さっきからもう何度も時計を見ている気がする。

待ち合わせと決めたファミレスには、昼前だからか人はまばらにしかいなかった。
ちらりともう一度時計を見上げる。
針はもうすぐ9時30分を示そうとしていた。

(円堂、さすがに遅すぎないか……)

待ち合わせ時刻の9時はとっくに過ぎている。

円堂が待ち合わせの時間に5分や10分遅れて来るのはそう珍しいことではない。
しかも遅れるなら電話かメールでも寄越せばいいものの、いつも連絡してこないからタチが悪い。
こっちから電話しても出ないし。
(円堂曰く、目的地まで急いでいると気付かないと言っていた)

それが分かっているから、オレは多少時間を過ぎても連絡せずに待つことにしている。

しかし何だかんだ言って、オレは円堂のことを待つ時間が嫌いじゃない。
家が近いのにわざわざ別の場所で待ち合わせするのは、待つ楽しさみたいなものがあるからかもしれない。

それに何より、待ち合わせに遅れて来た円堂が、オレのところまで走って来るのを見るのが好きだった。
オレとの待ち合わせのために、円堂が必死に走っているのが遠目から見えると、いつもなんだか嬉しくなってしまうのだ。


…それにしても、運動部のキャプテンをやっているくせに、遅刻が多いってどうなんだ。
それじゃ後輩に示しがつかないじゃないか。
なんて説教じみたことを思ったところで、ふと気付いた。

そういえば、この前サッカー部のみんなで集まった時は、円堂は15分前くらいに集合場所にいたような。

……いや、よく考えたらこの前だけじゃない。
学校だってそうそう遅刻しないし、練習の時だって滅多に遅れることはない。
(サッカーがやりたいからかもしれないけど)

思えば、染岡や半田を交えて遊ぶときなんかも、円堂が遅刻したことはないかもしれない。

(遅刻してるのって、オレと二人で待ち合わせてる時だけ…?)

一度浮かんだその疑惑に、いや、でもそんなことってあるか?と思う。
オレとの待ち合わせの時だけ遅れるなんて、まるでオレなら遅れてもかまわないと思ってるみたいじゃないか。

悶々とそんなことを考えていると、店内をバタバタと走る足音が聞こえた。

「風丸!!ごめん!!」

自分の目の前で息を切らせて謝るのは、今まさにオレの頭の中を占めていた円堂だった。

「…円堂、遅すぎるぞ。それに店内を走ったら他のお客さんに迷惑だろ」

と言いつつ、頼んでおいたドリンクバーのグラスを渡してしまうあたり、オレは円堂に甘いのだろう。

「うっ、ごめん…。今日は本当に寝坊しちゃってさ」

グラスを受け取った円堂は、勢いよくウーロン茶を飲み干す。
しかし、今の発言に引っ掛かることがひとつ。

「…円堂、『今日は本当に寝坊した』ってどういうことだ?」

そう言うと、円堂は一瞬ぎくりとした顔をした。

「えぇ…オレそんなこと言ったっけ?」

目を反らして、焦ったようにストローでグラスに残った氷をかき混ぜる。
怪しい。
これは明らかに何か隠している。

「円堂、お前何か隠してないか」

ちょっと強い口調で言えば、円堂は誤魔化すように笑った。

「別に何も隠してなんかないって」

……これはなかなか手強い。
あくまでも言わないつもりか。

「円堂、これで遅刻何回目だ?」

今度はちょっと責めるように言う。
うっ、と円堂が唸った。
さすがに罪悪感はあるらしい。

しばしの沈黙の後、円堂が小さく呟いた。

「…ごめん、風丸。今までの遅刻、全部わざとなんだ」

へえ、わざとなのか。
………。
―――、は?

「わざとっ!?」

「だからごめんってっ!!」

思わず身を乗り出してしまったオレに円堂は再び手を合わせて謝罪のポーズをとる。
わざとって何だそれ、まったく意味が分からない。

「何でわざと遅刻するんだよ」

どう考えても嫌がらせとしか思えないんだが。
円堂はちらりとこちらを伺って、ちょっと恥ずかしそうに目線を外して話し始めた。

「…風丸、怒ると思うんだけどさ。オレ、風丸がオレのこと待ってるの見るのが好きで…。時計チラチラ見ながら、しょうがないな、みたいにちょっと笑ったりしてるのが……見たくて、」

だからさ、つい待ち合わせ時間より遅れてっちゃうんだよ、といつもよりしおらしく円堂は言った。

…何だよ、その理由。
恥ずかしすぎるだろ…!

ということは、円堂が自分との待ち合わせにだけ遅れてくるのは、そんな理由があったからなのか。

「なあ円堂、もうわざと遅刻するのはやめろよ」

「うっ、ごめん…」

しゅんとする円堂を見て、何だかちょっと笑えてしまった。

「でもな円堂、オレも円堂を待つ時間は好きなんだ」

円堂を待ってる間は円堂のことばかり考えているし。
それに、オレは円堂がオレのために走って来るのを見るのが好きなのだから、お互い様だ。
だから、それが見られなくなるのはちょっと惜しいかもしれない。

結局のところ、好きなヤツに費やす時間は惜しくないのだ。






嘘はとっても青くって


title:うきわ




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