※「冬の日、防衛庁にて」という小説のパロというかオマージュというか
※10年後円冬前提で円堂さんは出てきません
暗い・重たい・キャラ違うの三拍子なので何でもバッチコイな方はどうぞ








『今度二人で食事でも行かない?』

突然かかってきたその電話は、一番話したくない人物からの電話だった。

何も返さないオレに、電話口の向こうの彼女はちっとも動じない様子だった。
そしてそんなオレに構わず、淡々と食事の約束を取り決めた。
それはごく自然な流れだったのだけど、どこか有無を言わさない感じだった。

最後までただ頷くことしか出来なかったオレは、電話が切れてしばらく、その場から動くことが出来なかった。




「――それで、今から久遠さんと食事に行くわけ? あっ、もう結婚してるから久遠さんじゃないか、円堂さんだよね」

「お前、傷を抉るようなこと言うなよ…」

不安なのを隠しもせずに言うと、吹雪はすぐに申し訳なさそうな顔をして謝った。

「ごめん、そういうつもりで言ったわけじゃないんだ」

「分かってる」

言いながら、自然と大きなため息が出た。
吹雪がそれを見て、眉間にシワを寄せる。

「負けちゃダメだよ風丸くん。円堂くんのことが好きなら、絶対に」

「………、ああ…」



円堂が久遠(今は円堂なのだが)と結婚して、もうすぐ一年になる。
だがしかし、オレと円堂の付き合い――、キスをしたり身体を重ねたり、そんな関係はまだだらだらと続いていた。
この場合、不倫していると言うのだろうか?
いやでも、そんな言葉で片付けたくはない。

「でも恐いな。奥さんが直々に電話してきて、直接対決だなんて」

オレたちの関係をすべて知っている吹雪は、ぽつりと呟く。

そうだ、そこが一番恐かった。
オレは久遠の連絡先を知らない。向こうもオレの連絡先を知らないはずだ。
それなのに電話が掛かってきたということは、円堂の携帯の着信履歴を見たに決まっている。

円堂が帰らない日に限って、必ず履歴にあるオレの名前。
旦那の素行を友人から探るという雰囲気ではなかった。
聡い彼女なら何か察したとしてもおかしくはない。

「いい?風丸くん。この戦いはこっちに分があるよ。だって未だに円堂くんは風丸くんのところに来てくれるわけなんだから」

ね?、と言い聞かせるように吹雪は言う。

「感情的になったら負けだよ。修羅場は避けないと」

負けないで!と熱くなる吹雪に見送られて、オレは待ち合わせのレストランに向かうべく家を出た。




「久しぶり、風丸くん」

待ち合わせたレストランに現れた彼女は、久しぶりに見たが綺麗だった。
長い髪を後ろで綺麗に纏めて、センスの良さそうな淡い色のワンピースを着ていた。

「忙しいのにわざわざごめんね」

「いや、大丈夫だ」

「私お腹空いちゃった。風丸くん何頼む?」

「…、ああ、オレは…」

思っていたよりも穏やかな空気で拍子抜けした。
修羅場だなんて吹雪が脅すものだから、ものすごい意気込みで来たのに。


食事は驚くほど何事もなく進んだ。
久遠が食後に小難しい名前のワインを頼み(オレはワインに詳しくない)、二人で飲んだ。
少しだけ酔ったような気分になった。

一息ついたところで、彼女がおもむろに口を開いた。

「守くんは酔っぱらうとよく笑うよね」

…知っている。そして、いつも以上にベタベタしてくることも。

何も言わずにいると、彼女は小さく笑った。

「私、少し酔っちゃったみたい」

言いながら、ハンカチでパタパタと顔を煽った。
白い肌がほんのり赤くなっている。

「水いるか?」

聞くと、彼女は首を振った。
そして、ぽつりと呟く。

「本当に、風丸くんは守くんにはもったいないくらい…」

え、と頭の思考回路が追い付かないうちに、彼女はなんてことないように続けた。

「守くんが風丸くんのこと好きなのも分かるわ」

まるで優しい刺をゆっくりと刺すみたいに。

穏やかな言葉が、オレの心臓よりももっと深いところを突き刺した。

「これからも守くんをよろしくね」

それは一見、友人としての今後の付き合いをお願いしているとも思えた。
しかし逆に、牽制とも、彼女の余裕とも取れた。

「……、」

黙ることしか出来なかった。
彼女は構わず続ける。

「今日私たちが二人で会ったのは内緒にしてね。守くんを動揺させちゃ可哀想だから」

ね、と花びらのように笑う彼女はやはり綺麗だった。


敵うわけがない、と思った。

勝つとか負けるとか、その土俵にすらオレは立てていない、と言われてる気がした。

いくら円堂がオレにキスをしてきたとしても、本当にオレのことが好きだったとしても――。


「そろそろ出ましょうか」

微笑む彼女に、やはりオレは一ミリも動けない。
彼女にとって、オレを傷つけるのは容易いことだったのだ。

「…久遠、」

席を立った彼女を呼び止める。
なに?と振り返ったその手からするりと伝票を抜き取り、「オレが払う」と言えば、彼女は目をぱちくりさせた。

「いいわよ、悪いもの」

「いや、ここは払わせてくれ」

オレの目を見て譲らないことを悟った彼女は、ため息をついて「じゃあ甘えさせてもらうね」と言った。


会計をすませて外に出ると、頬にあたる風がひやりと冷たかった。

「じゃあ、ここで」

彼女はにこりと微笑み、ワンピースの裾を翻す。
その背中を見ながら、オレは最後に一言言った。

「どうして急に食事に誘ったんだ」

すると、彼女は立ち止まった。
振り返らずに、ぽつりと言う。

「…守くんね、酔うと必ず風丸くんの話をするの。楽しそうに」

え、

「私は守くんのことが好きだから分かっちゃうの。目を見るだけで、知りたくないことも。…だから、思わず風丸くんに電話しちゃった」

ごめんなさいと言う彼女の声は相変わらず凛としていた。


ああ、きっとお互い様なのだ、この苦しい気持ちは。


だけど、オレがこんなにも苦しいのは、円堂がオレのことをまだ少しでも好きでいてくれるからだった。





愛されるなら罰


title:うきわ





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