思いきって聞いてみよう、と決めたのが水曜日のことだった。
いつも通りなら、ヒロトくんは今日の五時間目、隣のクラスの体育の様子を見るはずだ。
その時にさりげなく聞いてみよう。
昼休みもあと十五分ほどで終わるという時、僕は人知れずそう決心したのだった。
「あれ、緑川と玲名、どこいくの?」
その瞬間、左隣から渦中のヒロトくんの大声が聞こえてきたので、僕は思わずびっくりした。
ちらりと横目でヒロトくんを見ると、その目はどうやら廊下に向けられているようだ。
「お前には関係ない」
「保健室に行くんだ」
廊下に目をやると、すらりと背の高い八神さんと、萌葱色の髪をポニーテールにした、緑川と呼ばれた男の子が揃って答えた。
「玲名は相変わらずひどい言い草だな。緑川どうしたの、どこか具合でも悪いの?」
八神さんの物言いにも慣れた様子で、ヒロトくんは立ち上がって二人の元に駆け寄った。
僕は全身を耳にして、ヒロトくんたちの会話に聞き耳をたてる。
「うん、ちょっと頭が痛くて…」
「え、大丈夫?オレも保健室まで一緒に行こうか?」
ヒロトくんはそう言って、心配そうに緑川くんの顔を見ている。
「私が連れて行くからお前は来なくていい」
すると、八神さんがきっぱりとヒロトくんの申し出を断った。
「うん、大丈夫だよヒロト。体育の時間ちょっと休んでれば、たぶん良くなると思うから」
「…そう」
その言葉で、ヒロトくんは渋々といった感じで席に戻った。
五時間目開始のチャイムが鳴る。
僕はさっきのやり取りを見て考えたのだけど、ヒロトくんはもしかしたら、八神さんの体育の様子をずっと見ているのかもしれない、と思った。
だってやっぱり仲が良さそうだったし。
何だかんだ言って、ヒロトくんは八神さんのことが好きなのかなあ、と思う。
そう考えればなんとなく全部のつじつまが合う気がした。
英単語を読み上げる先生の声を聞き流しながら、僕はそんなことを思って隣のヒロトくんを横目で見た。
いつも通り、ヒロトくんは窓の外の体育の様子を見て――、
あれ?見てない。
ヒロトくんは、至って真面目に教科書に目を落としていた。
変だなあ、何で今日は見てないんだろう。
まだ八神さんが保健室から戻ってきてないのかな。
そう思ったけど、ヒロトくんは五時間目終了のチャイムが鳴るまで、ついに一度も外を見なかった。
どうしてだろう、八神さんを見ているんじゃなかったのかな。
いろいろ考えてみたものの、さっぱり答えが分からないので、僕はやっぱりヒロトくんに聞いてみることにした。
ヒロトくん、と声に出そうとした時、それを読んだかのようにヒロトくんが僕の名前を呼んだ。
「吹雪くん、お願いがあるんだ」
「え、」
ヒロトくんは真っ直ぐにこちらを見て、ゆっくりと言った。
「オレ、今から保健室に行って来ようと思うんだけど。もし授業が始まっても戻って来なかったら、具合が悪いってことにしてくれないかな」
「いいけど…、」
でも、それって…。
「本当は具合悪くないんだよね?」
そう言うと、ヒロトくんはバツが悪そうな顔をした。
「まあね。…だって、心配じゃないか」
あれ、何だか初めてみる表情だ。
それに今の言葉…。
もしかして、もしかすると。
さっき見た、隣のクラスの八神さんと緑川くん。
緑川くんは具合が悪いと言っていて、ヒロトくんはそれに着いて行きたがってた。
その緑川くんは、五時間目はきっと保健室で休んでいたのだろう。
そして、今日に限ってヒロトくんは窓の外を見ていなかった。
僕は一瞬にして、バラバラだったパズルのピースがはまったような間隔がした。
「…ねえヒロトくん、ひとつだけ聞いていいかな」
「何?」
椅子を引いて、今にも立ち上がろうとするヒロトくんに、僕は笑って問い掛けた。
「いつも、誰のことを見てるの?」
その一言に、ヒロトくんは一瞬目を見開いた。
僕は身動きひとつしないで、彼の答えを待つ。
唇をぎゅっと引き結んだ後、ヒロトくんは不敵に笑ってこう答えた。
「…きっと、吹雪くんが今考えた人で合ってると思うよ」
「好きなの?その子のこと」
「あれ、質問はひとつじゃなかったの?」
なんて言いながら、ヒロトくんは椅子から立ち上がった。
「それじゃあ頼んだよ、吹雪くん」
ヒロトくんは、女の子が見たら喜びそうな笑顔で、教室から出て行った。
席替えしてから一ヶ月ちょっと。
隣の席の彼のことを、僕はやっぱり掴めない、と思った。
となりの基山くん
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これ補足しないと分からないと思うんですが、ヒロトがいつも見てたのは緑川の体育の様子です
緑川が保健室で寝ていて体育の授業に出てなかったので、その日は窓の外を見てませんでした
こういう感じのふぶきやま大好きなんです
しかしこのヒロト、なんかナチュラルに気持ち悪いね^^
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