クスクスと笑い声がする。
面白くて、楽しくて堪らないとばかりに笑う。
自我を見失い誰も信じず、ただ殺していく。そんな姿に歓喜を覚え思わず詠嘆の拍手を贈る。

ぱち、ぱち、ぱち、

と、手の平を何度もぶつけ合う。
やがて笑い声は咆哮となり、その姿は獣…否、腹を空かせ野兎の血肉を早く食べたいと唸る猟犬へと変えるのだ。
それで、良い。
殺せ、殺せ。全てを失え。

数珠つなぎにしてきた世界すら惜しまない。黄、緑、桃、白、脱落者は四名。

さてさて、この四名の中に猟犬はいたのかな?
居たらいいね、そしたら残りの六名は生きて帰れるよ。でも、その前に無線室に行かなきゃダメだね。そうしなきゃ意味がないさ。助からない、たすからない、タスカラナイ、………つまらない。
ちがう、ちがうよ。これで終わりなんて馬鹿じゃないの?この船に…箱に閉じ込められてるんだから、出れるはずがないじゃない!!
猟犬が死んだって、箱に食べられちゃうんだ!!

そうそう、この船の名前なんだったか憶えてる?よぅく、考えてみて。最初から、野兎は死ぬ運命なんだよ。
猟犬にも、箱にも殺されてしまう哀れな野兎。生き残るのはどの色?

消える、消えて、消される世界。
黄、緑、桃、白の世界は消えてしまった。ああ、此処にもいない。いないのか。

お腹が空いたよ、野兎のフルコースはまだかな?とっても美味しいお肉って僕はいった。ちゃんと憶えてる?
ほら、ほら、ほら!!!
駒共なんて所詮は紙の上で創られた脆いものさ。紙とインク。握り潰せばそれで終わり。
殺さなきゃ、殺さなきゃ!
僕の駒、ちゃんと動いて?そして野兎の血肉を味わせてよ。

全ては僕のため、
あのお方のため、
あの子のため、

戮と娯楽のために。

―――――――――
――――







2040年.6月5日
12時18分
二階東客船廊下



廊下の絨毯には赤を通り過ぎて、黒に染まっている。だらん、と拳銃を持った右手をだらしなく下ろすとぐるりと肩を回した。
どうして、誰も何も言わないの?とアユチは思っていた。ルンは殺した。十冴ミヤノをいつ、持っていたのかわからない銃で撃ち殺したのだ。ミヤノは死んだ証拠にピクリとも動かない。
ましてや……。


「エミリ…?」


先ほどまで小刻みに震えて、泣いていた妹の姿はなく、床にうつ伏せに倒れて赤色に染まっている。
カズハを庇って、死んだ。
しかし、そのカズハも死んだ。
二人を殺したミヤノも死んだ。

何が本当で、何が嘘で、どこか現実?
これは悪夢だ。夢に違いないんだ。
そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ…おかしいよ……!!!


「うっ、うぁあ…あ、あぁああぁあああアァアァア!!!!!!嘘だ、嘘だぁァアアァアア!!!!!なんでぇ、なんでぇえぇええぇえええ!!!!」
「アユチ、」


誰か嘘だと言って。
これは悪い夢、悪夢なんだって。
そして早く僕をこの悪夢から起こしてよ。どうして?どうして死んだの?なんで殺されたの?
誰が殺したの?野兎?猟犬?ねぇ、どっち?おしえてよ、教えてよ!!!


「ッ、おいルン!お前なんでミヤノを…!」
「河西、君はいつからそんなに馬鹿になったんですか?」
「何だと…!?」
「どうして、僕たちは此処にいるんですか?早く無線室に行かなくちゃいけないんでしょう?前を見てください、僕が行ったのは当たり前だと思わないですか?十冴ミヤノは、幼いこの二人を殺した。そして、自我などなかった。僕が撃たなきゃ皆、死んでたんですよ。こんな処で死ぬわけにはいきません」
「じゃ、じゃあ、その、十冴ミヤノってのは猟犬だったってこと!?」


