パラリとページをめくる。ステンドグラスの零れ日によってまるでアイムにスポットライトがあたっているかのようだ。

「1942年……2月20日…」

それは一番初めに書かれていた日記帳の日付だった。アイムはゆっくりと丁寧に書かれた文字を目に入れていく。
























2月20日 雨
一体自分が何のために生きているのかわからない。
人が……信用できない…。

2月21日 雨
最近雨が酷い。それと同時に御祖父様の機嫌もすこぶる悪い。
ああ、またあの部屋に行かなくちゃいけないのかな…。

2月22日 雨
身体中が痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。今日はずっと部屋に篭っていないと。エミがまた心配しちゃう……。

2月23日 曇り
いい、って言ったのに昨日はレンさんが治療しに部屋に来ちゃった。レンさんなら僕の秘密を言わないでくれるだろうけど……。
やっぱり信用するのが怖いよ……。

2月24日 晴れ
今日は久しぶりに晴れたから、外に出て花壇のお花に水をあげた。そしたらミサキさんに会って、立ち話をしたよ。
ミサキさんは本当にいい人だと思う。

2月25日 雨
昨日……調子に乗って水やりなんてしなければ良かった…。

2月26日 雨
また人が流れ着いたみたい。これで6人目。雨のせいで海が荒れてたのかな……。

2月27日 雨
流れ着いた人は綺麗な翡翠の瞳で、整った顔立ちをしている。
名前は"櫂トシキ"と言うみたい。

2月28日 雨
櫂さんは何でも都会に住んでいるらしい。都会、って此処とはきっと違う場所なんだよね。
ミサキさんもカムイくんもレンさんも三和くんも皆、都会育ちなんだよね……。
僕も………いつか行ってみたいな。
















「あ、れ……?」

日記帳を読んでいたアイムの目からは涙が零れ落ちていた。それは全く自分の意思とは関係なくただ、ただぽたりとこぼれ落ちていくのだった。
そして呼び覚まされるのはとある記憶。

*****

「エミちゃん、ゆっくりでいいから……何があったのか、教えて貰ってもいい?」

部屋を移り、ベッドのある広い部屋にミサキとエミ、レッカはいた。レッカが渡した水を震える手で握り締めながら俯いた表情のエミは口をゆっくりと動かした。

「わた…し…わたし…思い出したの……。Episode1で…私と皆を殺した…ひと、を……あれは確かに、確かに……!!!わたし達を…殺したのは紛れも無い、『   』だったの!!!」

目を見開き、今にも狂気に陥りそうなエミは手からコップが離れ、床に砕け落ちてしまった。頭を抱えて首を振っている。
エミの言葉にミサキは思わず絶句した。涙を零しながらエミは言う。そんなはずはない、と思ったがミサキの頭の中を過ぎるのは紛れも無い真実だった。

「なら…なら、皆が危ない!!早くこんな場所から出ないと!!」
「ちょっと待ちなさいよ!あんた達は今、此処で指をくわえて物語の終わりが描かれるのをみることしか出来ないんだからっ!」

そう言ってレッカは入り口に立つと指を差してそう言った。仁王立ちをし、真剣な言葉とは裏腹に楽しそうにレッカは笑っていた。

「意味がわからない!!いいから退きなさ――」
「二人とも何か勘違いしてなぁい?一度リタイアしたのに、またゲームに戻るなんて……そんなゲーム、レッカ聞いたことないや!」
「リタイア、ですって…!?」

楽しそうにぴょん、と跳ねて割れたコップに指をさして弧を描く。するとコップは一瞬にして元の形に戻り、あまつさえ、零れていた水でさえ跡形もなくなっていた。

「だって……そうでしょ?もうゲームは始まってるのに、一度ゲームから降りて此処にきて、始まってるゲームの中に入って舞台を荒らしに行くようなものだよ?こんなの、猿でもわかるよ?くすくす、くすくすくすくす。あぁ……でも…今更思い出して迷惑かけて足引っ張るようなあなた達には考えも出来なかったかぁ。ふふっ……ふふふふふふふふふ!!!あっはははははは!!!!!!!」

狂っている、そうミサキは思った。目の前にいるレッカもこのゲームも……何もかも全てが…!!!!
レッカは腹を抱え、目をぎょろりと見開きながらただ笑い続けた。そして嘲笑うようにニヤリと笑う。

「さぁてっ…二人リタイアして…残りは五人かぁ……うーんっまだ多いやぁ…。わたしも参加出来たら真っ先にみーんな殺しちゃうのになぁ……。スイコはこれが最後、って言ってるけど本当にこの逸話の終わりを…あの子は描くのかなぁ……?…ねぇ?」

くるり、と振り向いてレッカは可愛らしくミサキとエミに笑い掛けた。一体、レッカもスイコも何を考えているのかわからなかった。

****

「Episode3のアイムは先導の日記帳を見付けたのね…。スイコ、」
「わかってるわ、何も言わないでちょうだい。きっと…そう今のゲーム盤に立っている先導アイチの駒…先乃アイムと先導アイチはリンクしてる…。70年前の真実を思い出しているわ」

目を閉じてスイコは感情に浸っていた。同時に蘇るのは70年も前の出来事。そして自分達、スイコ、コーリン、レッカを創りあげた、何も信用出来ず孤独と戦い続ける小さな主……先導アイチの姿だった。

