみることにした。
「――というわけなんだけど。これって何でだと思う?」
「……それは本気で聞いてるんだよね、」
話終わると、吹雪は少し驚いた顔してそんなことを言うのだ。
「、本気だよ!」
ちょっとムッとして返すと、吹雪は「ふふ、ごめん」と微笑む。
「何で笑うんだよ、俺は真剣に…」
「うん、そうだよね」
吹雪は深く頷いて、優しい目線を俺に寄越した。
「恋じゃないかな、それは」
「………はあっ!?」
恋。
コイってなんだっけ。
鯉じゃなくて恋?
自分でもよく分からない思考がぐるぐると巡り、頭が完全にパニックになっていた。
待って、だって、俺もヒロトも男だし!
「好きって理屈じゃないよ」
吹雪がまるで俺の心を読んだかのようにそんなことを言う。
「俺…なんでヒロトを…?」
しどろもどろになってしゃべると、吹雪は苦笑いした。
「なんでって、それは緑川くんにしか分からないよ」
「…、そうだよね」
吹雪は座っていた椅子から立ち上がり、こう続けた。
「ちょっとヒロトくんとしゃべってきたら?きっと、改めていろいろなことに気付くよ」
それだけ言うと、「おやすみ」と挨拶して部屋から出て行った。
一人部屋に取り残された俺は、しばらく椅子から動けなかった。
恋。ヒロトに。
でも考えてみれば、そうとしか思えなかった。
ヒロトを知らず知らず目で追ってしまうのが何よりの証拠だ。
「…俺は、ヒロトが好き」
ぽつりと、誰もいない部屋でそう呟くと、やけに声が響いて一気に恥ずかしくなった。
声に乗せることで、よりいっそう自覚が強くなった気がする。
もう、とにかく今日は寝よう。
吹雪はヒロトと話してみたらなんて言ったけど、とてもじゃないが今日は恥ずかしくて出来そうもない。
ため息をついて、自分の部屋に戻るべく食堂のドアを開けた。
宿舎の廊下は暗い。
電気を点けようと手探りでスイッチを押せば、パッと辺りが明るくなる。
すると、すぐ足元で赤い何かが動いたような気がした。
「、えっ」
見ると、ドアを開けたすぐ脇で、見慣れた赤い髪の男がしゃがみこんでいた。
それは、紛れもなく――、
「ヒロト…!?」
渦中のヒロトが、少し顔を赤くさせながら俺を見上げた。
一体何してるんだ、こんなところで。
「ごめん、ちょっと緑川と話したいと思ったんだけど…」
俺は嫌な予感がした。
「い、いつからそこに…」
自分でも顔がひきつっているだろうというのが分かる。
ヒロトは罰が悪そうな顔をして、小さく答えた。
「…吹雪くんが出ていってすぐ」
「……!」
それって、つまり。
俺の独り言も、聞こえてたってこと…!?
ヒロトの顔が少し赤いのが、何よりそれを物語っているようだった。
「えっと…違うんだヒロト…!」
とっさに言い訳をしようとして、段々顔に熱が集まっていくのが自分でもよく分かった。
どうしよう。どうしたらいいんだろう。
心臓の音が心なしかうるさい。
口ごもっていると、ヒロトが急に立ち上がり、いきなり俺の両肩を掴んだ。
「わっ」
突然の出来事に驚き、思わず声をあげる。
ヒロトは思い詰めたような表情で、俺の目をじっと見つめた。
「違うの?」
綺麗なエメラルドグリーンの瞳に真剣に見つめられてしまえば、俺はもうどうしようもなかった。
「……、違わない」
ずるい、ヒロトは。
そんな顔されたら、俺はもう。
走り出した気持ちは止まらない。
俺はヒロトの上着の裾をぎゅっと掴んだ。
それを合図にしたかのように、肩に置かれていたヒロトの腕がゆっくりと俺の背中に回される。
急に恥ずかしくなって、思わず俯いた。
「ねえ、緑川」
「…なに?」
「俺嬉しいよ」
「……、」
俺は胸が詰まって、何にも言葉が出てこない。
ヒロトは笑って、俺の名前を読んだ。
「緑川、俺…」
「、待って!」
ヒロトの言葉を遮って、俺は顔を上げた。
ドキドキドキドキ、心臓が音をたてる。
「俺…、俺さ、」
声が震えている。
でも、それでも、俺からちゃんと言いたい。
「俺っ、ヒロトが…、すっ、好きみたい」
唇から出ていった俺の気持ち。
よかった、ちゃんと言えた。
ほっとした瞬間、ヒロトにぐいっと引き寄せられて、俺は重力に逆らえずそのままヒロトの胸に飛び込んだ。
「ちょっ、」
「……ずるいよ、緑川」
「え、」
ヒロトがぎゅっと抱き寄せる力を強くする。
「二回も言うなんてずるい。俺だって緑川が好きなのに」
嬉しい、とヒロトはもう一度だけ小さく呟いて、そして笑った。
それだけであっという間に身体が熱くなる。
ぎゅうぎゅうと抱きしめられる腕の中で、俺も嬉しくて思わず笑った。
(この気持ちは、まるで輝く彗星みたいだ)
この恋は彗星よりも速く
title:ごめんねママ
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はつひさまリクエストの「基緑/甘めで緑川が可愛い感じの話」でした!
可愛さが出てるでしょうか…?
可愛く、可愛く…と意識して書いたのですが、なかなか普段と変わらない感じになり…すみません(;▽;)
リクエストありがとうございました!
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