崩れ落ちたアユチを宥めるリオンの隣でカリンはそう口にする。
しかし、その期待を裏切る様にルンは首を横に振った。


「それはわかりません、確かに二人を殺しましたが、断定など出来ない。ましてや三琴は死んでるみたいですし、……そもそも、僕が一番聞きたいのはアーちゃん、君ですよ」
「私で、すか…?」
「どうして、アーちゃんはこの拳銃を持っていたんですか?君は、実を言えば僕より先に十冴ミヤノを撃とうとしてました。しかし、躊躇っていた。…まぁ、結果的には僕が撃ちましたが……」


くるりと拳銃を回すと床に落とし、足で踏みつける。途端に、パキ、と音がし拳銃にヒビが入った。今だ浸水の始まって水音が響く船内と、外では轟々と降り止まない雨に、窓を開けて拳銃を海に捨てる。
アリサはちがう、とばかりに首を左右に振って否定をした。


「違うんです、わたしじゃない、私じゃないんです!あの拳銃は私が閉じ込められていたクローゼットの中にあったんです!!」
「大丈夫、僕はアーちゃんが猟犬だなんて思ってませんよ。ただ、拳銃なんて危ないものをなぜ、どうやって手にいれたのか知りたかったんです」
「お前は本当に性格が悪いな…」
「河西に言われたくねぇですよぉ」


へらへらと笑うルンの隣でアリサは泣いてしまっていた。一番疑われたくない人だったから。それに気づいたルンは、アリサの頭を撫でて小さな声で謝る。
ただ、今一番大変なのはアユチだ。アユチには持病がある。それも特有の。
七年前の事件がきっかけで発病するようになった過換気症候群。少なくとも、河西も人ごとではなかった。


「……アユチ、この際誰が猟犬だとか考えるのはやめろ。先に進めなくなるぞ」
「僕はリオンくんみたいに強くないよ…。だって、だって、エミリが…死んじゃったんだよ…?あの日と同じように、僕の家族は殺された……理由もなく、突然、目の前で…!!!」
「それでも、進むんだ。早く無線室に行って、俺たちは助からなきゃならない。誰も死なせないように、何も考えず、ただ生き残ることだけに集中しろ!」
「そん、なの、無理だよ…!!リオンくんにはわかんないよ!僕の家族はエミリしかいなかったの!あの日から、僕たちは支え合って生きてきたの!それなのに、それなのに、」
「いい加減、過去に囚われるのはやめろ」


倒れこんだアユチの腕を引いたのは河西だった。
ぼろぼろと止まらない涙をただひたすら流しながら、アユチはそんな河西を睨んだ。そして掴まれた手をぱしん、と乾いた音を響かせて叩く。


「な、んで、なんでそんなこと河西もくんに言われなくちゃいけないの!?どうして!?あれも全部河西くんのせいでしょ!!?河西くんが、河西くんが僕たちを見捨てたから…助けてくれなかったから…!!!」
「ああ、そうだ。俺のせいだ」
「っ…!」
「だから、俺は今、芹澤アユチの前に立っている。ゲームだとか知ったことじゃない。謝罪を、するために俺は此処にいるんだ」
「河西く、」
「あの日の出来事は全て俺の責任だ。俺がお前たちを殺したも同然なんだ。…すまなかった」


河西は素直に、心を込めて、謝罪をする。その姿は許して欲しいと一心に。
アユチはそんな河西を見て、後ずさる。軽蔑したとかそんなんじゃない。恐ろしかったからだ。
河西くんから聴きたかった言葉は全然ちがう。そんな言葉じゃない。謝罪なんて求めてない。……どうして?どうして、どうしてそんなにも河西くんは強いの……?


「なんで、なんで、河西くんが謝るの…?ねぇ、ちゃんと言ってよ、自分は悪くない!って!そう言ってよ!!あの日河西くんは何一つ悪くないのに、どうして謝るの!?なんで河西くんは、河西くんは…そんなに強いの……!?」


掠れた声でアユチは言う。
河西はそんな弱いアユチを抱きしめた。肩を震わせ、河西の胸を何度か叩く。河西くんは馬鹿だ、そう言うように何度も何度も。
そして七年前を知るのは、河西とアユチとアリサしかいない。エミリはもういないのだから。カリンも、ルンも、リオンでさえ知らない。ただ、聴くことが出来なかった。アリサにさえ聞けない。
知らなくていい。逸話でいいのだ。