「…懐かしいわね……。苗は同じでも、まさか70年後の子供達に同じ名前を付けたのは贖罪のつもり何でしょうね、我が主先導アイチの…」
「果してそれは本当に贖罪なのか気になるけどね。愚かで厳かな戮深き7人……ああ…違うわね…6人ともう1人と言う言い方が正確ね」

それは惜しくも哀しい話であった。どんなに辛く、叫び、助けを求めても助けてあげれない自分達。いつも悲しそうに外を見ては怖い恐いと恐怖に襲われ、涙を流すその存在。
そして最期は報われなく、死に行った存在……。
だからこそ、スイコ、コーリン、レッカは此処にいた。それが彼女達の贖罪になるのだから。























‐70年前.1942年‐

3月3日 晴れ
今日はとても天気がいい。
だけど、お腹が痛いや……。今日も部屋に篭っていたい、

「うん…。そうしよう…」

万年筆を置き、だらん、と机に俯せになる。と、同時にアイチの部屋をコンコンとノックする音が聞こえ驚きバサリと日記帳を落としてしまった。

「は、はぁい!!」

だが日記帳を落としたのに気付かず、バタバタと部屋のドアを開けた。ガチャリと開けば、目に入ったのは翡翠の瞳。

「…あ……」
「いきなり悪いな、とりこみ中だったか?」
「い、いえ、そんな事は…」

ぱちくりと思わず目と目が合ってしまい、口からよく分からない一文字が飛び出たがすぐにアイチは視点をずらした。

「なら、悪いがこの館を案内して貰えないか?あまりにも広すぎて、自分の部屋がわからなくなった」
「あ、はい…僕で良ければ…」

そう言って、部屋のドアを閉めたアイチは櫂をつれて館の案内をし始めた。だが挙動不審な態度のアイチに櫂はだんだん不安になってくる。

「お前、人見知りなのか?」
「ぴゃっ!?えっ、あ…えと………」

脅かしたつもりは全く無かったのだが、アイチは予想以上に驚き、薇仕掛けの人形のように櫂の方に振り向いた。

「ああ…えっと、助けて貰った館の主に失礼だな……まぁいいか」
「あ…。僕まだ主、じゃないです…。まだ御祖父様が…」
「御祖父様?なんだ、この館には一体何人いるんだ?」
「僕と…妹のエミ、後は御祖父様に、専門医のレンさん、ミサキさんにカムイくんに三和くんだから…」

指折りながら数える。その度にアイチの頭から生えたアホ毛が揺れた。

「櫂さんも合わせて、11人です」
「11?あとの3人は何だ?」
「使用人です。この館にいるはずなんですが…見掛けなかったですか?」
「使用人……見た覚えはないな…」

櫂は頭の中で記憶を捜すが、確かに見掛けた記憶はなかった。そうして話ている内に、二人は外に出ていた。

「こっちは薔薇園なんです。コーリンさんが作ってくれたんですよ」
「コーリン?それは使用人か?」
「はい、とっても優しい人なんです。コーリンさんはとても面白くて、ちょっと口下手なんですがね」

どうやらコーリンのことを思い出したのか、くすりとアイチは笑った。初めてアイチが笑う所を見た櫂は思わず目を丸くしてしまう。

「お前、笑えるんだな」
「わ、笑!?失礼ですね、ちゃんと笑えます!」

ぷくっと頬を膨らませて櫂に反論する様子は子供のようで。
そんなアイチが面白くて櫂は噴き出してしまった。そんな櫂にアイチはますますムッとした表情になる。



「変なカオしてるより、そっちのカオの方がお前にはお似合いだ」
「ど、どんな顔ですか?」
「俯いて、暗そうにしてるカオだ」



と、アイチの眉間に櫂は人差し指をあてて言う。何だかよくわからないがアイチは身体中の血液が沸騰するかのように熱くなる。



「お前、はさすがに失礼だな。……俺は櫂トシキ、三日前に此処に流されて助けて貰った。一先ず、感謝する」
「あ、えっと、僕は先導アイチって言います…この館の次期当主です……」



畏まりながら改めて二人は自己紹介をした。初め、アイチはおどおどした様子であったが少し打ち解けたのか、櫂の目をみて話せるようになった。









2月28日*俺は今日、とある孤島に流された。この島は呪われた不気味は島だと言う話を聞いたことがある。まさかこんな場所にくるとは……。

3月1日*この館の主はどうやらまだ幼いらしい。何でも俺と歳が近いとか。この島の館に住む医者、雀ヶ森レンが言っていた。

3月2日*どうしてもこの館は迷う。そして帰るにはどうすればいいのだろうか。この館で見掛ける奴らは一体何なんだ?

3月3日*今日俺は、この館の主…もとい次期当主と話た。名前は"先導アイチ"。謎が多い。人見知りなのか挙動不審な行動ばかりだ。だが俺はある秘密を知ってしまった。こいつが抱えた重い重い秘密。
なんて言うことだ、俺は……先導アイチという存在に触れてみたくなった。そして力になりたいと思った。


1942年、櫂トシキが悪夢の逸話に挟んでいた手紙より抜粋。




現在(いま)と過去(まえ)の歯車はゆっくりと動き始める。
70年前と70年前に残した先導アイチの日記帳。
蘇る記憶と共に‐悪夢の逸話‐を解いていく。
何故、名前を次の次の世代に受け継がせたのか。それは今、を生きる先導アイチと70年前に生きていた先導アイチの記憶と伴に再生を始めた。




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