円堂は桜のある道を歩くのが好きだ。
春の桜が満開な季節になると、自分のお気に入りの桜スポットに俺のことを連れて行く。
それは小さい頃からで、毎年恒例になりつつあることだった。
少し帰り道が遠回りになっても、「学校帰りに見るのがまた格別なんだよ!」という訳のわからない持論で、いつも学校が終わってから引っ張って行かれる。
それが俺は嫌いじゃなかった。
むしろ毎年楽しみにしているくらいで、だから今こうして、嬉々とした気持ちで円堂と二人で桜並木を歩いているのだ。
「…ここの桜はすごいな」
「だろっ!?」
隣を歩く円堂が嬉しそうな顔して俺の方を振り返る。
目をキラキラさせて笑うさまはとても眩しい。
「今まで見た中で一番綺麗かもな」
そう言うと円堂は満足そうに頷いて、また桜を見上げた。
「やった!今年は風丸に一番すごいって言わせる自信あったんだ」
「なんだよそれ」
「だって風丸にすごいって言わせたいから毎年違う桜探してるんだぜ!」
何気ないその言葉にドキリとして、照れ隠しにと桜を見上げる。
桃色の可愛らしい花が、まるで微笑ましく自分に笑いかけているように思えた。
「なぁ風丸、桜の花びらを地面に付く前に三枚掴めたら、願いが叶うって知ってたか?」
「え?」
「クラスの女子が言ってたんだ」
「…そんなの聞いたことないぞ」
しかし円堂は、ひらひらと舞う花びらを掴もうとさっそく手を出し始めた。
聞いたらすぐやりたくなるのが円堂らしい。
両手で一生懸命花びらを掴もうとしているのだが、はらりと桜は手の間をすり抜けていく。
「なかなか難しいな」
「…まあ、難しいからこそ願いが叶うんじゃないか?」
「でも俺キーパーだから、掴めないのはなんか悔しい…」
「ふっ、こんなのにキーパーとか関係ないだろ」
思わず笑うと、円堂は俺の方をじっと見つめた。
「…なんだ?」
すると、おもむろに俺の肩に手を置き、円堂がぐっと顔を近付けてきた。
え、と反射的にぎゅっと目を瞑る。
円堂の指が、そっと俺の前髪に触れた。
「……?」
ゆっくりと目を開けると、円堂の手には一枚の桜の花びらが。
「前髪についてた」
「っ…、」
一瞬キスされると思った自分が恥ずかしく、思わず顔を背ける。
「あ、」
短く呟き、また円堂は俺の髪に触れた。
「あと二枚」
まだついてた、と円堂は俺に桜の花びらを見せる。
「…ありがとな」
とりあえずお礼を言うと、円堂はその桜の花びらをじっと見つめる。
「これ、地面に付く前に三枚掴めたよな」
至極真面目な顔して俺に問う。
「…いや、それはズルいだろ」
だってそれは俺の髪についてたヤツだし。
「ズルしたら願いが叶わないんじゃないか?」
冗談ぽく笑うと、円堂はまた俺の肩に手を伸ばした。
そして、円堂の唇が俺の唇にゆっくりと押しあてられる。
「ん、」
小さく声を漏らすと、円堂は唇を離して笑った。
「それでもいいや」
願いは自分で叶えるものだしな!と言い、円堂は俺より一歩前に踏み出す。
「だから風丸、来年もまた一緒に桜見ような!」
くるりと振り返り、俺に笑顔を見せる。
俺も何だか嬉しくなって笑い、一歩踏み出して円堂の隣に並んだ。
「ちなみに、叶えたいことって何だったんだ?」
「秘密!」
「…気になるな」
言うと、円堂は「知りたいか?」と顔を覗き込んでくる。
それに小さく頷くと、ニヤリと笑った。
「風丸のことで、下ネタなんだけど」
言うが早いか、嫌な予感しかしなかったので円堂の額にデコピンをくらわせた。
「痛っ!風丸ひでー!」
「当たり前だ!」
まあ、何だか上手く誤魔化されたような気もするけど。
円堂は額を擦りながら、若干涙目で俺に訴えてくる。
「風丸のデコピン本気で痛い。赤くなってないか?」
少し強くやりすぎたか。
見ると、バンダナをずらした円堂の額はほのかにピンク色になっていた。
ちょっと悪かったなと思ったその時、ひらりと強い風が吹き、円堂の前髪に一枚桜の花びらが張り付いた。
それが、ピンクになっている額とのコントラストで、何故か少し笑えた。
「…風丸?」
ちょっと笑っている俺に円堂は不思議そうな顔で問いかける。
それにふと我に返り、俺は円堂の額を軽く撫でた。
「ああ、桜色になってる」
「桜色?」
円堂はポカンとした顔をする。
それがまた可笑しく見えて、機嫌良く円堂の手を握った。
きっと今の俺の頬も、桜色になっているだろう。
足元に広がる桜の花びらは、まるでピンクの絨毯のようだ。
俺たちはその上を、手を繋ぎながら一緒に歩く。
もし願いが叶うなら、また来年も、その先も。
こんな風に二人で笑いあっていたい。
円堂の頭に、桜の花びらが丁度三枚付いているのが見えて、俺はまた笑ってしまった。
桜の花びら
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