とても嫌な夢を見た。
僕の目の前に迫る真っ白い雪。
ものすごい音と共に、一瞬で視界が真っ暗になる。
――アツヤ!
僕は無意識に手を伸ばしてそう叫んでいた。
はっとして飛び起きると、全身にびっしょり汗を掻いている。
あの時の夢だ。
心臓がどくどくと速く動いているのが分かる。
心なしか、頭も重い。
ちらりと部屋の時計を見ると、針はまだ深夜三時を差していた。
――どうして今になって、こんな夢を見たのだろう。
明日も練習なんだから、ちゃんと寝なくちゃ。
そう思って目を瞑っても、何だか頭がどんよりと痛くて、なかなか眠りにつけなかった。
やっと眠れたと思ったら、あっという間に目覚ましのベルが鳴る。
実際のところ僕はどれだけ眠ったのか分からなかったけど、何だかそんな気がした。
身体を起こすと、まだ頭が痛い。
それどころか、身体までもがだるく、重く感じる。
あんな夢を見たからだろうか。
こういう夢を見るのは何も初めてではなかった。
今までも何度かあって、僕はそういう時、必ずいつもと変わらない生活をするようにしていた。
いつも通りにご飯を食べて、いつも通りに学校に行って、いつも通りにサッカーをして、いつも通りに眠る。
そうしないと、自分の中で何かが崩れる気がしてしまう。
正直、今日はこんな夢を見た後だから、あまり練習には出たくなかった。
だけどここで休むのは、自分の中の『いつも通り』ではなくなってしまうので、僕は重い身体を引きずって朝食に向かった。
食堂にはもう皆集まっていて、いつものようにわいわいと食事を取っていた。
「どうした吹雪、珍しく遅いな!寝坊したのか?」
「うん…そんなとこ」
いつもの明るいキャプテンの声も、今ばかりは頭に重く響く。
でもここで心配はかけたくなかったので、僕は努めて笑顔で返事を返した。
「あ、吹雪くんの分のお茶、持ってきておいたよ」
「ありがとう」
ヒロトくんが自分の右隣の席を指差したので、僕はその席に座る。
あまり食欲がなかったけど、とりあえず何かお腹に入れて置かなければと、ちびちびお茶を飲んだ。
だけどやっぱり、ご飯を食べる気分じゃない。
もういいや、僕も皆と一緒に食事を片付けてしまおう。
そうすればきっとこの気分に気付かれることもない。
僕はそうしてそそくさと食事を片付けた。
もう夏の終わりといえども、まだ昼間の暑さは厳しい。
軽い走り込みで大分体力を削られた気がする。
今日の練習は、どうやら二チームに別れて紅白戦を行うみたいだ。
こんな時に実践形式の練習をやるなんてつらいなあ。
しばらく立って監督のチーム分けの発表やら説明やらを聞いていたら、何だか朝よりますます気分が悪くなってきた。
どうしよう、思ったよりまずいかも。
地面がぐるぐるするような、変な錯覚もする。
落ち着け僕、大丈夫だから……、
「おい吹雪」
後ろから低い声が聞こえて、僕は振り返る。
名を呼んだのは豪炎寺くんだった。
「…なに?」
「お前、今すぐ部屋に戻れ」
「え?」
真顔で一体何を言い出すのだろう、彼は。
「これから紅白戦なのに何言ってるのさ」
「いいから戻れ。お前、熱があるだろう」
――熱がある?
確かに頭は重いけれど、熱があるだなんて、そんな。
「僕は別に、熱なんかないよ」
そう言うと、豪炎寺くんは思いきり険しい表情をする。
それが少し恐い。
「いいから戻るぞ」
半ばムリヤリ腕を掴まれて、僕は引っ張られるように宿舎に連れて行かれた。
「…37.6度」
宿舎の僕の部屋のベッドに押し込まれて、熱を測れと体温計を渡された。
渋々測ると、なんと本当に微熱があった。
「だから言っただろ」
「…うん、本当だね」
本当に、自分でも熱があることに気が付かなかった。
この頭の重さや身体のだるさは、全部あの夢を見た後だからと思っていたから。
「さすが豪炎寺くん。お父さんがお医者さんなだけあるね」
ほんの少しこの場を茶化そうと思って言ったら、豪炎寺くんはまた少し恐い顔をした。
「…お前、朝食も全然食べてなかった」
「……え。気付いてたの?」
誰にも気付かれてないと思っていたのに。
「さっきの監督の話だって、青白い顔して聞いているし、…」
そこで豪炎寺くんは言葉を切って、ベッドに横になった僕の髪をさらりと撫でた。
「無理するんじゃない。…疲れてるんだ、きっと」
――何で君には、それが分かるの。
僕は自分の視界がぼやけてきたのが分かった。
泣いていた。
「豪炎寺くん…、」
何で今涙が出るのだろう。
よく分からないけど、頬を伝う涙は止まらない。
「大丈夫だ吹雪、大丈夫だから」
優しく髪を撫でる手に、僕は思わず目を閉じる。
自分でも知らない内に無理していたのかなあ。
何かの糸が切れたみたいに、ぽろぽろと涙は出てきた。
だけどだんだん頭の痛みはすっとしてきて、このまま眠ってしまいたい、と思った。
「…寝ていいぞ」
それはとても優しい声だった。
僕は目を瞑っているから、豪炎寺くんが今どんな顔をしているのかは分からない。
だけどきっと、とても優しい顔をしているんだろうと思う。
妹さんにも、こんな風に優しく髪を撫でたりしているのかな。
「…ねえ豪炎寺くん、どうして分かるの?」
僕の考えていること。
僕自身でさえ気付いていないような、体調とか不安とか。
すると、豪炎寺くんは髪を撫でる手をぴたりと止めた。
どうしたのだろう、と思ったら、額にふわりと柔らかい感触。
「…いつも見てるから分かる。吹雪のことは」
――いつも見てるから。
頭の中でその言葉がぐるぐると巡る。
それって、どういう意味なんだろう。
何より、額に触れた柔らかい感触に、僕は顔が熱くなって仕方なかった。
今のは何なのとか、心配してくれて嬉しいとか、言いたいことはたくさんあった。
だけどとにかく、今は眠ってしまおう。
この優しい手に甘えて。
そうすれば、もうあんな夢も見ないだろう。
目覚めれば、きっと彼が一番に目に映るだろうから。
閉じても見える
title:うきわ
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なんともぐだぐだ!
この二人、これでまだ付き合ってないんだぜ…
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