「知ってる?今日はペルセウス座流星群が見れる日なんだ。一緒に見に行こうよ」
そうしてヒロトに誘われて、オレたちは二人で近くの土手に来ていた。
深夜の土手はさすがに静かだ。
この土手は周りに景色を遮る高い建物もないし、星を見るのにはちょうどいい場所かもしれなかった。
土手の少しひんやりした地面に、二人で腰掛ける。
ここに来る途中で買った、お菓子の入ったコンビニのビニール袋が、二人の間でガサリと音をたてた。
「ねえヒロト、チョコとクッキーどっち先に食べる?オレ先にクッキー食べたいんだけど」
「…本当に花より団子だよね、緑川って」
ヒロトはちょっと苦笑いしながら、クッキーの箱を開いた。
そして小分けにされた袋のひとつを、オレに手渡してくれる。
そのチョコチップクッキーを頬張りながら、オレは頭上に広がる夜空を見上げた。
高い夏の夜空には、満点の星空が広がっていた。
「ほんとに星いっぱいだね」
「うん。あと少しすれば、たくさん流れ星が見れると思うよ」
ヒロトも夜空を見上げて、珍しくわくわくした顔をしていた。
オレはそんなヒロトの顔をまじまじと見つめてしまう。
ヒロトは昔から、星とか月とか星座とか、そういったのが好きだった。
小学生の時に使った星座板なんかも、未だにとってあるのを見たことがある。
ヒロトにとって天体って、何か特別に惹かれるものがあるんだろうな。
だって、オレだって星を見てキレイだとは思うけど、こんな夜中に起きてまで見ようとは思ったりしない。
こうしてヒロトがオレの手を引いて、一緒に見ようと言ってくれたりしなければ。
「――見た?今の流れ星」
「、えっ?」
そうしてぼんやりとヒロトの横顔を眺めていたら、オレの方を向いた緑の瞳とばっちり目が合った。
オレはそれに焦って夜空を見上げる。
けれど、流れ星なんかなく、星はただキラキラ輝いているだけだった。
「もう消えちゃったよ、流れ星って一瞬だから」
「……だよね」
そうだ、今はヒロトを見てる場合じゃないって!
ヒロトの横顔ばっかり見ていた自分が急に恥ずかしくなって、オレはこっそり顔を覆った。
どうか顔が赤いのがヒロトにバレませんように…!
そうして祈っていると、ヒロトが今度はオレの肩を揺すった。
「ほら緑川、何してるの、見て!」
その声にオレは慌てて顔を覆っていた手を外して、急いで星空を見上げた。
「……わぁっ…!」
見ると、夜空一面に星、星、星。
北東の空に、たくさんの流れ星が駆け巡っていた。
キラキラ輝く星たちに、オレは何か生命力みたいなものを感じた。
「…綺麗だね」
「うん」
ヒロトがそう言って、オレの手をそっと握ってきた。
少しだけ肌寒い夜には、その体温がとても心地よく感じる。
ヒロトの顔をそっと盗み見ると、夜空を見上げる緑の目が、流れ星を映していてまるで宝石みたいに見えた。
…やっぱりかっこいいなあ、ヒロトは。
そんな想いを込めて、オレもヒロトの手をぎゅっと握り返した。
「ねえ緑川、何か願い事をしなきゃ」
「え、そうだね」
ヒロトの言葉に、オレは目を瞑ってお祈りの体制を取る。
願い事…。
サッカーが上手くなりますように。
おいしい物がたくさん食べられますように。
おひさま園のみんなとずっと仲良くいられますように。
いざ考えてみると、叶えてほしい願い事がたくさんありすぎて、どれにしようか迷ってしまう。
ヒロトは何をお願いしてるんだろう、とまた隣のヒロトを盗み見てみると、目を瞑って何やらやたら真剣に祈っていた。
ぶつぶつ呟いてるのがちょっとだけ怖い。
そんなヒロトを見て、オレはやっぱりこの願い事しかないなと思って、唇だけ動かして三回願い事を繰り返した。
「…ヒロト、そんなに真剣に何をお願いしてたの?」
しばらくして顔を上げたヒロトにそう聞くと、ヒロトは笑った。
「知りたい?」
「うん」
そう答えると、ヒロトはオレの顔を覗き込むようにしてきた。
「緑川のことだよ」
「…オレ?」
「うん。緑川は何をお願いしたの?」
「…オレも、ヒロトのことだよ」
そう言うと、ヒロトはオレの頬に手を添えて、嬉しそうな顔をした。
「へえ、教えてほしいな」
「ヒロトから先に教えて」
すると、ヒロトはそっとオレの唇に唇を重ねた。
触れるだけの優しいキスで、唇を離すとヒロトは綺麗に微笑んだ。
「…こうして、緑川とずっと一緒にいられますように、って」
ね、と言うヒロトに、オレは思わず可笑しくて笑ってしまった。
ヒロトがそれを見て不思議そうな顔をする。
「どうしたの緑川、ここはそんなに笑うところじゃないんだけど」
「ごめん、そういうつもりで笑ったんじゃなくて…、ヒロトがオレと同じこと考えてたからさ、可笑しくて」
そう言うと、ヒロトはえっという顔をした。
「じゃあ緑川の願い事も一緒なの?」
「ううん、それも考えたけど。オレはさ、そんなに先のことじゃなくて、今すぐのことをお願いしたんだ」
そしてオレは、ゆっくりとヒロトの方に寄り添った。
「流れ星に夢中なヒロトが、今すぐオレにキスしてくれますようにって」
普段なら恥ずかしくて絶対こんなこと言えないだろうけど、そんな言葉が何故か今はすらすら出てきた。
「そしたらヒロトが今本当にキスしてくれたから、それも可笑しくて、」
そこまで言うと、もう一度ヒロトがオレに口付けてきた。
不意打ちのそれにびっくりして、オレは思わず「ふむっ」という変な声を出してしまった。
「……本当に可愛いこと言ってくれるよね、緑川って」
そうしてオレの手を握るヒロトはくすくす笑っていた。
「そんなことお願いしなくても、いつでもキスしてあげるのに」
その言葉に何だかとてつもなく恥ずかしくなってしまい、オレはわざとそっぽを向いた。
「……ヒロトだって、わざわざそんなことお願いしなくても……オレはずっとヒロトと一緒に居るつもりだし」
そうして同じだけの力で、ヒロトの手を握り返した。
何にしろ、オレの願い事はすぐに叶ったわけだから、流れ星の力はすごいのだと思う。
それなら、こうしてずっと一緒に居るという願い事も、きっと叶うんじゃないかと不思議と思えてきてしまうのだった。
きらきら星の降る夜に
title:うきわ
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