珍しく円堂が風邪を引いた。
それもよりによって大晦日に、である。
馬鹿は風邪を引かないと言うものだけれど、どうやらそれは迷信らしい。
円堂の部屋のドアを開けると、部屋の主はベッドで布団にくるまって、ちょうど鼻を啜っているところだった。
オレが入って来たことに気付くと、円堂は途端に嬉しそうな顔をして、脇に置いてあったティッシュで勢いよく鼻をかんだ。
ズルズルと、それはもうすごい音だった。
「あ〜、鼻かんだらちょっとすっきりした」
いつもより少しだけ覇気のない声で言う円堂に、オレは軽くため息をつき、ベッドに近寄る。
「…熱はあるのか?」
上着を脱ぎながら、家に来る前にコンビニで買ってきた、飲み物やゼリーやらのちょっとしたお見舞い品をテーブルの上に乗せる。
「熱はないけど、ただスゲー鼻水と咳が出るんだよな」
まあ座れというように、ぽすぽすベッドを叩く円堂に、オレは持ってきた袋の中からゼリーを手に取って、ゆっくりベッドの足元に腰掛けた。
すると、身体を起こして座っている円堂とばちりと目が合った。
風邪のせいか、どことなくいつもと違う雰囲気の円堂に、目が合うだけで何故かドキッとしてしまう。
「あ、それオレが食べてみたかったゼリー!」
「……、ああ、」
オレの気持ちとは裏腹な色気のない発言に思わず拍子抜けしてしまう。
けれども、食欲もあるみたいだなとひとまず安心する。
スプーンと一緒にゼリーを渡すと、円堂は嬉しそうにフタを剥がし始めた。
その様子がなんだか子供みたいだった。
「溢すなよ」
そうして注意する自分は、まるで母親みたいだが。
円堂はゆっくりとゼリーを口に運び、それはそれは大事そうに食べた。
「このゼリーうまい!さすが風丸」
「何がさすがなんだ」
「オレの食べたいって言ったゼリーを覚えててくれたことと、こうやってお見舞いに来てくれたこと!」
あっという間にゼリーを平らげて、円堂は笑った。
笑って、いつの間にかオレの腕を掴んでいて、あっという間にオレは円堂の腕の中に引き寄せられていた。
「おい」
「ごめん、風邪移るかもしれないよな」
非難の声を上げると、円堂は申し訳なさそうに鼻声で謝った。
だけど身体を離す気は全くなさそうだった。
「…円堂、お前なんで自分が風邪引いたんだと思う?」
「昨日風丸に夢中になって、終わった後服着ないでそのまま寝たから」
「……オレのせいみたいに言うな」
円堂は小さく声をたてて笑った。
テレビの音が小さく部屋に流れているのに気付き、オレはテレビに目を向けた。
年末特有の騒がしい番組をやっている。
円堂は少し身体を離し、また脇にあるティッシュで鼻をかんだ。
「年越すまでの騒がしい雰囲気って楽しいけど、年越したらなんか寂しくなるよな」
そう言いながら、再びオレの方に身体を寄せる円堂は、何度も鼻をかんでいるからか真っ赤だった。
「鼻赤いぞ」
「うん、少しヒリヒリする」
風邪を引いて部屋に籠りっぱなし、外に出てサッカー出来ないというのもあって(母親にキツく言われているそうだ)、円堂は少し寂しいのかな、と思った。
オレはほとんど無意識に、円堂の背中に腕を回した。
「…風丸?」
「風邪が良くなったら、皆で初詣に行きたいな」
ぎゅうぎゅうと、回す腕に力を込めて。
円堂、と名前を呼べば、円堂もオレの背中に手を回した。
「…さすが風丸」
「何が」
「会いたいと思った時にちょうど来てくれたことと、ちょっと弱ってる時に甘やかしてくれることと、抱きついてきてくれたことと…、」
「もういい、円堂」
甘さを含んだ言葉の羅列に、恥ずかしくなりオレは顔を背けた。
円堂は嬉しそうに笑って、オレを抱きしめたままベッドに背中を預けた。
「わっ、」
オレは円堂の上に身体を乗り上げて横になる形になり、円堂はますます腕の力を強め、オレを抱きすくめた。
「今年最後の風丸充電!」
「いや、意味が分からない…」
しかしそう言いつつも、オレも嬉しさを隠せていなかったと思う。
なんだかんだオレも、円堂と今年最後にこうして過ごしているのが嬉しいのだ。
「なあ風丸ー。キスしてもいい?」
変に間延びした声で円堂が聞く。
オレの束ねた後ろ髪を弄びながら、円堂はもうちっとも寂しそうではなかった。
「風邪引いてるだろ、ダメだ」
「えー」
不満そうな声をもらす円堂がちょっと可愛く見えて、オレはまた甘やかしてやりたくなってしまった。
「じゃあ、夜が明けたらな」
「…それって、来年ってことだよな」
「いいだろ。それまでここにいてやる」
年が明けるまで、そしてその後も。
ずっと隣にいて、キスしたいと強く思うのは、オレの方なのだった。
夜明けまで待って
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円風の日記念に書いたけど
ただ大晦日にイチャイチャしてる話になった\(^O^)/
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