※ヒロトが吸血鬼なパラレルです
その日はやけに月が赤く、肌寒い夜だった。
夜の十二時すぎ、外を歩く人はまったくなく、オレの歩くスニーカーの音だけが辺りに響いている。
周りの空気がどことなく寂しく感じた。
おやつの買い出しのじゃんけんで大夢に負けて、こんな遅くにコンビニへと買い物に行かされていたオレの足も、自然と早くなる。
「あーもう…寒いしなんかお腹空いたし!」
さっきじゃんけんでグーを出してしまった自分をひどく恨めしく思う。
一刻も早くおひさま園に帰りたくて、オレは普段はあまり通らない近道を使うことにした。
この細い路地はほとんど街灯がなく、滅多に人も通らない。
その上、今日は月明かりで赤く照らされていて、やけに不気味に見えた。
(う…、ちょっと怖いかも…)
しかし、この道を使えば時間短縮できることは確実なので、少しビビりつつもさっさと足を進めることにした。
(…ん?)
三十メートルぐらい歩いたところで、ふと、道の端に黒い服を着た人がうずくまっているのに気付いた。
――こんな遅くに、こんな路地で何してるんだろう?
何だか気味が悪くて、すぐその場を通りすぎようとしたら、その黒い服の人がぴくりと動いた。
「うっ…」
小さく聞こえた呻き声に、オレは思わず足を止めてしまった。
うわなんだ怖い怖い!!
何この人!?
不審者だろうか、それとも酔っぱらい?
関わらない方がいいな。
…いや、でももしかしてどっかケガしてて動けないとかだったら?
瞬時にいろいろ思考が巡る。
考えたあげく、もし具合が悪いとかだったら大変なので、かなりビビりつつも恐る恐る声をかけてみた。
「…あの、大丈夫ですか…?」
オレの呼びかけに、その人はゆっくりと顔を上げる。
そして真正面からバッチリと顔を捉えた瞬間、オレは思わず目をぱちくりさせた。
目が覚めるような紅色の髪に、透き通るような白い肌。
それはもはや、青白いといってもいいくらいだ。
年はオレと同じくらいだろう。
そして、月の明かりを映して見える瞳は、とても綺麗なエメラルドグリーンをしていた。
――えらくカッコいいな。
少し驚いてなんとなく言葉が出ないでいると、その人はオレの顔をまじまじと見つめた。
「えっと…、」
何か?と続けようとした時、ふいにがしりと腕を掴まれ、勢いよく身体を引っぱられた。
「わっ」
そして何を思ったのか、彼はオレの手の甲を自分の鼻先に近付け、すんすんと匂いを嗅いでいる。
え、え、!?
なんだこの人、何してんの!?
カッコいいけどやっぱり不審者?
オレは完全にパニック状態に陥っていた。
そんな時、その人がおもむろに口を開いた。
「…ねえ、オレお腹が空いてるんだ」
「…へ、」
お腹が空いてる?
その言葉にオレはとっさに持っていたコンビニの袋を漁り、買ったばかりのチョコレートをずいと差し出した。
「じゃあ、これを…良かったら食べてください」
何しろパニックになっていたオレは、早くこの場を離れたかったのだ。
彼は手元のチョコレートをちらりと見て、「ありがとう」と言って受け取った。
それに何故かほっとする。
じゃあ、と足を動かそうしたが、まだ彼に腕を掴まれたままなので、この場を離れることができない。
「あの、」
「…だけど」
彼は綺麗なエメラルドグリーンの瞳でオレを見つめた。
「君の方が美味しそう」
え?
今彼は何と言ったんだろうか?
考える間もなく、白い手がオレの首筋をゆっくりと撫でた。
彼の整った顔が近付いてきて、鼻先が首元に寄せられる。
「良い匂い」
オレはその一連の流れに、何故か一歩も動くことが出来なかった。
変に頭がくらくらする。
「…いただきます」
そう言って、彼はオレの首筋にゆっくりと噛みついた。
「っあ…!」
その瞬間、全身に痺れたような甘い感覚が走り、今まで声も出せないくらいだったのに、無意識の内に変な声が漏れた。
「あ…、んんっ…、」
初めて知る感覚。
頭が真っ白で、熱くて、くらくらする。
視界には赤い髪がうごめいて見える。
このままだと気を持っていかれそうだ。
「やっ…、んっ!」
もうヤバい、と思った時、首からふと熱い熱が離れた。
オレはもう足がふらついていて、そのまま崩れ落ちそうになったところをその人に支えられた。
「…ごめんね。ちょっと吸いすぎちゃった」
「っ…、はっ…」
情けないことに息切れまでしてきて、上手く喋れない。
さらりと白い手で髪を撫でられる。
「オレはヒロト。君は?」
「みっ、緑川…」
くらくらする意識の中、必死に答える。
後で思えば、何もそう正直に答えなくてもよかったのだけど、その時は冷静な判断が出来なかったのだ。
「緑川、」
その人――ヒロトと名乗った彼は、嬉しそうにオレの名前を繰り返した。
そして、オレの腰に腕を回し、軽く身体を引寄せた。
「また会いたいな」
耳元でそう小さく囁いて、笑顔を見せた彼の口元には、何やら立派な牙のようなものが見えた。
――なんだこれは。
夢でも見ているのだろうか?
彼はゆっくりオレから身体を離し、黒い服のマントのような部分をひらりと翻した。
「またね」
そして一瞬瞬きした時、目の前の彼は跡形もなく消え去っていた。
辺りには冷たい風が吹き、赤い月明かりとチカチカした街灯だけがそこに残っていた。
「…夢?」
あまりにも現実とは程遠い出来事に、しばらくぼんやり立ち尽くす。
しかし、首筋を吸われたあの変な感覚だけは、やけに鮮明に残っていたのだった。
それにしても、あの風貌、牙のようなもの、まるで――、
深く考えるのがなんだか怖くなり、オレは帰りを急いだ。
「リュウジ遅い」
おひさま園に戻ると、大夢が玄関で出迎えてくれた。
どうやら少し心配してたみたいだ。
「ごめん」
なんとなく、変な人に会ったことは言わなかった。
大夢はオレからコンビニの袋を受け取り、早速中身を漁り出した。
「…あれ、チョコレート買わなかったの?」
「えっ」
その言葉にコンビニのビニール袋を覗くと、やはりチョコレートがなくなっているのだった。
「……忘れた、かも」
「えー?」
ウソだ、忘れてなんかない。
やっぱりさっきのは夢なんかじゃなかったんだ。
ヒロトの触れた首筋が、額が、熱を持ったような気がした。
それが、オレとヒロトの出会いだった。
プライベート・ゴースト
title:うきわ
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設定生かせてない/(^O^)\
それになんだ
このいかにも続きそうな終わり方は…
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