冗談だと思いたかった。

似てるなんてもんじゃない。
これは紛れもなく幼い頃の私だ。

どういうことだ?
まさか私は時を駆けたのか?

明らかに顔色を変えた私に、その子は(過去の自分なのだが)具合が悪いと思ったのか、まだ心配そうに聞いてきた。

「あのっ、何か飲み物持ってきた方がいいか」

今にも行って来ようとばかりにその子は勢いよく立ち上がる。

すると勢い余って、木の枝に思い切り頭をぶつけた。
その拍子にポケットから一枚の紙切れが舞う。

「っつ……!」

頭を抱えてうずくまる姿に、私は見ていて落ち込んできた。
我ながらなんて情けない。

「落としたぞ…」

ポケットから落ちた紙を拾いあげてやると、それはどうやら写真のようだった。
よく見ると、幼い晴矢と私がツーショットで写っている。

「わっ、わああ!!返してくれっ!!」

私の手からすごいスピードで写真を奪い、その子は顔を赤らめる。

…この、たまたま父さんに二人で撮ってもらった写真を、大事に持ち歩いているというのがまた…。

なんだかいかにも引っ込み思案なヤツがすることで嫌だ。

その子はまだ顔を赤らめて、両手でしっかり写真を握りしめている。

「……どうせ付き合えるんだから、さっさと告白したらどうだ」

その子は一瞬、何で分かるんだというように驚いた顔をした。
そして、顔を真っ赤にしたまま勢いよく首を左右に振る。

「無理だ、付き合うなんて!」

「付き合えるんだって」

「一生手の届かないヤツで…」

「届くって言ってるだろう」

うじうじと否定する幼い自分に、我ながら苛立ってきた。

もう立ち去ってしまおうと腰を上げると、その子が遠慮がちに聞いてきた。

「あの、どこへ行くんだ?」

…そういえばどこへ行くんだろう。
過去に来て行く宛なんてあるわけがない。

「じゃあ君、おひさま園に入れてくれないか」

「…え?」






そんなわけで私は今自分の部屋にいた。

誰かに会うと面倒なので(まさか未来の私だとは気付かないと思うが)、裏口からこっそり入った。
勝手知ったる自分の部屋、私はここぞとばかりにベッドを陣取り寝転がる。
幼い私は何も言わず、ベッドサイドのイスにちょこんと座った。

「あの…お兄さんのことちょっと聞いてもいいか?」

遠慮がちにこちらの様子を見てくる姿に、私はくすぐったい気持ちになった。
お兄さん、なんて言われるとは思わなかった。

「…涼野風介。おひさま園育ちで好きな食べ物はアイス。暑いのは嫌いだ」

そう一気に告げると、その子は目を丸くした。

「えっ…私も一緒だ、全てにおいて」

心底驚いたような顔をしているが、そりゃそうだろう。

「だって私は数年後の君だからな」

ベッドに寝転がったまま、だけど真面目な顔して言ってやると、幼い私は一瞬キョトンとした顔をした。
そしてすぐに眉をしかめる。

「何言ってるんだ」

からかわれたとでも思ったのか、まるで信じていない様子だ。

しかし、大抵のヤツならこんなこと言われても信じないだろう。

「…私は、頭がおかしくなってしまったのかもしれないな」

蛍光灯の明かりが少しだけ眩しく感じて、私は手を顔の上にかざす。

「小さい時からずっと付き合ってたヤツにふられたんだ」

独り言みたいに淡々と言う。
こんなことを昔の自分に言っても何の意味もないが、そう言うだけでも少し気が楽になるんじゃないかと思った。

「………」

幼い私がこちらを黙って見る。
私は手の甲で顔を覆った。
すると隣で動く気配がして、ふわりと頭を触るような感触がした。

「…凉野、大丈夫か」

幼い自分が心配そうに私の頭を撫でる。
まさか、自分に凉野と呼ばれるとは思わなかった。

――それにしても、頭を撫でる手が思いの外心地良い。


優しい手だ――、
















「…凉野、凉野起きろ」
ぱちりと目を開けると、目の前には小さい私がいた。
どうやらまた眠ってしまっていたらしい。

「私は今日おひさま園の掃除当番だから、ちょっと掃除して来る」

「…ああ」

眠い目を擦りながらそう返すと、やたらと幼い自分が嬉しそうなのに気付いた。
(表情はいつも通りだが、自分だから雰囲気でなんとなく分かる)

「何だか嬉しそうだな」

そう言うと、幼い私は斜め下に目線をやって、ぽつりと言う。

「…掃除当番、晴矢も一緒だから…、」

表情が乏しいなりにも嬉しそうな顔をする自分に、私は何とも言えない気持ちになった。

「…私も一緒に行っていいか」

思わずそう言うと、幼い私はえっ、という顔をした。

「遠くから見るだけだ」

半ば無理やり、私は小さい自分の背中を押して部屋を出た。







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