※パラレル
自動車教習所の教官×生徒
高校卒業を間近に控えた冬休み、俺は自動車教習所に通い始めた。
この辺は車がないとなかなかどこにも行けないので、18歳になったら免許の取得が当たり前なのである。
「早く免許取りたいなー」
「緑川こないだ仮免取れたんだろ?ならもうすぐじゃないか」
「まぁねー。でも最近なかなか予約取れないし…」
休みに入ると教習所は人で溢れ返っていた。
俺より早めに通い始めた風丸も、残り四回ほどの乗車で卒検を受けられるが、なかなか予約が取れないと嘆いている。
書く言う俺も、二段階に入ってからというもの、予約が取れずなかなか進まずにいた。
キャンセル待ちをしようにも、朝早く来ないと到底乗れそうにない。
もはやこの時期は戦争みたいだ。
卒業式を終える頃には免許を取っておきたいので、気持ちもなんだか焦る。
もはや一回の乗り越しでも大きな痛手だ。
しばらく風丸と待合室で雑談していると、二時限目のチャイムがなった。
二時限目は俺も風丸も予約が入っている。
「俺、今日鉄塔広場まで自主経路なんだ。あそこは地元だから厳しい教官でもまぁ大丈夫だな」
「俺は優しい教官がいい…」
自分で言うのもアレだが、俺はあまり運転が上手くない。
第一段階で一体何度乗り越したことか。
「ははっ、緑川はビビりすぎなんだよ」
笑いながらそういう風丸に、何か言ってやろうと思ったところで名前を呼ばれた。
「緑川さん」
見ると、淡い赤い髪に白い肌、切れ長の緑の目をした整った顔立ちの男が歩いてきた。
今まで一度も教習に当たったことがない教官だった。
だけど、何度か顔を見たことはあった。
生徒の女の子たちに囲まれて談笑しているところや、男には質問されているところを。
きっと生徒に人気のある教官なんだろう。
本当に整った顔をしているなと、なんとなくまじまじと顔を見つめていたら、薄い唇がもう一度動いた。
「緑川リュウジさん。いないのかな?」
その声にはっとして、慌てて椅子から立ち上がった。
風丸が小声で「頑張れよ」と言ったのが聞こえた。
急いで教官の元に駆け寄ると、その緑の瞳とばっちり目が合って、「緑川リュウジさんかな?」と聞かれる。
「は、はい」
なんだか返事がしどろもどろになってしまった。
「今日担当する基山ヒロトです。よろしく」
「よろしくお願いします」
基山教官はやわらかく微笑んで、じゃあ車に行こうか、と促した。
初心者マークをつけ、ランプの確認をして車に乗り込む。
基山教官は助手席で教習手帳を確認していた。
「今日はCコースだね。路上にはもう慣れた?」
「えーと…まあまあです」
「そう、まだこれからだしね」
正直言って、路上は未だに怖い。
スピードを出すのもびくびくしてしまうし、道路に駐車車両があろうものなら途端に焦ってしまう。
前回当たった、厳しいと評判の八神教官には(数少ない女性教官だった)、たくさん注意を受けた。
最後には頑張れよと男前に励ましてくれたが。
「じゃあ発進しようか。入口を出たら右折して」
「は、はい」
キーを回してエンジンをかける。ギアをドライブに入れ、サイドブレーキを下ろして左右確認、ゆっくりとブレーキからアクセルに踏み変える。
入口を出たら合図を出して───、
次にやることで頭がいっぱいで、どうやら俺はガチガチになっていたらしい。
「ずいぶん体に力入っちゃってるね。いつもこんな感じなの?」
基山教官に苦笑された。
「はぁ…まあ…」
「あんまり車の運転は好きじゃないのかな?」
「好きじゃないというか…あんまり得意じゃないから緊張しちゃって…」
こっちは運転に必死で、ろくに返事をできる場合ではない。
さっきから基山教官がずいぶんじっとこっちを見ている気がしたけど、何か運転に問題があるのだろうか。
それなら何か言ってほしい。
信号で車が止まると、基山教官は突然謎の提案を持ちかけてきた。
「ねえ、緑川って呼んでもいいかな?俺のことはヒロトでいいよ。敬語もいらない」
…いきなり何を言い出すんだこの人は。
「え?どうして…」
「隣に乗ってるのが友達って思えば、緊張も少しはなくなるかなと思ったんだけど。どうかな?」
にこりとこちらに笑いかけてくる基山教官を見て、ああ、この人は気を回してくれているんだと思った。
たぶん整った顔だけじゃない、きっとこういうところも人気を集めてるんだろう。
「じゃあ…ヒロト?」
「うん、緑川」
呼ぶと、ヒロトは俺をまっすぐ見据えて綺麗に笑った。
それに何故かドキッとする。
うわっ、なんだこれ。
自分でも心臓がうるさいのを感じ、それをごまかすみたいに車を発進させた。
教習所に戻って車を止めて、エンジンを切る。
ヒロトの指導はそれはそれは丁寧だった。
道の指示から運転上注意するところまで、とても分かりやすく教えてくれた。
その上、俺の緊張をなくそうとしてか、冗談を言ったりいろんな話をしてくれた。
(運転に必死でロクな返事はできなかったけど)
おかげでいつもより良い運転ができた気がする。
「お疲れさま。なかなか良かったと思うよ」
シートベルトを外して、ヒロトは教習手帳にスタンプを押す。
よかった、今日は優しい教官に当たって。
なんてことを考えながら、ヒロトから差し出された手帳を受け取ろうと手を伸ばす。
すると、その手を掴んで軽く引っ張られた。
突然の出来事に反応できず、体は重力に従って前に倒れる。
え、と思ったときには、目の前にはヒロトの肩があった。
これはもしかして、いや、もしかしなくとも。
「がんばったね、緑川」
背中に回された左手と、右手はポンと俺の頭に乗せられる。
そこで俺は、ヒロトに抱きしめられているのだとようやく理解した。
その途端、自分の顔が信じられないくらい熱くなったのが分かった。
この状況、何…!?
一人あたふたしていると、ふわりとヒロトの体が離れた。
あ、何だか寂しい。
なんて一瞬思った自分にびっくりする。
一体どうしちゃったんだろう、俺。
離れたヒロトの顔を見れば、ヒロトはまた綺麗な笑みを浮かべていた。
「また緑川に当たるの、楽しみにしてるよ」
「…うん」
そこで二時限の終わりを告げるチャイムがなった。
そこからどうやって待合室に戻ったか覚えていない。
気付けばヒロトのことで頭がいっぱいだった。
「緑川、今回は上手く運転できたか?…おい緑川、聞こえてるか?」
風丸が顔の前で手を振っているのに気付いて、ようやく我にかえる。
「あ、ごめん風丸…何?」
「いや別にいいけど。どうしたんだ?教官に怒られたか?」
「いや、怒られてはない…」
それどころか抱きしめられたりしたのだが、まさかそんなことを言えるはずもない。
さっきからヒロトで頭はいっぱいだ。
その理由を、俺はまだ理解したくなかった。
行き先は恋
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