ゆらゆらした意識の中で、ふわりと良い香りがした。
どこか安心するような、懐かしいような、だけど変にドキドキするような。
これは一体何だったか…。
いつも身近で感じる匂いな気がするのだけど。
眠りの世界に半分浸かっている今のオレには、思考回路も上手く機能せず、まともに考えることが出来ない。
だけど、オレは確実にこの感覚を知っているのだ。
ふいに、瞼の裏でオレンジの陽が差すのを感じた。
そうだ。
オレは確か放課後に、風丸の委員会が終わるのを待っていて、そのまま居眠りしてしまったんだ。
机に横向きに突っ伏して眠ってしまったので、下になっていた頬が少しだけ痛かった。
そろそろ起きなければと思うけれど、瞼を持ち上げようとしても睡魔が邪魔をして、なかなか目が開けない。
「…どう、円堂、」
耳慣れた声がすぐそばでして、同時に手が肩に触れるのを感じた。
「円堂、起きろって」
軽く揺さぶられるその振動すらも心地良く感じ、瞼を開けようとする気持ちは簡単に打ち砕かれる。
ああ、もう少しだけ寝ていたい。
「……寝てるのか?」
わりと意識ははっきりしているのだけど、なかなか反応を見せないオレに、風丸は体を揺するのをやめた。
しかし手はオレの肩に置かれたまま、しばし沈黙する。
「…円堂、」
小さく名前を呼ばれて、ふと、瞼に柔らかいものが当たる感覚がした。
その瞬間にふわりと香った匂いに、ああそうか、これは風丸の匂いだったなと起きぬけのぼんやりした頭で思った。
その行為に、オレはほとんど無意識のうちに顔を上げ、勢いよく風丸の腕を引いていた。
「うわっ」
風丸は急な行動に驚き、ぐらりとバランスを崩した。
オレはそこをすかさず支え、腕の中に抱き止める。
そして、そのまま唇にキスをした。
「…んっ、」
軽く風丸の声が漏れて、オレはすぐに唇を離した。
もうすっかり眠気が覚めた頭で風丸を見れば、驚くほど真っ赤な顔をしていた。
「お前、起きてたのか…!?」
手の甲で唇を押さえて、耳まで赤くした風丸は、なんだかとても可愛く見えた。
オレは思わず笑ってしまう。
すると、風丸が「おい円堂!」と少しだけ怒ったような声を出した。
「どうせなら、口にキスして欲しかった」
冗談めかして言うと、風丸はますます顔を赤く染めた。
二人の間に、また沈黙が流れる。
「……待っててくれて、ありがとな」
ぽつりと、風丸がそう言うことでその沈黙は破れた。
うん、とオレは頷いて、やけに幸せな気持ちで鞄を肩に引っかけた。
「オレさ、何か今すげー幸せ」
素直に告げると、風丸は呆れたように笑った。
「簡単なヤツだな」
だけどそういう風丸も、やけに嬉しそうな顔をしていた。
思わず高鳴る心臓を落ち着けようと、オレはゆっくり一回まばたきをした。
傾いた陽射しが風丸の頬をオレンジに照らし、それがやたらに綺麗に見える。
さっき瞼に落ちた柔らかい感触が、オレの中に変に鮮明に残っていて、思い出すように何度も何度もまばたきをした。
今日は風丸の部屋に邪魔させてもらおうかな。
そしてゆっくりキスしたい。
あわよくばその先も。
ダメだと言われるかもしれないけど、オレをこんな気持ちにさせたのがいけない。
そんな少しだけ悪いことを考えながら、オレたちはどちらともなく肩を並べて歩き出した。
瞼からお誘い
title:LOVE BIRD
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