「ふみゃあ……」
昨日の事は夢かと思ったが、頭には猫の耳としっぽが生えたアイチがまだ眠そうに目を擦りながら起きてきた。
実をいえば昨日の夜、アイチは俺のベッドで寝て、俺はソファーで寝ようとしたのだが一緒に寝たいと利かなかったから仕方なく一緒に寝た。おかげで何故か俺は睡眠不足だったりする。
「おはよう、櫂くん…」
またでかい欠伸をしながらふわりと笑った。
「……ああ、おはよう」
誰かに自分の家で朝、おはようなんて言ったのはいつ頃だったろうか。
「……?」
「どうしたアイチ」
ふと、アイチは首を傾げた。
「櫂くん何処かに行くの?」
「ああ、学校だ」
「……がっこ…?」
途端に俯いてしまった。耳が垂れ下がっり、寂しそうな顔をしている。
「大丈夫だ、夕方前には帰ってくる」
「夕方…?」
「日が沈む頃だ」
わしゃわしゃと頭を撫でる。
まさか誰かの頭を撫でる日が来るなんて。自分でも全く思っていなかった。しかしアイチは気持ち良さそうにごろごろしている。猫っぽいな(猫なんだろうが)。
「…なるべく早くは帰ってくる。だから絶対家にいろよ。此処から出るな、わかったな?」
「わ、わかった!」
今度は耳をピン!と立てたると、しっぽをふらふらと揺らしている。本当にわかったのか心配だ…。
「あと、暇だったらテレビを付けろ。インターホンが鳴っても絶対に出るな。朝飯と昼飯はテーブルに置いてある、あとは……」
「みゃあ!櫂くん遅刻しちゃう!わかったから…」
「……」
アイチに止められて、我ながら過保護なことに気付いた。しかしどうも心配だ。それに大きな蒼い瞳も揺れている。
「アイチ、これをやる」
「?」
鞄の中からカードを取り出した。俺が差し出すと不思議そうな顔をしながら歩み寄ってくる。
「カード……?」
「ああ。やる、持ってろ」
「で、でも…!」
「いいから持ってろ」
「…うん!ありがとう」
アイチにあげたのはブラスター・ブレードのカード。ロイヤルパラディンデッキだ。だから俺には必要ない。
それに――……。
「…じゃあ行って来る」
「いってらっにゃい櫂くん」
ゴン。
「にゃっ!?大丈夫櫂くん!?」
「あ、ああ…」
思い切り玄関のドアに頭をぶつけた。そして振り返ればにぱにぱと笑っていたアイチがいた。
猫耳、尻尾、舌足らず……。
いや、違う。待て待て。こいつは猫、そうつまりはペットだ。ペット、ペット………。
―――ばたん
「………櫂くん……」
****
「よぉ櫂!朝から何読んでんだよ?エロ本か?ぎゃっ!」
「……黙れ」
朝から元気な三和に櫂は思い切り目潰しをしてみた。練習台にはちょうどいいからな。
「ちょ…ちょっとした朝の挨拶だろー!」
「……」
「はいはい、悪かった悪かったって。で?結局のトコロ何読んでんだ?」
三和はひょい、と櫂の読んでる本を取り上げて読み始めた。
「『猫の飼い方〜これでアナタも猫マスター!〜』……え!?」
「なんだ騒々しい」
「何何?櫂、猫飼ってんの!?マジで!」
「……一応な」
まぁ一応猫といえば猫だろうな。耳としっぽ生えてるしな。
「っははは!!やべー櫂がそんなモン読む日が来るなんてなぁ!あー腹いてぇ〜」
一人げらげら笑う。お陰でクラス内での注目の的にされている。迷惑極まりないんだが。
「わ、嘘!嘘だって睨むなよ怖いなー……」
「だったら少しは黙ってろ」
「へ〜い」
生き物なんか飼ったことが無いからよくわからん。躾方だとかエサとか……。
いや、アイチに躾はいらないな。エサ…いや普通に人間が食べる物も食べているな。じゃあ猫じゃなくて人間か?……まぁいいか。
「なーいつ飼ったんだよ」
「昨日」
「昨日!?それって拾ったのかまさか」
「ああ」
「うぉおお……櫂がねー」
「どうゆう意味だ」
「いや、別にナニもー」
無愛想なあの櫂がペットをねぇ…?しかも拾ったって。一体どんな猫なんだ?
