学校に来ると、アイチは予想すら出来なかったことに驚いた。学校に来るなり突然チョコレートを渡されたからだ。最初は森川や井崎に渡してくれ、と言われるのかなと思っていたらどうやらアイチ本人のようで、素直に受け取ってしまった。
だが、それも一回きりではなかった。廊下、教室、職員室、と、あらゆる場所でアイチはチョコレートを貰ったのだ。まわりの男子は羨ましそうに見てくる反面、「お前からのチョコレートはないのかよ?」と聞いてくる男子がいた。一人だけではなく、半数の男子に。
まさかの出来事に不思議に思いながらも、ヴァンガードを通して知ってくれた人もいたせいか皆がみんな、そうだと勘違いをしてしまった。
そのせいか、いくつかの本命にも気付かずに森川や井崎に分けているという、なんとも贅沢なことをしてしまっていた。

「くっそー!アイチ、お前はなんて羨ましい!お前はいつの間にそんなにモテてたんだ!」
「モテてるなんて大袈裟だよ、みんな応援してくれてるだけだよ」
「アイチ、お前本当に鈍感だな…。いや、めでたいやつなのか…」
「?」
「と、ところでだな、アイチ、お前は作ったりしなかったのか?チョ、」
「あ、ごめんね。今日はカードキャピタル寄らないんだ、なんかエミに真っ直ぐ帰ってきて、って言われてるから……。それじゃあ、また明日ね!」

そう言うと、森川と井崎が話す隙を与えずぱたぱたと帰って行ってしまった。しばらく二人は見えなくなったアイチのあとをぼぅっと石のように見ていた。
家にもう着いている、と思ったアイチは何故か公園のベンチにいた。それは無意識。今日は櫂がいないことを見るとなんだかしゅんと萎れた花のように、縮こまっている。実を言えば、贅沢な話もらったチョコレートがありすぎて重く、疲れて休憩をしていたり。

「こんなところで何をしてるんだ、アイチ、」
「か、櫂くんっ、」

いない、と思っていた櫂が突然現れたことに驚きと何故か緊張してしまい背筋をぴしっと伸ばして声のした方を見た。そうすれば、櫂は気軽に「よぅ」なんて言うはずもなく立ってアイチを見ている。アイチを見たかと思えば、地面に置いてある紙袋に目を向けた。一瞬、顔を強張らせてスタスタと歩き、アイチの隣に座り出す。

「櫂くんはいま、帰り?」
「そんなところだ。お前は?」
「うん、ぼくも一緒。今日はエミに、真っ直ぐ帰ってきて、って言われたからカードキャピタルに行けなくて…。でもなんか気付いたら此処に来てたんだ、変だよね」
「チョコレート…貰ったのか」
「え?あ、うん、お母さんとエミ以外に貰うのは初めてだからなんか不思議で…。でも、友チョコって言うんでしょ?こうゆうの。名前も知らない子から、友チョコなんていうのもあるんだね」

それは友チョコじゃないだろう。ましてや異性で、丹精込めてラッピングされた可愛らしいチョコレートなのにも関わらず……アイチ、お前は生粋の馬鹿なのか。
思わず顔に出てしまいそうなくらいだ。しかし、当のアイチは、ぽやぽやともらったチョコレートを敢えて"友チョコ"だと思い込んでおり、めんどくさかったので言わないでおいた。

「そういえば、櫂くんは…」
「いらないから断った」
「えっ」
「持ち帰るのもめんどくさいから、断り切れなかったのは三和にやったがな」
「そうなんだ…。でも、櫂くんってやっぱりかっこいいね!そうゆう所がすごく好きだよ」
「……は?」

素直に思ったことを言ってみたのだが、話が繋がらないのと、何故か"好き"と、口走ってしまい羞恥が湧いて来ると首を左右にブンブン振り出した。

「へっ、変な意味じゃなくて、尊敬というか、憧れというか、」
「っ、お前なぁ…!」
「ご、ごめんなさい、あの、でもかっこいいと思うのは本当だよ、」

真っ赤になりながら、ゆびをくるくるさせるアイチを横目でみる。面を食らってしまい、櫂は思わず煽られてるのかと思ってしまった。
というか、かっこいいは本当でも好きは本当じゃないのか。

「あっ、そういえば、ぼく友チョコ用意してない…櫂くんに、あげたかったなぁ…友チョコ…」

何度も友チョコと連呼されると悲しくなるぞアイチ。そもそも此処まできて友チョコになるのか、さすがアイチ…。

「…俺は持ってきたぞ、」
「えっ!?か、櫂くんが?」
「俺以外にいないだろう」
「そ、そうだね」
「食わせてやるから、口開け」

ぱぁあぁと顔を嬉しそうに輝かせれば、アイチは言葉の通りに口を開けた。
まさか櫂から貰えるとは思っていなかっただけ、嬉しさは更に募る。
あまりに順状なアイチに、本当に馬鹿なのか、とため息をつくと鞄の中からチョコレートを取り出した。それは市販で買ったものなのだが、気付けば買っていたのだ。元から、アイチにあげようなどと乙女の発想などするはずもなく、逆に言えば貰えると昨日はカードキャピタルの店内にいた全員が期待をしていた。
しかし、昨日たまたま寄ったスーパーで見つけたトリュフのチョコレートに惹かれてしまった。それが特別美味しそう、だとか、安かったなんて訳ではない。ただ単純に手が伸びたのだ。気が付けば食材と一緒に袋の中に紛れていた。
値段に劣らず、ほのかにオレンジピールの匂いがするトリュフを一つ摘まむと、アイチの口に運ぶかと思いきや自分の口に運びもぐもぐと食べてしまう。

「なかなか美味いな」
「か、櫂くん…」
「悪い、悪い、ほら、」

そう言って食べさせればアイチももぐもぐと口を動かして嬉しそうにふにゃりと笑う。たったの四つしか入ってないそれはすぐに口の中で溶けて消えてしまう。アイチにあげるつもりだったが、予想以上に美味しく、ぱくりと三つ目を食べるアイチに少し近寄る。そして、早々と最後のチョコレートを口に入れたときだった。ぐっ、と更に近づいてみせた。
ぽろりとアイチの手からは空になった箱が地面に落ち、転がってしまう。だが、それを追い掛けるなんてしない。

頭が熱い、
身体が熱い、
口の中が熱い、
溶けて…しまいそうだ…

最後の一個を味わう暇などなかった。口内で動き回り、絡みつくそれが何なのかに理解するのに時間が掛かった。溶けたチョコレートと、アイチの口から溢れた唾液は混じり合い、唇の端元をゆっくりと流れてゆく。櫂は溶けてしまったチョコレートを今だにアイチの口の中で探し回るように口内を犯す。
上手く息ができないのか、アイチは苦しそうに熱い吐息を何回か隙を見つけて吐いては吸う。逆上せたように、くらりとアイチが後ろに倒れてしまうことに気がつくと、ようやくアイチの口内から離れ、支えてやった。
制服の袖でごしごしと唇から垂れる唾液を拭いてやれば更に真っ赤になる。

「お前にあげたのは勿体無かったな、意外と美味しかった」
「な、なん、なんで、」
「ぱくぱくと遠慮無しにお前が食べるからだろ、味わって食えよ」
「だ、だって、くれるって言うから……」
「持ってきた、と言っただけで、全部あげるなど言ってないだろ。それに、先に煽ったのはアイチ、お前だからな」

煽った、という言葉に先程アイチはぽろりと口から零した言葉を思い出した。違う、などと今更言えるわけもなく目を左右に泳がせてみればピシッとデコピンをくらわされた。

「〜〜〜!?」
「勘違いするなよ。俺はお前に友チョコなんていうものはやってないからな」
「それは、どうゆう……」

聞いてしまいそうになった言葉を自ら途絶えさせた。そこまで無知ではない。
そんなアイチをみると、口元を釣り上げてにやりと笑うものだからアイチはガタッとベンチから立ち上がった。

「僕、は、早くかえんなくちゃだったから、もうかえ、帰るね!」

そそくさと家に逃げるように公園から出たアイチの後ろ姿を見ながら、置き去りにされた袋にたくさん入ったチョコレートを見ると、公園のゴミ箱に投げ捨てる。
指についていたチョコレートをぺろりと舐めれば、また口の中に甘い味が広がるが先ほどではない。
明日から、アイチの反応が楽しみだと言わんばかりに喉をくつくつと鳴らせば見えないが、カードキャピタルにいる皆に勝ち誇ったようにほくそ笑んだ。

遅い、とばかりに玄関で待っていたエミは仁王立ちで構えていた。テーブルの上にはアイチに渡すようのチョコレートを置いているのだが、なんだか淋しそう。そう思っていると、ガチャっと玄関の扉が開き、アイチが顔を真っ赤にさせながら息を切らして帰って来た。

「遅いー!!もぉ、どこに行ってたの!?」
「ご、ごめんね、きょうは日直で……」
「それならそうと、朝に言ってよね!待ちくたびれちゃったわよ、…って、アイチ…なんかチョコレートみたいな匂いしない?もしかして食べた?」
「っ、た、食べてないよ!手、洗ってくる!」
「え、あ、ちょっと!……なに、あの唇についたチョコレート…。……まさか………、あぁ、もぉ!!」

してやられた、と悔しそうにエミは唇を尖らせた。
アイチは、といえば羞恥に耐えられるはずもなく、ずるずると洗面所の床にぺたりと座り込んでしまっていた。
どこかで気づいていながらも、櫂にあんなことをされるまではっきりと自覚しなかった自分が恥ずかしくてたまらない。沸騰するかのように、全身が熱くてたまらず肩を抑える。ふと、触れてみた唇に、チョコレートがついていることに気が付くと指にとってぺろりと舐めてみた。

「あま、い、」

舌の上でまた熱を帯びて溶けるチョコレートのように、アイチも融けてしまう。足りない、とばかりにもう一度指を舐めてみるが先ほどよりは甘くない。

溶けても、融けても、貴方を求めるのは罪ですか?




融解チョコレートシンドローム
130214







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