その日は星が綺麗な夜だった。
夜遅くまでの練習を終え、個人的に少し走り込みをしたかった僕は、みんなと別れてひとりでグラウンドに残った。
走り込みを終え、みんなより遅れて宿舎に戻ると、食堂からいつもより騒がしい声が聞こえる。
「もう!木暮くんっ!!」
マネージャーの音無さんの叱咤する声、それにまったく動じない木暮くんの笑い声。
よく見ると、いつにもまして陽気に笑っているキャプテン、そんなキャプテンにぴったりくっついている風丸くん、イビキをかいて眠りこけている壁山くん、なぜか泣いている立向居くんをバシバシ背中を叩きながら慰める綱海くん……と、その他諸々、なんだかカオスな状態だった。
当の木暮くんはと言えば、赤い顔して笑い転げている。
ちょっとびっくりしてしばらく声が出ない。
なんなの?この状況。
「吹雪、今戻ったのか」
その声に我にかえった。
見れば、声をかけてきた豪炎寺くんはどうやら普通の様子だ。
「うん。ねえ、みんな一体どうしちゃったの?」
「それがな…」
「聞いて下さい吹雪さんっ!木暮くんがどこかからお酒を持ってきてジュースとすり替えてたんですよ!!」
木暮くんの首根っこを掴んだ音無さんが悲痛の声で言った。
豪炎寺くんも頷く。
「そういうわけなんだ、吹雪。飲んでないヤツは俺と鬼道と不動ぐらいだ」
「へえ…そんなことが」
そんなやりとりをしてるうちに、今までどこかに行っていた鬼道くんが部屋に戻ってきた。
「今日はもう寝るしかないだろう。大変だと思うがみんなを手分けして部屋に運ぶしかないな」
「ああ、そうだな」
「それしかないね」
「はぁ?面倒クセェなぁ」
「文句を言うな不動。不動は俺とまず壁山を運ぶぞ。春奈はもう休んでいてかまわない」
「…うん、じゃあ先に休ませてもらうね」
音無さんが部屋に戻り、不動くんはなんやかんやと文句を言いながらも、鬼道くんと一緒に壁山くんを運んで行った。
あの二人、結局は仲が良いんだろうなあ。
「俺たちも運ぶか」
「あ、うん」
木暮くんや虎丸くんなんかの小柄な人は一人で、壁山くんや土方くんみたいな体の大きい人は二人で運んだ。
最後に鬼道くんと不動くんが、キャプテンからくっついて離れない風丸くんを二人まとめて運んで行ったのを見届けて、ようやく二人共息をついた。
「なんだか疲れちゃったね」
「ああ、そうだな」
食堂のカーテンの隙間から差し込む少しの月明かりが、豪炎寺くんの横顔を照らしている。
やっぱりかっこいい顔してるなあ。
サッカーをしているときはもちろん、何をしてるわけでなくても、こうして様になってしまうところがまたかっこいい。
「…今日の星はすごく綺麗だな」
「え、うん、そうだね」
豪炎寺くんに見とれていたので、急にこっちを向かれて慌てた。
カーテンを全開にして窓の外を仰ぐと、さっきよりもたくさんの星が散らばっていた。
「うわあ…、本当に綺麗だね!」
「こんなによく見えるのは久しぶりだな」
「本当…すごいなあ…。僕、豪炎寺くんと見られて嬉しいよ」
すごいなあ、綺麗だねえ、としばらく星にはしゃいでいたら、豪炎寺くんはさっとカーテンを閉めてしまった。
「え、どうしたの?」
「…吹雪が星を見てばかりで全然こっちを見ないから、悔しくなった」
そう言って豪炎寺くんにぎゅっと後ろから抱きしめられた。
あまりの台詞に一瞬ぽかんとしたものの、あの豪炎寺くんが星に妬いたんだと思うと何だかおかしい。
「…ふふ。今日はどうしちゃったの?豪炎寺くん」
嬉しいこと言ってくれるなあ。
「…、俺は少し酔っ払っているのかもしれない」
「え、豪炎寺くんも実は飲んでたの!?じゃあ早く休んだ方が――」
「お前に、な」
そう言って僕の体を腕の中でくるりと反転させると、優しく唇を重ねた。
「ん…」
いつもより深い、優しいキスだった。
しばらくお互いの舌を探るように求め合った後、二人は名残惜しそうに唇を離した。
「…もう豪炎寺くん、そんなの反則だよ…」
二人ともまったくアルコールを飲んでいないのに、豪炎寺くんはまるで酔っているかのようにキスの雨を降らせる。
「僕も何だか…酔ってきちゃった」
今日は星が綺麗で、目の前の大好きな人は僕を抱きしめてくれていて。
こんな夜には少し酔ってしまうのもいいかもしれない。
ノンアルコールキス
title:メロウ
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