ヒロトはそんなに必死で勉強しているわけではないのに、何故か昔からテストが良く出来た。
しかも教科によって大きな偏りがあるわけでもなく、(どちらかというと理数系の点数の方が良いみたいだけど)、どの教科でも結構な高得点を取っていた。

一度ヒロトに何でそんな点数が取れるのか聞いてみたら、何でもないことみたいに言ってのけた。

「教科書を読んでおけば大抵の問題は解けるじゃないか」

「………、へー」

オレは呆気にとられて何も言えなかった。
そんなのがオレに出来たら苦労しないって。

オレは国語は得意な方だけど、理数系の点数は芳しくない。
必死で勉強してやっと平均点に届くくらいだ。
だからヒロトみたいなヤツが本気で羨ましい。



夏休みも間近というこの時期、もうすぐ期末テストがある。

このテストの結果によっては夏休みに毎日補習を受けなければならないので、オレは今とても焦っていた。
そうなったらサッカーも出来ないし、遊べないし、…何よりヒロトと出掛けることだって出来なくなる。
そんなのは絶対嫌だ。

だからいつもより頑張って勉強しなくちゃ!

そう意気込んで、オレは一人で部屋に籠って勉強することにした。

――しかし意気込んだは良いものの、教科書に並ぶ数式をずっと見ていると、段々頭が痛くなってくる。

この単元、一番苦手なんだよなぁ。
一人で勉強するにも、数学は暗記科目じゃないから限界があるし…。

そう思った矢先、耳元で声がした。

「そこ、代入間違ってるよ」

「ひぇっ」

急に耳元で囁かれたので、びっくりして思わず変な声が出た。

左耳を押さえながら勢いよく振り返ると、ヒロトがニコニコしながらこちらを見ていた。

「ヒ、ヒロト…!いつの間に入って来たんだよ」

「たった今だよ。ちゃんとノックしたのに返事がないから」

「え、全然気付かなかった」

でもそれだけ集中していたのかもしれない。

「もうすぐ夕飯の時間なのに、緑川が珍しく来ないから呼びに来たんだ」

珍しくって何だよ、まるで普段は食い意地張ってるみたいじゃん…と言おうとしてやめた。
言われて見ればお腹はペコペコで、今にもお腹が鳴りそうだ。

テスト勉強はまた夕飯を食べてからにしよう。
そう思ってノートを閉じると、それをじっと見ていたヒロトが口を開いた。

「ねえ緑川、よかったら夕飯が終わったら一緒に勉強しようよ」

数学の分からないところ教えてあげるし、と笑いかけるヒロトがまるで神様に見えた。

「やるやるっ!」

数学に行き詰まっていたオレは二つ返事で頷いた。






夕飯を食べ終え、筆記用具やら教科書やらを持ってヒロトの部屋に向かう。

ドアをノックすると、すぐにヒロトが出てきて部屋に入れてくれた。
何度となく入っているけど、ヒロトの部屋はいつもきちんと整頓されていて綺麗だ。

いつもは部屋に来るとベッドに座るけど、今日はローテーブルで勉強するので床のカーペットの上に座った。

「じゃあ始めようか」

向かいに座ったヒロトが教科書を開く。
オレも気合いを入れてノートを開いた。





ノートが数式で真っ黒に埋め尽くされた頃、ヒロトがぽつりと言った。

「緑川、絶対に補習は回避してね」

その言葉に顔を上げると、ヒロトは思いの外真剣な顔をしていた。

「え、うん、そのつもりだけど」

その表情に何だかどうしたらいいのか分からず、返事も戸惑ってしまう。

するとヒロトはすぐにいつもみたいに笑って、下から除き込むようにしてオレと目を合わせる。

「それはよかった。夏休みに緑川とデート出来ないのは困るしね」

オレも頑張らなきゃ、と再びシャーペンを握るヒロト。

…ヒロトも、オレと同じこと考えてたのか。

それはすごく嬉しいけど、何だかすごく恥ずかしい。
オレも思ってたことだけど、何でヒロトはそれを平気で言えちゃうんだ。

そう思って、オレは思わず口に出してしまった。

「…そう思ってるの、ヒロトだけじゃないんだからな」

俯いてる上に小さな声だったけど、ヒロトのことだからちゃんと聞こえたのだろう。
その証拠にヒロトが嬉しそうに笑ったから。



再び勉強を再開すると、ヒロトは思い出したように言った。

「ねえ、緑川のシャーペン貸して」

「…いいけど、何で?」

オレの使っているどこにでもあるようなシルバーのシャーペンを渡すと、ヒロトは替わりに自分が使っていた黒いシャーペンを渡してきた。

「テスト期間中だけ交換させて。緑川のシャーペン使ったら頑張れそうな気がするんだ」

いいかな、と聞くヒロトに、オレは胸がこそばゆくなってしまった。

そんなのこっちのセリフだ。
ヒロトが使ってるシャーペンなんて、すごく御利益がありそうじゃないか。

「…ヒロト、オレテスト頑張るから。夏休みは絶対たくさん遊ぼう」

「もちろん」


好きって気持ちだけで、こんなにやる気が出るなんて思わなかった。
ヒロトもそう思ってくれてるのだろうか。

オレは内緒で、そっとヒロトのシャーペンに口付けた。








好き、それはまるで呪文







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