円堂の日に焼けた茶色い髪が、ふいに目と鼻の先まで近付いてきたとき、オレは思わず息を詰めた。
「……?、どうしたんだ?」
「あ…、いや…」
それに気付いた円堂が不思議そうにオレと目を合わせてきたので、何でもないと言ってさりげなく円堂と距離をとる。
びっくりした。
心臓が止まるかと思った。
ただ二人で円堂のノートを覗き込んで見ていただけなのに。
円堂の少し傷んだ髪を間近で感じる距離に、オレは自分でも驚くくらいドキドキしていた。
まるで全速力で走った後みたいだ。
しかし当の円堂はさして気にしていない様子で、広げたノートに向き直った。
「でさ…、」
話を再開する円堂の声も、今は頭に入ってこない。
ダメだ、最近のオレはどうもおかしい。
円堂とこんなに近付くのは、何も初めてなわけがない。
今までずっと幼なじみをやってきたのだから。
それこそ、うんと小さい頃には、二人で頬を寄せ合って昼間したりしたこともある。
だけど、ここ最近は何故か、ちょっとした接触でも心臓が跳ねるようになるくらいには、オレはおかしくなっていたのだ。
「…風丸聞いてるか?」
「うわっ」
円堂に近距離で真正面から覗き込まれて、オレは今度ばかりは声をあげて後ずさってしまった。
「どうしたんだよ大袈裟だな」
「いや、その……、」
顔が近い、とは口が避けても言えるはずがなくて、オレは口ごもった。
すると円堂は何を思ったのか、離れた距離を縮めるように、肩口に鼻を近付けてきた。
「えっ、円堂、何だよ」
突然の出来事に、完全にパニックになる。
目の前で揺れる茶色い髪が、やけにスローモーションに見えた。
それは長い出来事のように感じたが、実際は三秒くらいの時間だっただろう。
円堂はすぐにオレから離れた。
「…なんか良いニオイするなーと思ったら、風丸の家の洗剤の匂いだな!オレこの匂い好き」
笑いながら言う円堂に、オレは思わず顔が熱くなってしまった。
そんなことを今言うのは、何か反則な気がする。
今度から、洗い立てのものから着るようにしようか。
なんて一瞬思ってしまった女々しさに、自分で嫌気が差した。
こんなことを思うのはおかしい、絶対に。
ちらりと円堂に目をやると、ノートを閉じてもう帰り支度を始めている。
話はもう終わったのか、全然聞いていなかった。
帰り支度をする円堂を、横からぼんやり眺める。
その、オレより少しだけ大きい手とか、傷んだ髪とか、広い背中だとか。
見る度に、何だか胸が詰まる想いがする。
「風丸ー帰ろうぜ!あっ、帰りラーメン行かないか?」
帰り支度を終えて、円堂はオレに向き直る。
こうやってオレの名前を読んで、笑った時の顔だとか。
それらを見たときに感じる気持ちに、名前を付けるとしたら、やっぱり――。
「…好き、なのかもな…」
答えを出したら、それは自分の中に妙にストンと収まった。
オレは好きなんだ、円堂のことが。
納得したら、なんだか妙に清々しい気分になってきた。
「え?何が?」
円堂が不思議そうな顔をして聞いてくる。
「…ラーメン。好きだなオレも」
適当に誤魔化して、オレは円堂に笑いかけた。
そして、さっさとラーメン屋に行くべく、円堂よりも先に部室から歩を進めた。
だからその後ろで、円堂が密かに顔を赤くしていたことを――今のオレは知るはずもない。
羽化するまでに
title:LOVE BIRD
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分からないかもしれませんが
円堂さんが顔を赤くしたのは
風丸さんが笑いかけたから
ドキッとしちゃったんですよ!(^O^)
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