と、三和には少しの好奇心が湧き上がった。
「その猫、俺に見せてくれ」
「嫌だ」
「わーお、即答ですか……ちぇっ」
「なんで俺がお前に見せなければいけないんだ」
「えー…だって、気になるじゃん」
「知るか」
「冷てー!」
やべ、先生来た、とかなんか言って三和は自分の席に戻って行った。
別に三和に見せたくないとかって言う訳ではないがいきなり知らない奴が家に来たらアイチのことだ驚くだろう。事前に言っておいた方がいいだろうし。
****
「何だ櫂ー、ペットのエサ選びか?」
「……」
「でも普通ペットショップ行くんじゃねぇの?」
学校が終わり何かアイチに買って行こうと商店街を歩いていた。そしたら何故か三和がついて来ているではないか。
「…なんでいる」
「なんで、ってカードキャピタルに行かずにヴァンガードよりも優先するなんて珍しすぎるからついてきた☆」
「………」
…まぁいい。今更こいつに何を言っても無駄なようだ。俺だって無駄なやつに無駄な体力など使いたくはない。
「んで?猫にあげるエサ買いに来たんじゃないのかよ」
「来ているが」
「いやいや、だから、ペットショップじゃないのかって」
「いや、きっとあいつは缶詰のやつは食べない」
「は?どんな猫だよ。てか何処に行くんだよ」
「夕飯の買い物だ」
「あれ猫はいいのか?」
というか俺を勝手なイメージを押し付けるな。いつもファイトをしているファイト馬鹿に見えるのか。
「そういや、お前って意外と器用だよな」
「これ持て、」
「うげ。まさかの荷物持ち扱いかよ…」
あまりに煩かったから三和にカゴを持たせた。早く帰らないと日が沈んでしまう。すたすたと歩き、今日の晩飯は決まっているので目当てのモノだけを取っていく。
「お早いことで……」
何か……アイチに買っていこうか。
「んで、猫ちゃんのエサはいいのかよ?缶詰食わない猫ちゃんだっけ?…あ、だったらアレでもあげれば?」
「あれとは何だ」
「ほら、あれあれ」
途端に、三和が指を指しながら走っていった。どこに行くつもりだ?などと思っていれば、何かを持って戻ってきた。
「猫ちゃんにはこれだ!魚型の鯛焼き!!あ、鯛型の鯛焼き?わかんねーけど」
魚……。確かに見た目からして甘いモノ好きそうだしな。
「お、買うか!じゃあ俺にも買っ」
「断る」
「即答………」
そんな三和は無視して会計をする。
何度か、カゴの中に菓子類を入れようと試みる馬鹿(三和)がいたが。
「じゃーなー。今度見せろよ猫ちゃんー」
「いつかな」
スーパーで食材を買い、急いで帰る。日が落ちてきてしまった。早く帰らねばならない。
*****
がちゃ。
「アイチ、」
名前を呼び部屋に入る。俺の予想とは裏腹にアイチは玄関にはいなかった。どうやらテレビを見ていたようでリビングから声が聞こえる。
「おい、アイ……」
もう一度名前を呼ぼうと、ソファーから垂れ下がるしっぽを見てソファーに近付いた。
そこにはアイチが、
「……寝てる」
手には俺が朝あげたブラスター・ブレードを持ってすやすやねている。時計を見ればもう7時だった。冬場は日が沈むのが早い為、俺が帰ってきた時にはもうアイチと約束した時間はとっくに過ぎていたのだ。
「櫂く……ん」
一体どんな夢を見ているのかしっぽがパタパタ動き出す。
「…か……いくん…早く帰って…きて…」
「ッ――…!」
俺が夕方まてには帰ってくると嘘をついてしまったから…。
「アイチ…すまない、」
起こしてはいけないとゆっくりとアイチの身体を抱き上げた。とても軽い………。
風呂の時、背中までもアイチは傷だらけだった。それにとても冷たかった。俺はこの小さな身体を、アイチを守れるのだろうか――…。
まだ逢ったばかりなのにアイチといると不思議と落ち着く。アイチが待ってくれていると、自惚れてしまう自分がいる。
「ん、にゃ……」
「悪い起こしたか…?」
風邪を引かないようベッドに運んだが途中で起きてしまった。ぽやりとアイチは眠たそうにまぶたを開けた。
「大…丈夫、…櫂くん」
「どうした?」
ふりゃり、とアイチは櫂の目を見て微笑んだ。
「お帰りなさい」
それは見失っていた世界に光が差し込んできたような温もりを見付けた。