※円→←風です
「円堂ってサッカー馬鹿だから、これから先のことが心配になるよ」
ある日の部活前の着替えの最中、マックスがため息まじりでこう言った。
円堂はキョトンとした顔で、
「…これから先のことって?」
と聞く。
「だから例えば…そんなにサッカーに夢中で、ちゃんと彼女作れるのかなぁとか」
「あー、そういうのか」
円堂はあまり分かってなさそうな返事をして、中断していた着替えをさっさと再開する。
「ちょっと気になる子とか可愛いと思ってる子とかさー、ないの?そういうの」
「うーん…分からない」
返事はなかなか煮え切らない。
「心配だなぁ、本当に円堂に好きな子が出来るか」
大袈裟に肩を下げるマックスは、完全に面白がっている。
しかし円堂は、「そうか?」とただいつもみたいに笑うだけだ。
その反応にマックスはつまらなさそうな顔で「張り合いないなぁ」とぼやき、今度は半田に絡み始めた。
オレはその一連のやり取りを視界の隅で捉え、小さく息を吐いた。
確かに円堂はサッカー馬鹿だ。
オレもそう思うし、それは紛れもない事実だ。
サッカーが円堂の頭のほとんどを占めていると言ってもいい。
特に恋愛に関しては、人一倍分かっていなさそうだった。
自分がいろんな人に好意を寄せられていることも、オレが円堂を好きなことも、まるで気付いていないと思う。
だけどオレは、そんな円堂が好きなのだった。
たとえ円堂が、オレのことをただの友達だと思っていようとも。
「風丸!ちょっと特訓付き合ってくれないか?」
部活が終わり、まだユニフォームのままの円堂がオレに声をかける。
「おう、いいぜ」
二つ返事でOKすると、円堂は嬉しそうに笑った。
基本的に、円堂の特訓の誘いを断ったことはない。
毎回嬉しそうに笑う円堂を見ると、こっちも嬉しくなった。
二人して汚れたユニフォームのまま、鉄塔を目指すべく部室を飛び出した。
部室を出る時、マックスが呆れたような顔をしていたのが、視界の隅にちらりと見えた。
鉄塔までの道のりは、いつも他愛ない話ばかりだ。
購買の新発売のパンのこととか、英語の宿題の多さだとか。何とも色気がない。
「…なぁ、風丸」
「なんだ?」
そんな中、円堂が何やら神妙な表情でオレの顔を見た。
「さっきマックスに、円堂はサッカー馬鹿だから好きな子が出来るか心配って言われたんだ」
「…ああ、」
申し訳ないが、しっかり聞いていた。
「『好き』ってどういうことだと思う?」
円堂は真剣な顔して問いかける。
オレは思わず目を反らしてしまいそうだった。
どうしてオレにそれを聞くんだ。
「…分からない、オレには」
言うと、円堂は少し考え込んだ様子だった。
「そっか、風丸も分かんないか…」
「いいんじゃないか、まだ分からなくても」
まだ分からないうちは、オレは円堂の隣にいれる。
そんな卑怯なことを考えながら円堂を見ると、まともに視線がぶつかった。
へへ、と何故か円堂は笑っている。
何がおかしいのだろうか。
「風丸とこうやって話してるとさ、サッカー始めたばっかりの時の気持ちに似てるんだ」
「え?」
円堂は一歩前に出て、オレの方を振り返る。
「ワクワクっていうか、ドキドキっていうか。嬉しくなったり楽しくなったり…上手く説明出来ないけど、そういう気持ち」
…なんだかそれって、似ている気がする。
オレが円堂を好きだという気持ちに。
「こういうの、何て言うんだろうな?」
「…さあな」
オレが何か言えるわけがない。
「でもとにかく楽しいんだ、風丸といると」
何の屈託もなく円堂は笑った。
「っ、」
オレは思わず言葉につまる。
ああ、今顔が赤くなっていないだろうか。
とんでもないことを言われた気がした。
サッカー馬鹿の円堂の、最高の口説き文句。
「…お前はやっぱりサッカー馬鹿だ、」
鈍感だけど、好きって気持ちもよく分からないようなヤツだけど。
だけどオレは、やっぱりそんなサッカー馬鹿な円堂が好きなのだった。
ラブ・マインド
title:メロウリップ
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雰囲気小説どころの話ではない
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