「アユチ、勝手に物に触れないで!また、さっきみたいに変なのが飛んで来るかもしれないでしょう!」
「あぅっ、すみません…」


まるで母親に叱られた子供のようにアユチはびくりと縮こまってしまった。そんなアユチをみて、言いすぎた、と反省しているカリンをみながらルンは面白そうに笑っている。隣ではそんなルンの表情をアリサはほわぁ、としながら見ている。
そしてそして、そんな四人をまるでバリアがあるかのように近付けないでいる河西とリオンがいた。


「アユチくんとかりんとうは仲良しですね。見てて飽きません〜」
「本当ですね、ルンさまっ」
「アーちゃんも油断して、壺とかなんかに触っちゃだめですからね」
「はぁああい!」


こつん、と河西の頭に何かが当たった気がした。それはアリサから溢れんばかりに出ているハートだろう。
邪魔だ、と言わんばかりにリオンはぺしっとそのハートを叩く。


「これか…これがいわゆるリア充爆発しろ、か!」


▼リオン は リア充爆発しろ を 覚えた!

ちやっちゃらーと軽快なメロディが頭の中に流れてリオンは思わずレベルが上がりそうになる。
わいわいとしすぎているせいか、中々進まず先ほどからこの状態。


「おい、お前らいい加減先を急ぐぞ」
「あ、待って河西くん!」


呆れた河西がそう言えば、アユチは犬のようにぱたぱたとついて行く。そして、アユチを追いかけるようにカリンはあとを追う。アユチの隣に河西がいるのが気に食わないリオンは、アユチと河西の間に無理矢理割り込む。
ルンは面白がって、アユチに抱きつけばアリサは羨ましそうにアユチを見た。


「おい、ルン、邪魔だ!」
「河西ばっかりずるいですよ〜!僕もアユチくんとイチャイチャしたいです〜」
「ちょ、このホモ共!アユチから離れなさいよ!」


いつの間にか、アユチの取り合いになっている。河西とルンとカリンでの。
それをリオンとアリサは思わず顔を見合わせた。リオンだってアユチと一緒にいたいが、どうもぎゃーぎゃー騒ぐあの中には入れそうにもなくアリサと言えばルンを見ているだけでも十分だったためか、複雑な心境で見ていた。


「もぅ、早く無線室に行きましょうよ!じゃないと水が――…」


そう、アリサが声を出した時だった。
ぱしゃん、ぱしゃん、と水の跳ねる音が聴こえたのだ。それは足音。誰かが、こちらに近付いてきている。
しん、と静まり返り六人は息を殺すかのように足音のする一点を見つめた。やがて声が聴こえた。きっとそれは声、と言うよりも吐く息の音。呼吸音。
例えるなら、全速力で走ったあとに呼吸を整える音に近い。しかし強いていうなら、走っている。息を切らして、走っている。
足音は…一つじゃない。二つの音だ。


「エ、エミリッ!!?」


栗色の髪を揺らし息を切らして走ってこちらに近付いたのは、他でもないアユチの妹、エミリだった。エミリの手を引いて先頭を走っていたのはカズハ。
河西もルンも、アユチもアリサもリオンも安堵の表情を見せた。


「お、お前誰だ!?エミリさんとどんな関係、」
「っ、アユチィ!!」
「!!?」


途端にエミリはカズハの手を振り払うと、アユチに抱きついた。あまりにも衝撃的な光景にカズハは呆然と立ち尽くして石になってしまった。
アユチに抱きついたエミリは何かに怯えるようにカタカタと震えている。一体、何があったのだとばかりにエミリを宥めるように背中をさすって精一杯の愛情を注ぐ。


「十冴弟くん、あのこは誰ですか?」
「エ、エミリさんです!俺の女神なんです!はっ、ルン!手を出すなよ!」
「やだなぁ、僕ロリコンじゃないんだからそんなことしませんよ〜。…エミリ、となるとあの子がアユチくんの妹ちゃんですかぁ」
「……妹?おい、ルン、今なんて…」
「僕ロリコンじゃないんだからそんなことしませんよ〜」
「そのあとだよ!」
「アユチくんの妹ちゃんですかぁ」


そうルンから聞けば、ぱぁああっと瞳をきらきらさせると歓喜に満ちた笑顔を見せてニヤニヤと気持ち悪いくらいに笑っていた。
しかしその歓喜も、一瞬だった。

違う、俺はこんなことをするために来たんじゃない、そうだ……!!


