一週間の中で一番好きな曜日は?と聞かれたら、オレは金曜日だと答える。
もちろん週末で次の日学校が休みだからと言うのもあるが、一番の理由は風丸がオレの家に泊まりに来てくれるからだ。
「おじゃまします」
幼い時からもう何度も家に出入りしているのに、風丸は毎回律儀に親に挨拶をする。
「あら、いらっしゃい」
そんな風丸を母ちゃんも気に入っていて、風丸が遊びに来るといつも長々とおしゃべりを始めたりする。
大抵はどうでもいい話なのだが、風丸はいつもそれに真面目に対応するので、ますます母ちゃんに気に入られていた。
今日も30分ほど捕まってしまい、そろそろ夕飯の準備をしなくちゃね、と言う言葉でようやく長話から解放された。
二人でオレの部屋に向かうべく階段を上る。
「風丸が泊まりに来るとさ、夕飯のおかずが一品増えるんだよな」
しかも全体的に豪華になるし、と言えば、風丸は笑って言った。
「それは役得だな。オレもおばさんの料理好きだし」
「そうか?風丸の母ちゃんの料理に比べたら全然普通じゃないか。前に風丸の家で食べた灰色の寒天みたいなやつ、美味かったぞ」
「灰色の寒天みたいなやつって…ごま豆腐のことか?」
「あぁ、たぶんそれ」
そんなどうでもいい話をしながら、夕飯までの時間をゲームをするべくソフトをセットする。
一度ゲームを始めるとお互い夢中になってしまうタチなので、夕飯までなんてあっという間だった。
いつもより少しだけ豪華な夕食を食べ終え、二人で部屋に戻る。
風呂に入る順番はいつもなんとなく風丸が先だと決まっていた。
オレとしては湯上がりの風丸をずっと見ているのは目に毒なので、この順番は助かっているかもしれない。
風呂から上がって部屋に戻ると、テーブルの上に綺麗に剥かれたリンゴの皿が置いてあった。
「どうしたんだ?これ」
「さっきおばさんが持ってきてくれたんだ」
普段はそんなことしないくせに、母ちゃんは風丸をよっぽど気に入っているらしい。
せっかくなのでありがたく食べることにする。
つまようじに一気に二切れ刺して口に入れようとすると、風丸が分厚い本のようなものを出してきた。
「あと、これもおばさんが持ってきたんだ」
見ると、古びたアルバムみたいだった。
「…?なんだそれ」
「アルバム。掃除してたら出てきたらしいぞ」
一緒に見ようぜ、と風丸はベッドのオレの隣に腰掛ける。
その瞬間に、自分と同じシャンプーの匂いがしてドキッとした。
そんなことはおかまいなしにアルバムをめくる風丸は、やたらと楽しそうだ。
「ほんと円堂って子供の頃から顔変わってないよな」
いつもサッカーボール持って写ってるし、と風丸はからかうように言う。
「そんなことないって。風丸だってそんなに変わらないぞ」
「そうか?」
気付いていないのか、それとも気付いているけど言わないだけなのか。
それはオレには分からないけど、アルバムのどのページを開いても、必ず風丸と一緒に写っている写真があった。
(だからこそ母ちゃんも、風丸にこのアルバムを持ってきたんだろう)
それだけ昔から一緒にいたのかと、なんだか改めて実感した。
隣でアルバムに目線を落とす風丸をそっと盗み見る。
幼なじみであるオレたちだけど、いわゆる恋人同士となってからは、風丸の今まで知らなかった顔をたくさん見てきた。
それは例えばキスした後だったり、それこそ情事の前だったり。
その度に、風丸はびっくりするほど熱を含んだ顔をするのだ。
そんな顔もするのかと、知らない顔を見る度にオレは嬉しくなる。
自分がこんな風に思うということも、知らなかったことだけど。
「…おい、円堂?」
ずっと喋らないオレに、風丸は不思議そうに顔をあげた。
「…、なんかさ」
アルバムを手元に引き寄せて、パラパラとページをめくる。
「昔も今も風丸が隣にいるんだなって思ってさ」
上手く言えないけど、正直に今思ったことを言えば、風丸はちょっと困ったように笑った。
「…オレも今似たようなこと思ったよ」
アルバムの縁をなぞりながら、風丸はぽつりと言う。
「これはオレが円堂の隣にいられた証みたいなもんだ」
風丸がそんなことを言うものだから、こんな古びたアルバムもとても特別なものに思えた。
「…そうだな」
オレがそう返すと、風丸は照れくさくなったのかアルバムを閉じてテーブルの上に置いてしまった。
「ほら、明日も午後から練習なんだから早く寝ようぜ」
そう言われてちらりと時計を見ると、もうすぐ日付が変わろうとしている。
今も昔も、オレの好きな金曜日の夜も。
明日が今日に変わるこの瞬間も。
風丸がずっと隣にいる時間が、オレは好きなのだ。
君がいるだけで
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風丸母は凝った和食を作りそうだなって思ったんだけど
料理の知識がないために凝った和食=ごま豆腐になってしまいました
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