2340年.5月27日.
16時30分


「今〜日のご飯はなんだろな〜」

スクールバックを片手に学校から帰ってきた芹澤アユチは鼻歌混じりにあまり上手くない歌を歌いながら自宅のポストを開いた。夕刊やチラシなどがごちゃごちゃと入っており、それを取り出す。ふと一際目を引く、真っ赤な手紙があることに気付く。

「? なんだろう…?お母さんからかな、」

だがくるり、と裏返しても差出人の名前や住所は書いておらず、ただ"芹澤アユチ様"と書かれた手紙だった。とりあえず家に入ろうと玄関に手を掛ければドアが開いており、妹の芹澤エミリも帰って来ていた。

「エミリ〜、ただいま〜」
「アユチ!もぉ靴はちゃんと揃えてよね!あとは帰ったら手洗いうがい!制服はシワになるからちゃんとハンガーに掛けて、あとは、」
「お弁当に水を浸けておく、でしょ、大丈夫分かってるよぉ」

相変わらず、と言うか妹のしっかりさには関心を抱く。靴を揃え直し部屋に向かおうとすれば、妹からはまた一言。

「アユチ、ちょっと待って!」
「今度は何?」
「お帰りなさい、」

振り向いてにエミリ笑い掛けた。だがエミリは途端にはそっぽを向いてしまう。几帳面であり頼れる妹だ、と毎回思う。
自室に入り、紺色のジャケットを脱ぎオレンジ色のネクタイを外す。赤色のタートルネックを着て着替えると赤色の手紙を手に取った。そして恐る恐るくちを開け、中身を取り出した。紙は黒く、字も血のように真っ赤だ。

“初めまして、芹澤アユチ様。この度はご当選おめでとうございます。貴方様は選ばれし運命のお方なのです。
客船"kyrios号"に乗り楽しい南の国へご紹介致しましょう。つきまして詳しいご案内は下記をご覧下さいますようお願い致します。
また、くれぐれも中に入っているブレスレットを忘れないようご参事下さい。

――――――――――
――――――

2340.5.25.
主催:XXX”


「え…?な、にこれ…。選ばれし運命のお方……?何かのイタズラかな?」

困惑したままアユチは突っ立ていた。あまりにも唐突すぎて訳がわからない。と、ブレスレットという単語が頭を過ぎりアユチは手紙を振ってみた。そこには銀色で真ん中に青色の宝石が付いた綺麗なブレスレットが入っていた。ファッションに合わせても良さそうな感じだ。

「凝ってるなぁ…。あ、お弁当出さないとだった、」

エミリに言われたことを思い出しアユチは鞄の中から弁当を取り出す。キッチンに向かい水に浸け置きをするとリビングに向かった。エミリはソファに座りファッション雑誌を眺めている。ふと目に入ったのは赤。ごみ箱に入っていた―――アユチが貰ったと同じ手紙だ。

「エ、エミリ!この手紙!」
「わぁ!び、びっくりしたぁ、んもぉ何!手紙がどうしたの?」
「これだよ、赤い手紙!」

そう言ってごみ箱に入っていた手紙を取り出すとエミリに見せた。だがエミリは今だに、それが何か?とでも言いたそうに首を傾げていた。

「これ、エミリも貰ったの?」
「も、って事はアユチも?読んだけど酷い悪戯よね。丁寧にブレスレットまで用意して…」
「あ、僕のは青だった…」

エミリはブレスレットだけは取っておいたらしい。色は桃色だ。色が変わるだけで可愛らしい。


「怖いから捨てといたの。怪し過ぎるんだもん、」
「そうだよね、いくらなんでもこれ唐突すぎるよね。でも南の島かぁ……いいなぁ…」


ぽやん、とアユチはイメージをし始めた。南の島の単語では海やら別荘やら美味しい食べ物が連想させた。そんなアユチにため息をつく。
と、部屋の中にインターホンが鳴った。しかも連続三回。こんなことをするのは一人しかいない。アユチはパタパタとスリッパの音を出し玄関をガチャリと開けた。もう5月にも関わらずそれでも寒いという者が一人。