「河西くん、河西くん、エミリが…エミリが死んじゃったよぉおぉお…!!僕が、僕が守るって決めたのに、エミリが…うっ、うぁあぁああ、ごめんね、ごめんなさい、河西くん、ごめんなさい…!!!!」
「…ああ。お前はそれでいいんだ、過去を振り返るな、そして生きろ。お前の親と妹の分も生きて、帰ろ。それで十分だ、お前が戮など背負う義務はない。…帰るんだ、大丈夫…今度はちゃんと守ってやる…!」


こんな弱くて情けない僕でも河西くんはいつも守ってくれた。
河西くんは強い。
誰よりも強い。


――少しだけ、七年前を振り返ってみる。

あの日は、僕は誕生日の日だった。九歳の誕生日を迎える日。
でも、その日にエミリは熱を出してお母さんとお父さんはエミリを病院に連れてってしまった。ご馳走も、ケーキも目の前にはなくて、ただ謝って帰ってきたらお誕生日会しようね、と言われたのが記憶にある。
当時、河西くんは家を引っ越す前でまだ近かったから僕のお誕生日会にも来てくれる、と言ってたから僕は宙ぶらりんの足をぶらつかせながら待ってたの。
すごく、寂しくて一人が嫌で堪らなくて。その時はずっとエミリを恨んだ。なんでこんな日に、お母さんとお父さんを独り占めするの、って。

……そういえば。
河西くんでも、エミリでも、お母さんでもお父さんでもない…誰だったかは忘れちゃったけど"誰か"があの日、僕が一人でお留守番をしてるときに遊びに来てくれた。顔も名前すら思い出せないけど……でも、誰かが来てくれた。
一人ぼっちの誕生日に誰かが。
その子は僕の手をとって、お家の中で一緒に遊んでくれた。すごくすごく楽しくて、ずっと続けばいいのに、って思ってたの。

だけどその子は突然、隠れんぼをしようって言い出して僕を隠れさせた。よくわからなかったけど、その子が言う通りに隠れた。けど、今考えればおかしい。だってその子が鬼なのに、なぜか此処に隠れてて、って言うの。絶対に出ちゃだめだよ、って優しく言ってそれきり。
僕はなんだか眠たくなってきて寝ちゃったの。そしたら、エミリの声が聞こえた。僕を呼ぶ声。気がつけば寝てて、隠れてた押入れから顔を出せば時間は17時。

エミリの熱はびっくりするくらいにすぐ治っちゃってたみたいで、お父さんとお母さんは僕のケーキと誕生日プレゼントを買いに行ってくれてた。だから家にはエミリと僕だけ。と、思ったけどその子はちゃんと居た。どうやらその子も一緒になって寝ちゃってたみたいで、もう一度言うの。
『ここに、隠れてて』
って。一人は嫌だから、エミリを誘って隠れた。その子は微笑んで、言うの。
『僕の代わりに、ちゃんと生きるんだよ』
って。……一体どうゆう意味なのか、今でもわからない。でも、次に聴こえたのは悲鳴。お父さんとお母さん。そして、河西くんが呼ぶ声。
気がつけば、お母さんとお父さんは死んでいた。血に染まった赤に埋れて。

意味がわからない。
あの子は誰だったの?
なんでお父さんとお母さんは死んだの?

僕の記憶が少し曖昧で、上手く再構成できない。
でもね、お父さんとお母さんが死んだことよりも僕はあの子が気になって仕方ない。あの子の名前はすごく素敵な名前だった。嬉しそうに自分の名前を何度も言うから僕もつられた。

教えて、誰か、わかる人がいるなら教えて?
七年前の真実と、僕の過去の記憶。
七年前よりももっと前の過去の記憶。

僕には記憶がないのだから……。










―――ねぇ、アユチ。
僕のこと、忘れないで?
思い出して、ちゃんと思い出して?

僕はこんなに近くにいるよ?
ほら、ほら、ほら!!!

うふふふふふふ、あははははははははははは!!!!!

宴だ、宴。
野兎と猟犬の悪夢の宴。
愉しいね、愉しいね、ゲームって愉しいね!!
だって、ゲームなんだもん!殺したって、いっぱい殺したって生き返るの。

アユチ、君の戮……そろそろ思い出そうよ。七年前とか、そんなんじゃないよ。君が失くした、その記憶。
ほぅら、早く早く思い出して。
そして……

主、憐れめよ―――。









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