初めて円堂がオレにキスしてきた時、唇からうっすらとバニラの匂いがした。
それはたぶん、キスする前に円堂がバニラ味のアイスを食べていたからだと思う。
ファーストキスはレモンの味とはよく言ったものだけど、ただ唇同士を触れ合わせただけのその拙いキスに、これといった味はなかった。
ただ、円堂の唇からふわりと香ったバニラの匂いが、今でもオレの記憶にやけに鮮明に残っているのだった。
「どうしたんだ風丸、食べないのか?溶けるぞ!」
円堂のその言葉に、オレははっと我に返る。
マネージャーが差し入れにと配った安い棒つきアイスを前に、オレはファーストキスのことを思い出していたことに気付き、思わず赤面した。
「ああ、食べるって…!」
それを誤魔化すように、オレは勢いよくアイスにかじりついた。
けれども口の中に広がる冷たさと、甘いバニラの香りが、オレの顔をますます赤くさせた。
ダメだ、バニラの香りで思い出してしまう。
熱を持った円堂の瞳、肩に乗せられた右手、ゆっくり近付く唇。
ひとつひとつの円堂の動作が、オレの脳裏に鮮明に蘇る。
悶々とする思考に、落ち着け、と自分に言い聞かせるように息を吐く。
すると一瞬、ひやり、と頬に冷たいものが当たった感触がした。
柔らかい感触にふわりと香るバニラの香り。
もしかしなくても、今のは。
はっとして円堂の顔を見ると、円堂は笑っていた。
「へへ、不意打ち!」
どうだ!と満面の笑みでオレの顔を除き込む円堂に、オレは思わずキスされた左頬に触れた。
「…、びっくりした…」
頭の中を覗かれたかのようなタイミングのキスに(頬にだけど)、オレはただそう返すことしか出来なかった。
「風丸さっきからボーッとしてるからさー、驚かしてやろうと思って!ちょっと冷たかっただろ?」
アイス食べてたから、と言う円堂に、それでびっくりしたわけじゃないんだけどと思いつつ、オレも何だか可笑しくなって笑ってしまった。
すると円堂は急に静かになって、アイスを持っていない方のオレの手をぎゅっと握った。
「…円堂?」
どうしたんだ急に、と思って顔を覗き込もうとすると、今度は唇に柔らかい感触を受けた。
今度は唇にキスされたのだと理解するのと同時に、円堂が口を開いた。
「…オレ、初めて風丸にキスした時さ、すっげー唇甘いなと思ったんだ。あの時、オレたち二人でアイス食べてただろ?だからかなと思ったんだけど……」
そこで円堂は言葉を切って、じっとオレを見つめる。
それに何だか恥ずかしくなって、オレはそっけなく返事を返した。
「…そうか?オレは特に味は感じなかったけど」
バニラの甘い匂いはやたらに記憶に焼き付いているけど、それは何となく言わないでおくことにした。
「…うん、だからさ、もともと風丸の唇が甘かったのかなって思って」
「はっ…?」
…何て恥ずかしいことを言うんだコイツは。
というか、今はアイスを食べた後なんだから、アイスの甘さか唇の甘さかなんて分からないじゃないか。
「…唇が甘いわけないだろ、普通」
そんなことを言ってやれば、円堂はうーんと首を捻った。
「だけど、オレにとってファーストキスの味はバニラみたいな甘さだったんだって!」
その言葉に、オレはちょっとだけドキリとしてしまう。
あながち円堂の言うことは間違っていないのかもしれない。
オレも確かに、バニラの甘い香りを覚えているのだから。
「円堂、じゃあ…確かめてみるか?」
その言葉に、円堂はえっ?と不思議そうな顔をする。
オレは返事も待たずに、自分から円堂の唇に口付けた。
ふわりと香るバニラは、もうどっちからか分からない。
しばらくして唇を離すと、円堂は顔を真っ赤にしていた。
オレはそんな円堂を見て逆に冷静になってしまい、勢いとはいえ自分からキスしたことが急に恥ずかしくなってしまった。
「わ、悪い円堂……」
「えっ、何で謝るんだよ?」
顔を背けるオレに、円堂はオレの右手を掴んだ。
アイスがだんだん溶け始まってきて、手に伝ってきている。
それにも構わず、円堂はその右手を離さない。
「風丸、」
そう言って、ぐっとオレの手を引き寄せる。
「確かにバニラの甘さもしたけど…やっぱもともと風丸の唇が甘いんだと思うぞ」
そうしてオレに近付く円堂からは、また甘いバニラの香りがした。
「…円堂の唇も、なんか甘く感じた。バニラじゃないヤツ」
本当に、何だか分からないけど甘かったのだ。
そう言うと、円堂はニカッと笑って、またオレの唇に軽く口付けた。
「好きなヤツの唇は甘く感じるのかもな!」
「……はぁ?」
恥ずかしげもなく言う円堂に、オレは本当に参ってしまう。
だけど、甘いバニラの香りがこんなに鼻につくのは、円堂のことが好きだからに間違いなかった。
それなら、キスが甘く感じるのも、好きなヤツだからという理由で頷ける気がしてしまった。
零れたキスから恋の味
title:LOVE BIRD
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