「…開けるのが遅い」
「ごめんね。リオンくんは寒いの苦手だもんね」
「普通は苦手だ」


むっとした表情のまま芹澤宅に上がり込んだのはアユチの親しい友人、遡榴リオンだ。金髪の髪とバイオレットの瞳、それと白い肌の美貌でよく人を引き付ける。リオンは制服姿のままで今学校から帰宅したと予想する。
アユチとリオンは同じ学校だが、今日はリオンは日直だったためアユチは先に帰ったのだ。家が近いためかよくリオンは家に来る。と言うかほぼアユチの家に泊まりに来る状態だ。なんでも帰国子女なため、マンションで一人暮らしをしており同じクラスで仲良くなったアユチを密かに気に入っているらしい。


「リオンさんこんばんは、」
「ああ」
「あっ、そうだアユチ、アリサさんが今日も夕食持ってきてくれるんだって!」
「ええ、本当!?アリサさんのご飯美味しいもんね…」


すると隣でリオンは少々呆れたようにため息をついた。エミリが黒いオーラを出しながらアユチを睨んでいたからだ。わざとなのか、な訳ないだろうが全く学習しない。

「私の作るご飯は美味しくないって言いたいの!?」
「え、あ、違う違う!!アリサさんのご飯も好きだけど、エミリのご飯も好きだよ!」
「アユチのばかぁああ!!」
「ぶっ、」


涙目にさせてファッション雑誌をアユチに投げ付けた。それと同時に玄関が開く音が聞こえ、リビングに鍋を持ったアユチの髪色よりもこい藍のミディアムの髪を流した女性……鳴瀬アリサが入って来た。
アリサは、アユチとエミリの従姉妹であり同じ高校に通う二年生だ。アユチとエミリの親が亡くなったあと、よく世話を焼きに来てくれるのだ。独身の叔父がアユチ達の面倒を見てくれているのだが、叔父はちょうど仕事で単身赴任中だ。


「お邪魔するわよ、ってアユチ鼻真っ赤。どうしたの?」
「な…なんでもないです…。アリサさんいつもありがとうございます」
「ふむ、シチューだな」
「良くわかったわね。相変わらずすごい嗅覚」
「それは褒めてるのか、けなしてるのかわからん」


台所借りるわね、とシチューの入った鍋を温め直す。リオンはテレビをつけアユチはエミリの機嫌を治す。だがふと赤い手紙を思い出し「あ」と声を漏らした。


「なんだ、」
「あ、あのね!今日変な手紙が家に来て……この赤い手紙なんだけど…!!」


そう言って、先程まで見入っていたエミリの手紙を見せた。ぽふんとリオンが座るソファに座りずいっと顔を近付けた。無意識なのかあまりにも近いアユチに思わず少し頬を染めてのけ反った。


「リオンく、」
「リオンさん、ち、近い近い近いぃいっ!」
「ぐっ!?」


そう言って二人をシチューで使うお玉でエミリは引き裂いた。アリサの手伝いをしていたようでいつの間にか、エプロンを付けている。

「エ、エミリ、」
「もう信じられない!なんでアユチはそうやって無意識で鈍感なの!?馬鹿馬鹿、馬鹿ッ!」
「ふぇええ!?」
「……相変わらずお前の妹は末恐ろしいな。まぁ、まだアレで良かった……包丁よりはマシか」
「リオン、アンタからもアユチに言ってやりなさいな」
「言ってもこいつにはわからんだろうが」
「「それはそうだけど…」」

アリサとエミリは声を揃えて言う。当の本人はキョトンと三人の顔を見合わせていた。

「…って、なんだ。お前にも届いていたのか」
「え?も、もしかしてリオンくんにも?」
「ああ。昨日な。ちょうどお前に言おうと思って持って来たのだが…」
「昨日…。僕は今日貰ったよ、ちなみにエミリも。リオンくんの家にまで、って……悪質なイタズラだね…」
「それは違うぞ」

リオンは立ち上がると昨日の新聞を取り出した。そこには大きく書かれた一面があった。それを見たアユチとエミリは素っ頓狂な声をあげる。

「その手紙にも書いていただろう、『客船"kyrios号"』と。アメリカで新しい客船が造られたらしくてな、それを記念に世界を回っているらしい。6月4日から俺らはその客船にのり、離島で旅行を、という企画だ。ってなんだお前ら知らなかったのか」
「だ、だって…」
「イタズラ…じゃなかったんですね。無駄に怪しいから」
「まぁ無理も無いわね。私も見た時は驚いたわ。一泊二日という短い休日だけらしいし、せっかくだから行きたいわ」
「アリサさんも来てたんですか手紙!?」

