2340年.6月5日
9時45分
地下無線放送室


ちゃぷん、という音が聞こえた。それは水音。右手首につけた橙色の宝石がついたブレスレットが揺れた。そして、少女はようやく目を覚ます。朦朧とする意識で、金色にたなびく美しく、艶やかな長い髪を揺らしてフラリと立ち上がった。
しかし、いつまでもぼぅっとはしてはいられなかった。ハッと自分がいる状況に理解をすると、取っ手に手をかけ、ガチャガチャとドアノブを回した。しかし、あろうことか外側から鍵を掛けられていたのだ。普通ならば、内から自由に鍵を掛けれるはずが、この船内は普通じゃない。仕込まれた船なのだ。いま、自分は閉じ込められているのだと顔面蒼白になる。
しかし彼女は、急いで此処から出なければならなかった。時間が無い。ゆっくり、ゆっくり、とたまる"それ"はタイムリミットを表していたのだから。

「ッ、一体どうすれば…!」

そう思った矢先だった。目の前にある複雑な機械が彼女の眼には映ったのだ。

****


「――そういえば、僕たちの荷物とかないのかなぁ?旅行用にせっかく買った新品のキャリアケース……」

あんなに、頑なに反対をしていたエミリが最終的には一番はしゃいでいた。いくら叔父がお金の支援をしてくれるといっても、無駄遣いはしないよう心掛けていたのにエミリはこの日のために、と新しい服や新しい鞄、靴………などなどアリサとショッピングに出掛け、リオンとアユチは荷物持ち係にさせていた事を思い出した。
だが、今はこうして目が覚めたらバラバラで、手ぶらとい状況であったため、携帯や食料(食料と言ってもおやつなのだが)などは鞄の中。

「みんな、携帯とか持ってたりする?」
「ああ、そのことなんだが、どうやら圏外らしい。全く通じん」
「最初は繋がったんですが、突然、ブロックされるみたいになってしまいましたよ」

アユチ以外は持っているらしく、アユチもちゃんと携帯はこれから身につけようと決めた。
ルンは最新式のスマートフォンで、電源などはつくには付くのだが電話やメールをしようとすればエラーが起きてしまう。変ですね、とアユチは言えば変ですよね、とルンは返す。

「あっ」

途端に、アリサは何か思いついたかのように声を漏らした。すると四人は歩く足を止め、後ろにいたアリサを見る。

「どうしたんですか?アーちゃん」
「い、いえ、その…大したことじゃないんですが、携帯が使えないなら船頭側にある、無線機に行けば連絡がとれるんじゃないかな、って……」

今更気付いたように、五人ははっとした。そうだ、バラバラになった残りの四人を探すのも大事だが、先に助けを呼ぶのが今は何よりも優先すべきこと。いくら不可思議な船だといっても、無線室はあるにちがいないのだ。

「そうだな。なら、一旦外に出て甲板を渡っていくか?一番近いだろう」
「河西くん、でも今すごい風吹いてるし、雨も……」

そうアユチが言うと、確かに静かな船内からは激しい風雨の音が聞こえた。まるで船を沈めようと、叩くように。

「それに、この船の甲板側、馬鹿デカイ煙突があって行けませんよ」

ならば――…。
かなり遠回りになるが、船の中を歩くしかない。しかしこの迷路のような複雑な内蔵をしているため、そう簡単に無線室にいけそうにもない。確か無線室は上の階あるはずだ。五人は階段を見付けたらとにかく上がっていこうと話す。
と、何か聞こえた。上からだ。ノイズのように、ジ…ジ…と微かに耳に入る音に耳を傾ける。

「いま、何か聴こえ――」
『………た、……すけ…て、……け、て……!!』

今度は、はっきりと聴こえた。確かに“助けて”と。上を見上げれば、そこにはスピーカーが。何度も掠れた音を出しながら音を漏らすスピーカーはガ、ガガ………とノイズの音を漏らす。
しかし、ノイズ音は次第に大きくなっていった。
ガ、ガガガ……ジッ、ジジジジジ……――…

