お父さんは隣で寝てたカムイくんを乱暴に起こすと、また喧嘩が始っちゃったけどそれはお母さんが止めてくれたから、あんまり周りの注目を浴びずに済んで良かったぁ。帰りにはお土産も買うから、マイちゃんに買って行かなきゃ。


「最初はどこから見る?」
「うんと…」
「11時からイルカのショーがあるらしい。人気だから混むらしくてな、近道だけは調べておいた」
「や、やっぱりトシキくんはすごい!」
「かーさん、いっつもそれですよね」


きらきらとお母さんは、いつもこうゆう所で変に計画を練るお父さんに対して尊敬のような眼差しと熱のこもった視線を向けて言う。カムイくんも、ちょっぴり呆れながら「よくやった」と、何故かお父さんを褒めていた。そしたら、筒状に丸めたパンフレットでカムイくんの頭をぽこって叩くの。
だから結局、わたしがしっかりしなきゃダメみたい!


「そういえば此処の水族館にはシロクマはいないらしい」
「えっ、そうなの?残念…ごめんね、エミ」
「? どうしてお母さんが謝るの?」
「だって、シロクマ見たかったよね。僕が此処にしようって言ったから……」
「わたし、別にシロクマ見れなくてもいいのに。イルカのショーだけでも十分だよ?」
「…エミはいい子だね、トシキくんにそっくりだよ」
「えっ」
「ちょ、どこも似てないですよ!かーさん変なこと言わないで下さい!!」
「おい、お前ら…」
「ふぇえ、そうかなぁ?」


嫌なわけじゃないけど、なんだかお父さんに似てる、なんて言われたことが無かったから変な感じ。でも、お母さんから見ればそうなのかな?
ちょっとだけお父さんは傷ついたみたいで、なんだかおかしくて笑っちゃった。それにつられてお母さんも、カムイくんも笑うからお父さんはちょっぴり拗ねちゃって、いつの間にか立てた今日の計画プランに従って先に進んじゃった。
行きましょう!って、カムイくんはお母さんの右手を掴んで、わたしはお母さんの左手と繋いで。

わたしの目の前にある透明なガラスの向こう側には知らないお魚さんがいっぱい泳いでるの。たぶん、これはご飯には出ないから知らないのかも。
だって水族館には鮭とかあじとか、さんまとか泳いでないから、珍しいお魚さんしか泳いでないの。そしたら突然、サメがいる水槽に来ちゃってびっくりしちゃって、思わずお母さんの手をぎゅって握ったらお母さんもぎゅって握り返してきてくれた。お母さんもびっくりしたみたいで、「おっきいね」って言って微笑んでくれた。カムイくんを見れば、ムダにさっきからカメラのシャッターを切っていてお父さんに撮れたものを自慢気に話してた。そしたら、お父さんは対抗するかのように一眼レフを取り出して写真を撮り始めたからお母さんは「また始まったね」って面白そうに言うの。

どうせなら、わたしたちを撮ってくれればいいのに……。ちっとも気が利かない人たちね!


「そうだ、エミ。もしはぐれたりしたら、おっきな声で叫んでね」
「わたし、お母さんみたいにはぐれたりなんかしないから大丈夫よ」
「はぅっ。そ、そうだね…」


はぁ、とため息交じりに言えばお母さんはなんだかしょぼくれてる。
そしたらいつの間にかカムイくんとお父さんは先に行っててお母さんは後をつけるようにわたしの手を引く。待って、なんて言う暇を与えずに引っ張られてちょっと痛い。
どんっ!っていきなり向かいの人にぶつかっちゃって髪につけてたお花のヘアピンがかつん、って床に落ちちゃって慌てて拾おうと思わずお母さんの手を振り払った。


「あ、危なかった…」


このヘアピンは、昔お父さんがお母さんにあげたものらしくて、わたしはそれを譲り受けた感じの大切なものだから失くしたりしたら大変なの。


「……うそ…」


なんて一人でヘアピンに握りしめてわたしは少し呆然としちゃった。
ついさっきまでわたしの隣にはいたのに居ないの。わたしが迷うはずない、って自信満々に言ったのに。ううん、迷ったわけじゃないけど自分から手を離しちゃった。
なに…やってるんだろ……。


