※円夏が好きな人には優しくない感じの円←風
円堂さんは出てません
※どんな風丸でも許せる方はどうぞ
ピンポンと、来客を知らせる軽快なチャイムの音が鳴る。
オレがこの家の玄関のチャイムを鳴らすのは、これがまったくの初めてだった。
いや、鳴らすだけではなく、この家に訪れること事態が初めてのことである。
ドアの脇に付けられたインターホンが軽くノイズ音を出し、「どなた?」と声を掛けられたので「風丸です」と簡潔に答えた。
すると、パタパタと廊下を走ってくる音が聞こえてくる。
そして、ガチャリと控えめに玄関のドアが開けられて、出てきた女性が笑顔でオレを見た。
「風丸くん、ずいぶん久しぶりね! 私たちの結婚式以来じゃないかしら」
そう言ったのは、かつてオレたちのマネージャーでもあり、今は円堂の奥さんとなった彼女であった。
「…ああ、そうだな。なかなか会う機会もなくて」
とにかく上がってと、彼女はオレを部屋に入るように促した。
丁寧に靴を脱ぎ、塵一つ落ちてないようなピカピカの玄関に綺麗に揃えてそれを置いた。
「今日はどうしたの?円堂くんは今出掛けているんだけど、きっともうすぐ帰ってくると思うわ」
少し待っててと言って、彼女はキッチンでコーヒーを入れ始めた。
その間にオレは部屋をぐるりと見渡す。
円堂が住んでいるとは思えないような、綺麗に片付けられた部屋だった。
実家の円堂の部屋はもっと物が多かったし、雑誌とか脱いだ服とかが乱雑に置かれていた。
だけどこの部屋はそんなのが嘘みたいに整頓されている。
当たり前といえばそうだ。
ここは円堂と奥さん二人で住んでる部屋なのだから。
中学生の頃、オレと一緒に大半の時間を過ごした、あの散らかった部屋ではない。
「今日は円堂に返す物を持って来たんだ」
そう言って、オレは持っていた小さい紙袋から中身を取りだし、彼女に差し出す。
それは、何の変哲もないヘアゴムだ。
「…これが円堂くんに返す物?」
「ああ」
彼女は不思議そうに首を傾げた。
そりゃあ円堂がヘアゴムを使うわけがないから不思議なんだろう。
――円堂は覚えているだろうか。
ずっと昔、オレと円堂が付き合っていた頃に、オレのうなじによくキスしてきたこと。
ポニーテールだから、うなじにキスしやすいだなんて冗談めかして円堂は笑ってた。
だからというわけじゃないけど、オレは中学時代ずっとポニーテールで過ごした。
円堂がそこにキスしてくるのが嬉しかったからだ。
それはオレの、特権みたいなものだった。
なのに、こうして蓋を開けてみれば、今円堂は奥さんと二人で仲良く暮らしている。
だから、昔円堂にもらったこのヘアゴムも、オレにはもう必要ないんだ。
彼女の下ろした茶色の長い髪が、ひどく疎ましく感じる。
こんな女々しい自分が馬鹿みたいに思えた。
それを受け取った彼女との間に、しばし沈黙が流れる。
「…円堂くん、遅いわね」
「…そうだな」
出されたコーヒーを一口啜る。
変に濃い味がした。
「円堂くんがね、このコーヒーが好きで、毎朝入れてるの」
「そうなのか」
「いつも何でも美味しいって言ってくれるから、最近料理するのが楽しくて」
「へえ」
結婚してるくせにまだ円堂くんなんて呼んで、一体何のつもりだ。
この綺麗に整頓された部屋も、変に濃い味のコーヒーも、何もかもが円堂の趣味じゃない。
馬鹿じゃないか、何も知らずに楽しそうに円堂の話なんかして。
その円堂が、昔オレに何度もキスしてきたんだぞと、この彼女に教えてやりたかった。
好きって言葉も何度も聞いたし、身体だって何回重ねたか分からない。
オレは男なのに、そんなことして馬鹿みたいだろう?
だけど何より馬鹿なのは、その円堂のことが、本当に好きだったオレの方だった。
だからこの家なんかに一度も来たくなかったんだ。
円堂と彼女が暮らしてるところになんて。
なあ円堂、別れる時に、好きじゃなくなったなんて言ったけど、あれは大ウソだ。
本当は大好きだったけど、あれ以上付き合うのが怖かった。
オレはお前みたいに強くないから、見えないものに押し潰されそうになってたんだと思う。
だけどこうして今幸せを掴んだお前を見てると、これで良かったんだろうな。
結婚式に行ったのは、オレのせめてもの償いのつもりだ。
ごめんな、円堂。
オレは未だに、お前のことを忘れられる気がしないんだ。
未練がましくヘアゴムなんか持ってきたりして、馬鹿だと思う。
だけど分かってほしい。
別れてからも、ポニーテールをやめてからも、このヘアゴムを大事にしていた理由を。
オレは、本当にお前のことが好きだったんだ。
昨日、言えなかったこと
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円夏好きなんですけど
一度こういう話も書きたかった
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