01

オリ含みますのでご注意



ダンテに暗号付きの依頼が舞い込んだのは一週間前。依頼元は都市部の方では名の知れた財閥家の主だった。依頼の内容はというと、

「屋敷に住み込みで働いている人間が相次いで謎の死を遂げている。やり口の殆どが人間では不可能なものばかりだ。人間ではない何かの仕業である可能性があるとして、調査して欲しい」

というものだった。ダンテは「依頼を了承するか否かは、詳しい話を聞いた後で」と受話器を切った。


その翌日、初老の男性が事務所の戸を叩いてきた。男性は財閥家の屋敷の執事らしく、社長代理として此処まで来たらしい。男性は膨大な報酬が詰められたアタッシュケースを提げ、深く頭を下げた。

執事曰く、屋敷内部で悲惨な死を遂げたのは二人。使用人の内一人は女性、真夜中に屋敷の裏にあるゴミ集積所で倒れていた。全身の血を抜かれており、身嗜みは乱れていない上に、外傷さえも一つもなかったらしい。もう片方の使用人の男性は、溜池の中心で溺死体として見つかった。不気味な事に、男性の両足は水面からまっすぐ伸びていたらしい。つまり、逆様の状態で全く沈まずに浮いていたという事だ。

執事は悪魔の仕業に違いないと信じており、これ以上犠牲者を出してしまったらと、途方にくれている様子だった。確かに、これらを人間の仕業として処理するのは非常に困難である。依頼を受ける価値はあると判断したダンテは、とりあえず了承する意を伝えた。



そして現在に至り、ダンテは今都市部に訪れていた。

社長がわざわざ高級車を事務所まで手配し、彼女を乗せた車は60階以上ある高層ビルに到着した。降りる際に付きの者がダンテの手を取ろうとするが、彼女はそれをやんわりと断る。入口付近にあったエレベーターに乗り込んだダンテは、社長が待っている最上階まで進んだ。



扉が開かれ、大理石の広い床が視界いっぱいに広がった。

「おお。お待ちしておりました、ミス・ダンテ」

社長は椅子から立ち上がり、早速ソファへ座るよう促す。



「ミスター・シャンドラー。お話はお聞きしました」

ダンテは赤いコートを抑え優雅に座し、言った。

「そうですか…。貴女ご自身としては、この事件をどうお思いに?」
「明白ではありませんが、悪魔の仕業である可能性は大いに有り得るかと」

社長は顔を曇らせ、「やはりか」と呟く。

「"金銭の取引"というビジネスを行っている以上、敵を作るのは詮無い事。きっと何者かが逆恨みで悪魔を送り込んだのかも知れませんな」

低級程度ならば悪魔を召喚するハウツー本など、裏路地の書店に行けばいくらでも取り扱っている。悪魔の存在を認知している人間も少なからずいる事は、ダンテもよくよく知っていた。魔界と人間界の壁は今も尚脆いままなのだから。

「邸宅は都市の外れ…森林の豊かな場所にあります。車はまた手配しましょう。……悪魔が払われるまでは住み込みという形になりますが、お頼みできるでしょうか?」
「構いませんよ。屋敷の方々は?」
「使用人は出払っていますが、息子達がどうしても屋敷から出たくないと……」
「――そうですか」

悪魔退治となれば人間の存在は邪魔になる為、屋敷から出すのが得策ともいえる。だがダンテにそのつもりはなく、何も口答える事は無かった。

今の彼女の表情は、余裕に等しい。

「良いでしょう。早期に終わらせるよう、尽力はします」
「ありがとうございます…。貴女には、本当に感謝しております」

ダンテの言葉に、社長は胸を撫で下ろした。



 * * *



"悪魔のいるかも知れない"という例の屋敷に到着した頃には、既に空は暗くなっていた。

ミスター・シャンドラーの息子達は、四兄弟だった。しかも腹違いのだ。彼らは父親が所有する四人の愛人からそれぞれ生まれた子供だった。

長男ランスは有名大学卒業後起業し、現在若社長として活躍している優秀な男だ。次男のジャックは複数のキャバレーやカジノを経営するやり手で、三男のテオは高校で勉学に励む優等生、四男のフィーロは3人と年がかなり離れていてまだ小さい。

四人はこの屋敷に深い思い入れがあったらしい。特別な用事がある時以外自室から出ない、というダンテの条件を彼らは快諾し屋敷に留まった。

屋敷自体が広大な為、ダンテは「これでは部屋をじっくり調査するのに時間がかかりそうだ」と心の中で思った。だが今更退くつもりも無かった。何故なら、屋敷に入る前から"悪魔の気配"を察知していたからだ。


「女じゃんか。もっと厳つい野郎が来るのかと思ってたぜ」

次男・ジャックは珍しいものを見るかの様な目つきでダンテを凝視する。その隣で長男・ランスが彼を諌める。



「危害は及ばないよう配慮はする。だから、私の言った事は絶対に守って貰う」

ダンテの言葉にランスは頷いた。

「分かりました。部屋は自由に使って頂いて構いませんから…」
「ああ。邪魔させてもらう」


ダンテが背を向けようとしたその時、ジャックが彼女の腕を掴む。

「なあ別嬪さん。今晩、俺の部屋に来ないか?」
「おい、ジャック」

彼女の端正な姿に遊び人の血が騒いだのだろう、ジャックは熱を帯びた視線を投げかける。だがダンテは容易くジャックの手を振り解き、扉を開け去って行った。

「ヒューウ、良い女だなぁ」
「バカ。ふざけている場合か!」
「そう怒るなって、兄貴」



この時、誰も知らなかった。まさか3人目の犠牲者が出よう事など。





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