「あ…アイチー!ほ、ほぅら、やっぱりはぐれちゃったじゃない!アイチってば本当…、……」


言葉が、出ない。
不安を誤魔化そうとお母さんの名前を呼んでみても来てはくれない。
わたしから、手を離しちゃったんだもん。そりゃ当たり前よ。そ、そうだ、探すのよ、きっとこっち!こっちに行ったの!それで、それで、それ……で……。


「わ…わかんない…よぉ…」


消えてしまいそうな声。
こっちだと思って一人で歩いた道さえもどこなのかわからない。通り過ぎる人もわたしには気付いてないの。
さっきの場所に戻ろうとしても、わたしの記憶力なんかじゃわかんない。おかあさん、おとうさん、カムイくん、どこに行っちゃったの?


「う、うぇ…うぁああぁあん」


わかんない、わかんないよぉ、
あいたいよ、こわいよ、わがまま言わないから早く来てよ、わたしはここにいるの…!!
ぼろぼろと、まだ小学一年生なエミは大粒の涙を流して泣いた。わんわん喚くように泣いて、周りの大人は心配そうにエミに近寄る。しかし、エミはお構い無しにと泣き止まず立ち尽くしてひたすら涙を零していた。


「うぁあああぁん、おとおさん、おかぁさん、」
「君、迷子なの?落ち着いて、まずはお母さんとお父さんのお名前を……」
「っ、すいません、通して下さい、エミ!」


そんな中、人をかき分けてエミの名を呼んだのは櫂だった。息を切らして、滅多にみせない困ったような、心配そうな不安そうな曖昧な表情を浮かべて。
呼ばれて涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔をあげれば、わっとまたエミは泣き出す。甘える相手はいつも、母親のアイチだから櫂に助けなど求めることなどしたことはない。それでもエミは泣きながら櫂に抱きついた。小さな声で、何度もお父さん、と言いながら。

だからこそ、櫂も櫂でお父さんだと言われて親心がさらに膨らむ。しばらく泣き止まないエミをなだめてアイチに連絡を入れた。


****


「―――エミ、寝ちゃった」
「泣きつかれたんだろうな。カムイも寝てる様だし」
「まだ六歳だもんね、トシキくんにもこんな時があったんだね」
「おいアイチ、それは一体どうゆう意味だ。返答次第では…夜、覚悟をしてもらう」
「だ、だからなんでそうなるのぉ!」


後部座席に、エミとカムイを乗せて助手席に座るアイチは相変わらず真っ赤になりながら櫂の冗談ではない冗談のような言葉に反論する。思わず自分の声の大きさに二人は起きてしまうのでは、と焦りながら後ろをみて見たがぐっすりと眠っている。
シロクマなんていなかったはずが、シロクマのぬいぐるみを買いエミはそれを離すまい、とばかりに抱きしめている。

かわいいね、と櫂に言えばそうだな、と返ってくる。と思ったら、お前の方が可愛いがと言うものだから、アイチは仕返しと言わんばかりに櫂くんもかっこいいよ、と返す。
結婚して子供が出来ても変わらないラブラブっぷりに一度目を覚ましたカムイは寝ることにした。
そんなこんなで新築な家に着いたあとは色々と大変だった。目を真っ赤にさせたエミはあれほど水族館で櫂に対して父親という意識をさせたのにも関わらず、今となってはアイチにべったり。ご飯を作るときも、食べる時も、お風呂だってべったりで櫂はなぜだか色々と複雑だった。
カムイは、と言えば、カムイだって小学二年生なのだからエミのようにアイチにべったりと甘えてみたいものの兄という気前で恥ずかしくて出来なくて櫂にファイトを挑んでいたりしていた。