「あ、あの、俺…十冴カズハって言います。エミリさんとはたまたま同じ部屋に閉じ込められてたんです、あと、他には姉の十冴ミヤノと……三琴タツヤって奴が一緒にいて――…」
「居て?…三琴と、ミヤノはどうしたんだ?」


丁寧にアユチとリオンとアリサに自己紹介をしてるカズハを横目に何かが、おかしいと河西は思った。
カズハが途中まで話した通りにエミリやカズハ、ミヤノに三琴がいたならその後者は今どこにいるんだ?
しかしカズハは躊躇い、震えた声で何かを言おうと爪が皮膚に食い込むんじゃないか、と思うくらいに拳を握りしめた。エミリは何も言えず、縋るように助けを求めるように、アユチにただ抱きついている。


「み、三琴は、三琴は……!」
「三琴は死んだよ」


刹那、静寂を切り裂くようにそう言った。
声には感情などはない。悲しみも、憂いも、憎しみも、何もない。ただ、紙の上に並べられた言葉をそのまま読んだ様に。
その声は紛れもない、十冴ミヤノの声だった。つい何分か前まではカズハとエミリと共にいた十冴ミヤノのもの。ルンは思わず喜びの意を見せようとしたが、やがてルンの表情は無になった。オッドアイの瞳で二回ほど瞬きをし、ミヤノを見据える。


「ミヤノ…?三琴が死んだって…どうゆうことだ?」
「そのまんまだよ。三琴タツヤはしんだ。馬鹿なあいつは馬鹿な私を野兎のトラップから庇って……猟犬に殺されたよ」
「っ、ねぇちゃん!あれは事故だ!ねぇちゃんのせいじゃない、ましてや猟犬なんて…!」
「うるさい!うるさいうるさいうるさいうるさい!!!!私を庇おうとするな!!もう、誰が誰でもいいよ!!三琴を殺したやつは猟犬なんだろ!?誰だよ、誰だよ猟犬は!!?名乗りでろよ、殺してやる!殺してやるぅううぅあァアアァアア!!!!!」


咆哮。
ミヤノは叫んだ。ミヤノは死というのが憎くてたまらなかった。ましてや、誰かが自分を庇って死ぬなんて。
いつだってそうだった。
ミヤノとカズハの親はミヤノが幼い頃、飲酒運転からのトラックからミヤノを庇って死んでしまった。カズハはまだ幼かったため、叔母の家に預けられていたが死など理解できるはずもなく、……いや、泣いて謝るミヤノの姿にカズハは泣けなかった。カズハは恨んでしまったから。
ミヤノのせいで、母と父は死んだんだ。と。
誰のせいでもない。誰が悪いわけでもない。自分たちは悪くない、それでもカズハは咎めてしまうのだ。ミヤノのせいだ、と。

それはエミリが、河西に抱くものと全く同じだった。
気持ち悪いくらいに世界は繋がってしまっている。ただ、その法則には誰も気づく事は出来ないのだ。


「ねぇちゃんやめてくれ!!俺が悪いんだ、もう誰もねぇちゃんを咎めないから!俺が……!!」
「カズハくん、危ない!!!」


誰も止める事が出来なかった。
何が起きたのかわからなかったから。

聴こえたのは三つの銃声。

一つ目は、ミヤノが撃った銃声。あろうことか実の弟であるカズハに向けた銃口をあっけなく引き金を引いて撃った。だが、いち早く気づいたエミリがカズハをかばう様に前に出た。
二つ目は、もう一度ミヤノが撃った銃声。ミヤノは二回撃ったのだ。倒れたエミリを通り過ぎてカズハに当たってしまった。エミリが守ろうとした生命も、ミヤノの手によってあっけなく失くなってしまった。
そして、三つ目。
倒れたのはミヤノだった。ミヤノが自分自身に撃ったものではない。

ただ、赤が広がる。
冷たい床にも、浸水が始まったこの船でも赤が広がる。
そして、赤は血だけではない。
血のように赤く燃える様に広がるそれを鬱陶しそうにすれば、ワインレッドとマゼンタの瞳が光る。手には銃。
ミヤノを撃ったのは紛れもない、



「ルンさ、ま……?」




震えた声で、アリサはそう言った。






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