円堂と毎年二人で行っていた花火大会が、今年は中止になってしまった。
何でも、今年は花火をやる場所が舗装工事で使えないからだそうだ。
「行きたかったな」
「…オレも」
とても残念そうに呟く円堂に、オレはぽつりとそう返して、気付かれないようにそっと唇を噛む。
正直、何で今年に限って、と思った。
毎年行っている花火大会、上がる花火も毎年そう代わり映えのするものじゃない。
出店だって、何もそんなにたくさん出るわけじゃない。
地元の小さな花火大会だから、何か変わったイベントをやるわけでもない。
それでも、行きたかったと悲しくなるのは、今年が円堂とそういう仲になってからの、初めてのお祭りだったからである。
今まではただの幼なじみとして一緒だったイベントも、気持ちが通じ合った今年からは、オレには全く違ったものに感じる。
だけどきっと、円堂はそういったことは考えてなくて、ただ純粋に花火が見たかったから残念がっているのだろうなと思う。
だって、この鈍感がそんなことを意識しているとは到底思えないから。
「風丸、今年も浴衣着るつもりだったんだろ?」
「まあな。親がそういうの好きだから。円堂の分の甚平もあるぞ」
オレの親は和服が好きで、いつも花火大会の時はムリヤリ浴衣を着て行かされる。
それに毎年円堂も巻き込まれて、うちの親が用意した甚平を着せられるのが恒例になっていた。
「なあ、風丸の浴衣見たい!今着てみせてくれよ!」
「…え、何で」
何が悲しくて、今浴衣を着なくちゃいけないんだ。
そう思ったがしかし、円堂があまりにも期待を込めた目でこちらを見るので、一瞬たじろいでしまう。
「オレ、毎年風丸の浴衣姿楽しみにしてたんだ!だから見たい」
真っ直ぐ、目を見てそう言われれば、オレはそれに敵うはずがない。
「…しょうがないな」
そうして結局、真新しい藍色の浴衣に袖を通すことになったのだった。
「すげー風丸、一人で着付け出来るのか!」
「あれだけ毎年着せられてればな」
きっちりと濃紺の帯も締めて、くるりと円堂に向き直ると、いたく感心した様子でまじまじと全身を見られる。
何かあまり良い気分ではない。
「……何かおかしいか、」
「いや、やっぱり綺麗だなと思ってさ」
至極、何てことないように円堂がそう答えたので、オレは一瞬あっけに取られた。
そして、ふいに円堂に腕を掴まれる。
「花火やろうぜ!」
言うが早いが、オレの腕を掴んだまま外に飛び出した。
「…本当にお前って、突拍子もないこと思いつくな」
円堂に引っ張られて着いた先は近所のコンビニだった。
何のつもりだと思えば、円堂は迷いなく、レジ前の特設コーナーに置かれた花火のパックを購入した。
そうしてまた手を引かれて、たどり着いたのが公園である。
「だって、花火大会がないなら自分たちでやっちゃえばいいだろ?」
その理論はどうなのかと思うが(だって花火大会とコンビニのパック花火なんて比べちゃいけないと思う)、円堂がやたらに嬉しそうだから野暮なことは言わないことにする。
「これ風丸の分な!」
そう言って手渡された花火はカラフルな線香花火だった。
「普通、線香花火って最後にやるもんじゃないのか?」
「まあいいじゃん」
花火と一緒に買ったライターで、円堂はしゃがんで自分の分の線香花火に火を着けた。
途端、パチパチという音と共に、金色の光が瞬く。
「ほら、風丸も!」
それをぼうっと見つめていたら、円堂にライターを手渡された。
「ああ、」
促されて、オレもしゃがんで自分の花火に火を着ける。
パチパチと輝く光が二つになる。
――綺麗だな。
花火の先の光を見つめて、自然と顔が綻んだ。
すると、ふと横から視線を感じる。
顔を上げると、円堂が笑っていた。
「…?」
何だ一体、と思った瞬間、唇に柔らかいものが触れた。
え、
今のって、
円堂の…
急なことに、頭で情報が処理しきれない。
しかし、それは一瞬でオレから離れた。
「…えんど、」
「花火大会さ、」
円堂はオレの顔を見ずに、線香花火の先を見つめて言う。
「中止になったの残念だけど…、線香花火やって、浴衣着た風丸が隣にいるから、もうそれで満足だ!」
オレの方に向き直った円堂の顔は、いつもみたいな眩しい笑顔だけど、心なしか少し赤くなって見えた。
「…、オレも」
だけどそう返したオレの顔も、円堂に負けないくらい赤くなっていたと思う。
いつの間にか線香花火の火は落ちていた。
付き合ってから初めての花火大会は中止になったけど、好きなヤツが隣にいるだけで、それはもう特別なものになる。
コンビニで買った線香花火だって、二人でやるなら、どんな派手な打ち上げ花火にも敵わない気がしてしまう。
隣で笑う円堂に、オレは負けじと心から笑い返した。
たったひとつそれだけが
title:メロウ
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