ぶぉおお、とドライヤーでエミの髪を乾かしたあとエミを部屋に連れて行く。カムイにも、お布団で寝なきゃだめだよ、と言って眠たそうにリビングのソファーで目をこするので部屋に連れて行く。
そうしてようやく子供部屋から戻ってきたアイチは、体して見るわけでも無く付けてるだけのテレビをソファーに座って眺める櫂の隣にストン、と座った。
ぽすりと櫂に持たれかかれば、ぐっと肩を掴まれて手に持った新聞を置きアイチの唇に自分の唇を押し当てる。突然のことにびっくりしながらも、慣れたようにアイチは櫂の首にするりと肩を回す。


「ふふ、どうしたの?トシキくん、なんか怒ってる?」
「…怒ってない」
「じゃあ、拗ねてるの?」
「………悪いのか」
「そんな、悪いわけないよ。…昼間、ごめんね。僕がちゃんと見てなかったから……」
「だから、それはお前の責任でもエミの責任でもないと何回言えば気が済むんだ」
「でも僕が…んんっ!!」


言葉は、遮られる。
それ以上言うな、とばかりに櫂が塞ぐ。やがて離れた唇から延びる銀色の糸は途中でぷつりと切れた。困ったようにアイチが笑えば、また櫂はむすっとする。
眉間にシワよってるよ、と櫂の眉間に指を突き立ててみれば、今度は櫂が困ったようにため息をついて情けなさそうに笑みを零す。
無論、此処まできたら櫂の欲など抑えられるはずもなくアイチの服の中に手は伸びた。だが、さすがに焦るアイチは待って、と手を掴む。


「…なんだ、」
「こ、此処で…?」
「たまには良いと思ったが」
「だってその、エミとか、カムイくんとか、お、起きてきちゃったら、その…!!」
「心配ない、まぁ、その時はその時だしな」
「し、心配だから言ってるんだよぉ!だ、ダメダメ!するならちゃんとお部屋で……」
「おかーさん、」


と、突然聞こえた愛娘、エミの声にびくーっと身体を思わず櫂とアイチは硬直させた。そして何事もなかったかのようにアイチと櫂は身体を起こしてぱっ、と離れる。
たまたまリビングにドアがあったため、エミはまだ入っておらず二人の秘め事に目撃はしてなかった。しかし様子がおかしい二人をみて少々怪しみながらも手に持ったシロクマのぬいぐるみを大切そうに持ちながら、アイチに近寄る。


「ど、どうしたのエミ?」
「あのね、わたし、きょうはおかーさんと寝たい」
「(な、なんだって!?)」
「あ、うん、いいよ、そうだね。久しぶりに一緒に寝よっか!」
「あと、おとーさんも、」


ねっ、と言わんばかりに櫂の袖を引っ張る。思わずまた、櫂の親心はふつふつと膨らみ始めた。
……だったのだが、


「おい、なんでこうなる」
「? どうかしたの?」
「カムイも一緒なのか」
「酷いよ、トシキくん!カムイくんも一緒に四人で寝た方があったかいのにー!」
「身体が温まる方法なら他にもグフッ!?」
「てめーかいとしきー、うるさいぞー!…むにゃむにゃ」
「かわいい寝言だね」
「おいどこがだ、今すぐ起きろ」


寝相の悪いカムイに腹部を蹴られ腹を抱える。
ダブルベッドよりも大きめのベッドなのだがそれでも四人はさすがにぎりぎりだ。アイチは左側にその隣にエミ、カムイ、櫂と並んで居るのだが櫂が納得できるはずもない。一方のアイチは、二人の子供を見つめて微笑ましいとばかりに笑うとゆっくりと夢の中に落ちた。

たまにはお母さんをわたしとカムイくんで独占したい年頃なのよ!とエミは夢の中で密かに叫んでいた。
カムイの夢はファイトで櫂に勝利した夢に違いない。

そして、結局寝相の悪いカムイによりベッドから落とされた櫂は安眠などできるはずもなく、朝起きて寝不足になっていた。





ワイルドスイートホーム
130305





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -