真夏の5時間目の体育は少しキツイものがある。
何しろ一番気温が高くなる時間帯なので、グラウンドに立っているだけで汗が流れてくるのだ。
授業内容がプールならば大歓迎なのに、生憎雷門中は男女交代でプールの授業を行うことになっていた。
「あっちー!」
隣で準備運動をしていた半田が、屈伸の流れでそのまま芝生に座り込んだ。
「ほんと暑いな…」
オレも半田の隣に座り、言葉を返す。
今日の授業はソフトボールをやるらしく、先生が辺りに水を撒いていた。
地面が水を受けてキラキラして見える。
ちょっとだけ綺麗かもしれない。
オレは何となく校舎に目線を向けた。
あまりの暑さに陽炎で少し建物がぼやけて見える。
これはすごいなとぼんやり校舎を眺めていると、特別教室棟の一番端の音楽室に、なにやら動く人影があるのに気付いた。
目を凝らして音楽室の方を見ると、見慣れたオレンジのバンダナをしたヤツが、窓から顔を出してこちらに手を振っていた。
「…円堂だ、」
何やってるんだアイツ、授業中だろ。
今に先生に叱られるぞ。
「円堂?どこにいるんだ?」
オレの言葉を聞いた半田は、辺りをキョロキョロ見回している。
「ほら、あそこだ。音楽室」
オレが指差すと、半田は目を細めて校舎の方を見る。
「あー、ほんとだ」
半田が軽く手を降り返すと、円堂はさらに両手で手を振ってきた。
オレも軽く手を振り返す。
そこで先生が集合を告げる笛を鳴らした。
「それにしてもよく分かったな、あんな遠いのに」
自分の打席が回ってくるまで芝生に座っていると、半田が隣でぽつりと言った。
「何がだ?」
「円堂のことだよ。音楽室からオレたちのとこまで結構距離あるのに、よく分かったよなぁ。しかもこんなに人いるのに、普通だったら分かんないだろ」
確かに、言われてみればそうかもしれない。
あんなに遠くからよく…。
「まあ、風丸もだけど」
「えっ、オレも?」
半田の予想外の言葉に思わず驚く。
「だって、あんなに遠くから手振られても気付かないって」
お前ら視力いいよな、と呑気に言う半田。
きっと今の言葉に深い意味はないのだろう。
が、オレはものすごく恥ずかしくなってしまった。
だってあれが円堂じゃなかったら、オレは気付かなかっただろうと思ってしまったから。
「あっ、風丸!」
体育の授業で使った備品を倉庫へ運んでいると、後ろから名前を呼ばれた。
振り返ると、渡り廊下で円堂がニコニコしながらまた手を振っている。
「円堂…、教室移動か?」
オレは備品を持ったまま円堂の元まで近付く。
「今音楽室から教室に戻るとこだ」
そう言って円堂は持っていたリコーダーや教科書を持ち直した。
「…そういえばお前、さっき先生に怒られなかったか?」
授業中に手なんか振って、と言うと、円堂はぱちりと一回瞬きをした。
「ああ、大丈夫!今日は自習だったからな」
そう言って笑う円堂に、オレは思わず苦笑してしまう。
「そういう問題でもないんだけどな…」
全く、本当にお前には負ける。
こんなことが嬉しいと思ってしまうなんて。
そろそろ片付けに戻らなければと思ったら、円堂がオレの手から備品のカゴを取った。
「ちょっと手伝うぜ!」
円堂はそのままずんずんと倉庫に向かって行く。
オレも慌ててその後を追いかける。
「おい円堂、悪いって」
「平気だって!」
倉庫の前に着き、円堂はくるりと振り返った。
「オレさ、さっき風丸がどこにいるかすぐ分かったんだ」
「え?」
何を急にと思ったけど、円堂はそのまま話を続ける。
「なんかさ、風丸だけキラキラして見えるんだよ、オレには」
不思議だよなぁ、と笑う円堂。
……それ、相当恥ずかしいこと言ってるって分かってるだろうか。
真っ赤になって円堂の顔を見ると、まだ笑っていた。
たぶん円堂は恥ずかしいなんて思っていないのだろう。
だけど、どうして二人ともお互いのことをすぐ見つけられるのか、その理由はお互い様だと思う。
――好きなヤツは特別だから、すぐに分かってしまうものなのだ。
キラキラ
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なんかよく分かんない上に
恥ずかしい話
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