たまたま付いていたテレビを何となく眺めていたら、催眠術特集なんてものがやっていた。
この手の番組ってたまに見ると面白いんだよね、なんて見続けていたら、MCのアイドルがとびきりの笑顔で言った。

『次はテレビの前のあなたにもできちゃう催眠術を紹介しちゃいます!』

テレビ画面にはスーツを来た怪しげなおじさんが映り、ぼそぼそとその催眠術のやり方を喋っている。
何やら、五円玉と紐があれば簡単にできる、後は催眠術を行う人の素質、掛けられる人の体質が重要なのだそうだ。

…本当かなあ。
いくら何でも胡散臭すぎる。
大体五円玉で催眠術を掛けるなんて古典的すぎるし。
とは思うものの、見始めるとこれが結構面白い。

画面の向こうでスーツの男が五円玉を揺らせば、イスに座っていた女性はたちまち眠りこんでしまった。

『このように眠らせることはもちろん、何かを思い込ませたり喋らせたりすることも可能です』

こうなるといよいよヤラセっぽくなってきたな…。
そう思いつつ、テーブルに広げてあるお菓子を食べようと摘まみあげると、後ろでドアが開く音がした。


「あれ、緑川しかいない」

振り返ると、コンビニのビニール袋を提げたヒロトが立っていた。

「さっきまで晴矢と風介もいたけど、ケンカしながらどっかにいっちゃった」

お菓子を食べながら答える。
あの二人にはよくあることだ。

ヒロトはちょっと困ったように笑うと、袋からカラフルなパッケージの箱を出した。

「姉さんに買い物頼まれてさ、お釣りはくれるって言うからお菓子を買ったんだ。みんなで一緒に食べようと思ったんだけど、緑川は今お腹いっぱいかな」

ヒロトはテーブルに広げてあるお菓子を見て言う。
ヒロトの出したお菓子はといえば、コンビニでしか売ってない期間限定のチョコレートだった。

「えっ、そっち食べたい!」

オレは慌てて広げてあったお菓子を仕舞う。
それを見たヒロトは可笑しそうに笑った。

「よかった、緑川が好きそうだなと思って買ったから」

ああ、ヒロトは普通にこういうことを言うから困る。
オレは自分の顔が熱くなるのを感じた。


パッケージのセロハンを剥がすヒロトの指を見つめていると、ふとテーブルの上に無造作に置かれた小銭が目に入った。

「お菓子買ってもまだお釣り余ったんだ」

「うん。でも百円も残ってないけどね」

確かに小銭は十円玉や一円玉ばかりだった。
その中に五円玉もあるのが見えて、オレはふいにさっき見たテレビを思い出した。

――あなたにもできる催眠術。

まさか本当にできるとは思わないけど、面白そうだしちょっとヒロトにやってみよう。

オレはその辺にあった紐で五円玉をくくって、ヒロトの目の前に突き付けた。
ヒロトはポカンとした顔でオレを見る。

「どうしたの、緑川」

「いいから、ちょっと五円玉見て」

ゆっくりと五円玉を揺らす。
ヒロトの綺麗な緑の目は、五円玉の動きを追った。

「あなたは段々眠くなる…」

催眠術のお決まり文句と言ってもいい台詞を言う。
まあ、こんなので本当に眠くなるわけがないと思うけどね。

そう思ったのに、ヒロトはかくんと力が抜けたように目を閉じた。

「……え、ヒロト?」

五円玉を揺らすのを止め、ヒロトの体を揺する。
それでもヒロトは目を開けなかった。
まさか本当に寝てしまったのか。
いやそんな、本当に催眠術に掛かるなんてことがあるのだろうか?
でもテレビで催眠術は体質が大事だって言っていたし、もしかしてヒロトは催眠術に掛かりやすい体質だったのかも…。

「…ヒロト?本当に寝ちゃってる?」

ぺしぺしと軽く頬を叩いてもヒロトは目を開けない。
でも端正なヒロトの顔は、目を閉じていてもカッコいい。
しばらくじっと顔を見ていて、はっと我に返る。

オレ、今ヒロトに見とれてた…!

無性に恥ずかしくなって、顔を背けようとしたその時、がしりと腕を掴まれた。

「そんなに見つめられたら、さすがに恥ずかしいな」

…え、まさか。

「ヒロトッ、騙したなっ!?」

寝たふりするなんて!

そう抗議すれば、ヒロトはちっとも悪びれない様子で言った。

「ごめんごめん。一生懸命な緑川があまりにもかわいかったからさ、掛かったふりした方がいいかなと思って」

そしてヒロトは、掴んだ腕はそのままに額に軽く口付けた。

「でもね、オレ本当に催眠術に掛かったかも」

そう微笑むヒロト。
何だ、何が言いたいんだ。

「緑川が可愛く見える催眠に掛かったみたい」

でもこれは解けないんだけどね、なんて言う。
相変わらず恥ずかしいことをさらっと言うヤツだ。

でも、そんなヒロトがカッコよく見えてしまうオレも、催眠に掛かっているのかもしれなかった。






恋は解けない魔法のように







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