※アニメを無視したヒロト帰国話




リトルギガントとの激闘の末、イナズマジャパンは見事勝利を収め、優勝を手にすることが出来た。
オレはその試合の様子を、テレビにかじりついてずっと見ていた。
(そんなにテレビに近付かなくても見えるだろう、と砂木沼さんに注意されたくらいだ)

スタジアムを包む割れんばかりの声援、キラキラした紙吹雪が舞う中で、観客たちに手を振るイナズマジャパンの皆。
その中で、大事な一点目を決めたフォワード――基山ヒロトも、愛想よくサポーターたちに手を振っている。

オレはその様子が、まるで映画の中の出来事みたいに思えた。
ただただ、画面越しにぼんやりとヒロトを見ていた。


――明後日、ヒロトはこのおひさま園に帰って来る。




「これで大丈夫かなあ…」

団らん室には、色とりどりの折り紙で作られた輪飾りが、壁にぐるりと一周飾り付けられていた。
その周りには同じく折り紙で作った花や、すずらんテープの飾りが賑やかに踊っている。

「…飾り付けはこんなもんだろう」

「だな。後は女子たちがケーキとかクッキー作ってるし」

風介と晴矢はオレの呟きにそう頷いて、ちょっと女子たちの様子見てくるか、と二人して台所の方に掛けて行った。


すると、団らん室には一人きりになる。

シンとした部屋の中を、オレはぐるりと見渡した。

ヒロトが優勝して久しぶりに日本に帰ってくるので、おひさま園の皆でささやかなパーティーをしようということになった。
その案にやけに張り切って、男子は不器用なりに部屋の飾り付け、女子は慣れないお菓子作りを始めたのである。

なんだかんだ、皆表立っては言わないけれど、ヒロトの活躍がとても嬉しいのだと思う。
もちろんオレもその一人だ。

ヒロトのイナズマジャパンでの頑張りを、オレが一番よく知っているつもりでいる。
イナズマジャパンとしてヒロトと一緒にサッカーしていた時に、すぐ近くでそれを見ていたから。

オレも頑張ってたくさん練習したけど、イナズマジャパンを去ることになった時、ヒロトと約束をした。

「オレ、頑張って戻ってくるから」って。

そしたら、ヒロトは綺麗に微笑んで、「待ってる」って言ってくれた。

だからオレは、あの日から一度たりともボールに触らなかった日はない。


「ヒロトに会うの久しぶりだなあ…」

一人きりの部屋で、誰ともなしに呟いた。

本当に久しぶりだ、その約束をした日以来会っていないのだから。
結局、オレが戻るよりも先にイナズマジャパンは優勝を成し遂げた。
それは素直に嬉しい。
だけど一体、どんな顔してヒロトに会えばいいんだろう。
なんか緊張してきたかも…。

知らないうちに心臓がドキドキ速く動いている。

その時、部屋のドアがガチャリと音をたてた。

晴矢と風介が戻ってきたのかと思って、オレは慌てて平常心を装って振り返った。



「…ただいま、緑川」


「……、え?」


オレは思わず息を飲んだ。

そこに立っているのは、紛れもなく――ヒロトだった。


「え、何で…?帰ってくるの夕方のはずじゃ…、」

「早くおひさま園の皆に会いたくて、頑張って早く帰ってきたんだ」

ヒロトは笑う。
その笑顔があの約束をした時とちっとも変わってない。

ヒロトだ。本物のヒロトだ。

「そ、うなんだ…。パーティーの用意まだ出来てないのに」

そう言うと、ヒロトは飾り付けられた室内をぐるりと見渡した。

「すごいね」

「…うん。皆イナズマジャパンが優勝して、本当に喜んでるよ」

「……緑川、」

ヒロトの声が少しだけ低くなって、オレはドキッとした。

ふいに、ヒロトの手がオレの肩に伸びて、そのまま腕の中に抱き締められる。

「…っヒロト、」

「緑川、会いたかった…」

久しぶりに感じるヒロトの体温に、オレは何故か涙が出そうだった。
今まで手紙や電話やメールのやり取りはあっても、こうして直に触れるのは、本当に数ヶ月ぶりだった。

「…オレも」

ヒロトの背中にそっと腕を回す。

「オレ、ヒロトとまた一緒にサッカーするために…、練習、頑張ってたよ」

話したいことがたくさんあるのに、言葉が詰まってなかなか出てこない。
ヒロトはただ頷いて、黙ってオレの言葉を待っていた。

「ヒロトの活躍ちゃんと見てたよ。新しい技決めたのも、観客に手振ってるのも、全部…、」

全部見てたよ、テレビの向こうから。
ヒロトのこと、ずっと応援してた。

その言葉が出ない変わりに、オレは背中に回す腕の力をずっと強くした。

「うん、分かるよ…」

ヒロトは、優しくオレの額に唇を落とした。
優しい、温かい気持ちのするキスだった。

オレはさらに促すように、そっと目を瞑った。
それは唇にキスしてほしいという合図。

ヒロトがくすりと笑ったのが、目を瞑っていても分かった。
ゆっくりと、ヒロトの顔が近付いてくる気配がする。

あと数センチで唇同士が触れる、というところで、何やらドアの方から話し声が聞こえてきた。


「…おい、風介押すなよ、気付かれるだろ!」

「晴矢の頭のチューリップが邪魔で見えないんだ」

「だから押すなって、つーかこれはチューリップじゃねえ、おい寄っ掛かるな!」

「静かにしろ二人とも、聞こえるだろう」

どうにも聞き覚えのある声に一瞬固まって、オレは勢いよくドアの方を振り返った。

「…あ」

「バレたか」

そこには、晴矢と風介、そして砂木沼さんが、ドアの隙間から顔を覗かせていた。

今の、見られてた…!?

そう思うと一気に恥ずかしくなり、オレは瞬時に顔に熱が集まった。

「緑川、顔真っ赤」

横でヒロトが呑気に笑う。

何でヒロトはこんなとこ見られて笑ってられるんだ。
オレは死ぬほど恥ずかしい!

「盗み見なんて趣味が良くないな」

ヒロトは晴矢たちに向き直って、再びにこやかに笑う。

それに晴矢はうっと詰まって、「…悪かった、」と小さく呟いた。

「久しぶりの再開なんだから、気を利かせてしばらく二人にしてくれたのかと思ったのに」

ヒロトが言うと、どこまで冗談なのか分からない。

しかし砂木沼さんはその言葉に何故か深く頷いた。

「…そうだな。ずっとテレビにかじりついてた緑川のためにも」

そう言い残して、さっさと部屋から出て行く。

それに晴矢と風介はぽかんと顔を見合わせた後、しばらくしてお互いにやっと笑った。
そして、「パーティーは二時間後な」とだけ言って、二人も出て行ってしまった。

部屋にはオレたち二人だけになる。

「…ねえ緑川、本当にオレのことずっと見ててくれたんだね」

さっきの砂木沼さんの言葉を拾ったのか、ヒロトは機嫌よさそうに笑った。

そんなの、当たり前だ。
きっとヒロトが思っているよりもずっと、オレはヒロトのことが好きだ。

それを伝えるためにも、オレはとびきりの笑顔で改めてヒロトに向かい合った。


「…ヒロト、おかえり!」


さあ、パーティーが始まるまでの二時間、二人きりでどうやって過ごそうか。






両手いっぱいの愛を


title:LOVE BIRD




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