アリサは、ええ、と言って笑うと藍色のブレスレットを見せてくれた。
どうやら確かなようだ。本当にただの招待状だったらしい。ついでに言えば、こんな身近に自分達以外にも招待状が来ていたことに歓喜が湧いた。

「なんだお前にも来ていたのか。なんでこうも近い奴らが…」
「リオンくんも行くの?」
「まぁな。暇だしタダだしな」
「ちょ、ちょっとアユチぃ、まさか行きたいとか言わな、」
「行きたい!」

目をキラキラと輝かせてアユチはソファの上に立って言った。エミリはまたまた不機嫌になる。反論しようとしたが後ろからアリサが優しく肩を掴みにこりと笑った。

「せっかく選ばれたんだからエミリちゃんも行きましょう?息抜きにもなるわ」
「で、でも、」
「それにほら、アユチと旅行も初めてなんじゃない?」

その言葉にぴくりと耳が動いた。アユチと旅行、という言葉にぐっと力が入る。

「アユチ、四日なんだからちゃんとそれまでには準備してよ!!忘れ物したって私知らないんだからね!?」
「えっ?え?」
「ブレスレットだってちゃんと付けるのよ!正装だってしなくちゃだし、」
「エミリ…?」
「わかった!?返事は!」
「は、はいっ!!」

最後は怒涛のエミリの一声。左手は腰に、仁王立ちし右手はアユチに向けてビシリと当てられる。思わずアユチはピシッと背筋を伸ばし叫ぶように返事をした。

「相変わらず仲の良い兄妹ね。ほら、夕食にしましょう」
「どうでもいいがお前、ババ臭くなって来たな」
「失礼ね!全く赤の他人の癖にしゃあしゃあと…!!」

カタンと椅子に座ると同時にアユチは懐かしい記憶が甦った。それは初めて船に乗った大切な思い出の日の出来事。
翡翠に輝く瞳をもつ少年との幼き日の思い出はアユチにとって宝物だった。三年もの間一緒に仲良くしていたが父親の転勤で引っ越してしまった。アユチの部屋に飾ってある写真立てには、その少年とのツーショットが入っているのだ。

「客船、kyrios号……。楽しみだなぁ」

それと同時に嵐が訪れた。晩餐の日。それは宴だった。そうして起こった24時間のタイムリミットの中、逃げ回った野兎。客船kyrios号の真実。そして―――主催者。


2340年.5月27日.
22時16分


閉じていた瞳を開け、青年は口を開いた。赤い手紙の中からはブレスレットを取り出す。嘲笑うかのように笑えば隣にいた青年までニヤリと笑い出した。

「なんだなんだ?お前まさか本当に行くのかよ」
「ちょうど退屈だったしな、タダで退屈から逃れられるんだ、いいだろう」
「お前なぁ……」
「……それに…」
「それに?」

聞いてもそれ以上は返事が返って来なかった。持っていた手紙をグシャリ、と握り潰すと投げ捨てた。

「アイツも招待されたらしいからな」
「はぁ?アイツ?一体誰だよ」
「独り言だ。ほっとけ。で、お前は行くのか?」
「まぁー残りの二人しだいだがな」
「結局行くんだろ面倒臭い」
「な、なんだと!?」

スタスタと路地を歩き始めた青年の後を黄色髪の青年は追い掛ける。
記憶の中の唯一輝くのは幼き日の思い出だけだった。理由は簡単だったのかも知れない、ただ単純に素直に"逢いたい"という感情の方が強かった……それには気付いているのか否かわからないが、ただ、笑っていたのは確かだった。

―――これを悪夢と呼ばずして何と呼ぶでしょうか?
さぁさぁ、アナタも一緒に傍観をしませんか?駒の踊るロンドを眺めましょう。
さぁさぁ、こちら。おいでませ、おいでませ。全てはアナタが信じるままに―――。





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