「な、に…この音…!?」
「大丈夫だ、アユチ俺がいる」
「河西くん…!」
「ちょっと待て、俺だっているぞ」
「アユチくん、こわいです〜!」
「えっ、ちょ、ルンさん?!」
「ルンさまぁ、私もこわいです〜」

ぴたりとアユチに抱き着くルンを見て、アリサもどさくさに紛れてルンに抱き着いてみたりする。そんなルンを剥がそうとする河西とリオンだが一向にアユチの右手を譲ろうとはしない。
だが、それも束の間。ノイズ音は消えたかと思うと、船内にはケタケタと笑い声が響いたのだ。音声は調整してあるのか、気持ち悪いほど身を引く声色。

あっはははははハハはははハははは!!!ようこそ、ヨウコソ、ヨウコソ!!!
ヨウコソおいで下さいマシタ!幸運ナル、野兎の皆様!!ドウデスカ?愉しんでイマスか?
野兎のアナタ方には、コノ箱は広いでショウが、放たれた猟犬ニとっては小屋同然!
ソンナ中、野兎のアナタ方はこの広い箱の中で猟犬カラ逃げなければナリマセンッ!逃げたくないナラ、ドウゾ、ドウゾごジユウに!
“ゴ自由に、猟犬の餌トナッテ下サイ!!!”
オット、オット、餌にナリタクナイ、野兎のミナサマ!安心ヲ!生キテ帰ル方法が一つダケ、アリマス!それは簡単!
野兎のフリをシタ、猟犬ヲ見付け、殺せばイイノデス!!ソウスレバ、勇敢なる野兎諸君の勝利!!!オメデトウ!オメデトウ!!
タダシ、間違えレバ仲間を殺すコトにナリマスガ、生きてカエリタカッタラ、仕方ないデスネ!みーーーーーーーーんな、殺せばカエレルカモしれませン!
サァサァ、このゲームの駒はアナタ達、野兎と猟犬デス!ドウゾ存分に愉しんで下サイ!
タスカッタ方にはもちろん、スバラシイモノをアゲマスヨ!お金カナ?地位カナ?権力カナ?カナ?カナカナカナカナカナカナカナカナ!!!!??!?
うっふふふふふふ!!!!!!!!!あひゃ、ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!!!!
ヒャヒャヒャ、ガガガガガガガ、ガーーーーーーッ…………


狂ったように船内に響く放送は、最後には“ブツンッ”と音を立て消えてしまった。予想など出来るはずの無かったその放送に五人は立ち尽くしてしまう。
理解が、出来るはずがなかったからだ。確かにリオンや河西からはこれはゲームなんだ、と薄々聞かされていたが誰が人殺しのゲームだと言っただろう?……誰も、言ってない。
そして自分達は船という名の“箱”に放たれた野兎にしかすぎない。その中には野兎のフリをした、野兎を喰い殺す猟犬が紛れ込んでいるのだ。
一体誰が?何の目的で?猟犬は――…誰?
アユチ?リオン?河西?ルン?アリサ?それとも残りの四人?

「ちが、う、違う、違う、ぼくじゃない、猟犬はぼくじゃない、ぼくじゃ……」
「しっかりしろ!!誰もお前だと疑ってなんかいない!いいや、全員違う!!!!猟犬という名の主犯者はこの船の中に別にいる!!!」
「アユチ、そうよ!河西の言う通り、アユチがこんなことするはずない。大丈夫、落ち着いて、」

河西に肩を掴まれ、ようやくアユチは正気を取り戻した。そしてアユチを宥めると、五人は方向を変えた。スピーカーから聴こえたのは、この下…地下にある無線放送室に違いないと。もしかしたら、そこに主犯者…猟犬がいるかもしれない。そして、その前に流れた少女の声も気になったのだ。もしかしたら、少女はその猟犬に人質にされていたのかもしれない。
無線放送室の場所にいく階段を、先ほど通り過ぎたのでわかっている。ついでに言えば、放送で残りのバラバラになった四人を呼ぼうと考えていた。
今は考えなかった。
この中にいるのは皆、野兎であり猟犬などいないと。
否、考えたくなかった。
絶対に、皆で自分達のいた場所に帰るんだ。もう誰も失いたくない。七年前のように大切な人達を失いたくない――…。
それはアユチの悲痛な願いだったのだ。

****

2340年.6月5日
10時32分
東客船室二階


「なぁなぁ、ミヤノちゃん、怖かったら抱きついてもいいんだぜ?」
「誰が抱きつくか。怖かったら真っ先にお前を置いていくから大丈夫」
「ひでぇ!」

苦笑いをしながらカズハは、三琴とミヤノの会話を後ろで聞いていた。しかしチラチラと、斜め後ろを俯いて歩くエミリが心配で仕方なかった。
カズハは目が覚めたとき、三琴とミヤノ、そしてエミリがいた。一体いつの間に部屋を移っていたのか、何故自分たちしかいないのか、それは誰も分からなかった。一緒に来たはずの河西とルンは見当たらず、代わりに女神(カズハ談)のエミリがちょこんといた。聞けば、エミリも兄やその友人と来たと言うらしく、カズハは不安そうにするエミリを笑って欲しくて、何度か慰めの言葉を掛けていた。
しかし、全てエミリの耳には入っておらず無理に笑っている姿だけ。それに加えて、先程の方法……それはエミリにとって恐怖でしか無かった。いくら自己紹介などしたって、知り合って一日すら経っていない。そんな中、信用などできるだろうか?ましてやあんな放送を聴いたあとで、もしかしたらこの中に猟犬がいるかもしれない。自分は殺されるかもしれないのに、のこのこと人に笑顔など振りまけるはずがない。

「エ、エミリさん、大丈夫ですよ、必ずお兄さんに会えますって!」
「そうだよ、カズハの言う通り!だからさ、エミリちゃん、顔あげて?そりゃあ初対面だし、不安とかそうゆうのはあるだろうけど、あたし達はエミリちゃんを裏切るようなことは絶対しないよ。絶対に、絶対にしない」
「ミヤノさん……」

三琴も続けて、そうだぜ!と言いたかったがなんだかミヤノに全部持っていかれた気がして敢えて心の中にしまった。ミヤノや、カズハ、三琴は嘘などついていない。エミリにはそれが痛いほどわかった。
……わたしのせいで、三人に迷惑掛けちゃってる…。

「ごめんなさい、わたし…どうすればいいかわからなくて、皆が優しくしてくれてたのに…わたしは……」
「ンなの気にするなって!むしろ、それくらい疑い深いのが普通だしよ。多分、河西はエミリちゃんのお兄さんに会ってると思うしな、」
「……か、さい…?」
「なんでも、河西はエミリちゃんのお兄さん知ってるみたいだけど…エミリちゃんそうなの?」
「………昔…に、ちょっとだけ遊んだことがあります…。ただそれだけです。それに…河西さんがいるのは知ってました。紙に書いてましたから、」
「あれ?そうだっけ?」

エミリにとって、河西トモヤという人物にどう反応をすればいいのか分からなかった。
アユチの前では、アユチを悲しませたくないから敢えてアユチを喜ばせようと意気揚々と話す。そもそも、エミリは河西トモヤが苦手だった。わかっているのに、引き返すことができない過去。
わたしが言った言葉で、河西さんはきっとものすごく傷ついた。それでも、わたしは河西さんをどうしても許せない…。あれは河西さんのせいじゃない…でも、河西さんのせい。アユチが河西さんを好きなのだって、昔から知ってる。だから応援してあげたいのに、どこかでわたしは頑なに拒んでしまうの。
ごめんなさい、ごめんなさい、こんなわたしでごめんなさい……。アユチが嬉しそうに河西さんの話をする反面、河西さんに対してアユチは恐怖を抱いている。逢いたいのに、逢いたくない。あれはアユチが悪くないのに、アユチまでもが罪を感じている……。
わたしは一生、河西さんに心の中で謝りながら、河西さんを恨んでいく。後悔と悲しみと憎悪が混ざった感情。
だけどそれは……アユチも同じなの―――。

全てはあの、忌まわしい七年前が始まり――…。










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