この世界に来て一日が経とうとしていた。時刻なんてわからないが、外は真っ暗なことを見れば午前三時くらいじゃないだろうか。俺は月明かりの照らされる部屋にごろりと寝そべって今だに眠りにつけなかった。きっと、あの狐の三和や、巫女のアイチはとっくに眠りについているだろう。
そう思った矢先だった。ガラガラと音を立てて、この神社から出て行く足音が聞こえたのだ。こんな遅い時間に?そう思って、立ち上がり外を見ればそこには案の定三和がいた。黄金色の毛並みは、月明かりにより白銀に輝いていた。ただ、そう……瞳が赤く…それこそ本当の姿だと言うかのように、それは神と呼べるに値するのかわからなかった。
珍しく、興味本位だったのかもしれない。いつもなら、全く気にもしないし、むしろさっさと眠りについている。そして……、俺は後悔をした。素直に寝ていれば良かった、と。
月までもが赤く見えた。否、一瞬だけ、紅く染まった。空に…天に、月に、血肉の血飛沫が上がったのだ。ぼだぼだと音を響かせながら、ゴトリと地面に落ちる。丸くて、球体のようなものは紛れもない人間の頭だ。それも子供。思わず俺は吐き気を感じた。生首なんか見るのは初めてなんだ、普通の反応だと捉えるだろう。
三和は表情一つ変えず、むしろまだ足りない、とばかりに禍々しくも狂気を浮かべていた。引き裂いては、潰し、爪に血肉を詰め、骨を踏み潰す。あまりのエグい光景に後ず去れば、じゃりっと地面を踏みしめるような音を出してしまった。途端に三和は、耳をピクリと動かして俺を見る。こんな三和は知らない、そう俺は感じた。
しかし、三和は口元を弧に描き、いつものようなへらっとした様子で笑うと人差し指を口元に指して、まるでアイチには内緒な、とへらへら言っているようだったのだ。三和は俺に、あの神社に戻れ、と言っているようで静かに俺は戻った。そのあと、あの子供はどうなったのか知らない。ただ…わかるのは、あの子供は昼間、俺達に石を投げ、三和の怒りを買うような言葉を吐いた子供であることは間違いがない。
それほど…三和は許せなかったのだろう。アイチが絶対に望まない、嫌うことを“まるで、好んで、遊んで、憎悪で汚れた身体を更に汚して、密かに後悔しながら、笑ってやっている”んだ。
音を立てないよう、ひっそりと部屋に戻った俺は当たり前だが寝れるはずがなかった。
誰が望まなくても、悔しくて仕方ない。許せなくて、何度も同じ過ちを繰り返してしまう自分が憎い。それでも、自分は死ねない。死ぬことが許されない。それは、死ぬよりも辛い。生き地獄だ。
三和も、俺も同じだ。
アイチが好きで、愛おしくて、上手く伝えれなくて、傷付ける。

「寝ないの?櫂くん、」
「アイチ…か。脅かすな」
「ごめんね、なんか物音がしたから……」
「…お前こそ寝ないのか」
「なんか眠れなくて…いつもならすぐお布団入ったら、寝ちゃうのに」

そう言うと、アイチは小さな声で「失礼します」と言って部屋に入って来た。
おいおい、こんな夜中に男の部屋に着流しで入ってくるか普通。いつも結っていた髪を解き、背中には青色の髪が散っている。俺の世界でのアイチの髪は短いからなんだか新鮮で変な感じだ。

「夜這いにでも来たのか」
「よッ!?ち、違うよ、違うから!!!」

断固否定された。
同じ容姿のアイチに言われると微妙にだが、傷つく。

「部屋でも間違えたのかと思ったからな」
「部屋?」
「三和の部屋と」
「三和くんの部屋と?なん……」

で、と言おうとしたらしいが意味がわかったのか更に顔を真っ赤にしながら首を左右に振ってきた。

「そ、そもそも、僕と三和くんはそんな仲じゃないし……」
「なんだ、違うのか」
「そんな風に見えるの?だったら、それは勘違いだよ。……櫂くん、僕はねとっても酷い人なんだよ」
「この世界に善人などいるわけがないだろう」
「確かにそうだね。……僕はね、三和くんを利用しているんだよ」

何故かアイチは困ったように笑うのだ。自分でそんなことを言っておきながら、なんていう表情をするんだ。
あの、狐を利用するなど、一体何にだ?買い出しか?それならばもう見てはいる。普通にみれば逆だろう。アイチが利用される側だ。

「ぼくは幼い頃、三和くんに契約を結ばさせた。三和くんから自由を奪ったの。四つのときだったかな、初めて三和くんと逢ったあの日、素直に三和くんに対して興味が湧いた。物の怪…なんて言い方は失礼だけど、そうゆう類は初めてみたからなんだか嬉しくなってね、怪我もしてたから思わず声を掛けちゃったの。気味の悪い力を持ったぼくには友達なんか当たり前にいなかったから、誰かと話したかったのかもしれないね。
そんなわけで、ぼくは思わず三和くんの心の中に耳を傾けてみたの。
……すごく、可哀想だと思った。無慈悲で、誰にも頼らずにただ一人の力でのし上がって、たった一人で死んでしまう三和くんが。本当、最低だよね。……ぼくは」

少しだけ目線を下げていたアイチは、ふっと顔をあげ、空を見た。つられて俺も空を見れば月は雲に隠れてしまって何も見えない。ただ、俺はこの光景を知っていた。アイチが俺の家に初めて泊まりにきた時、中々眠れないと言って何もない天ばかりを見ていたときのことを。

「可哀想、なんて言葉はどれだけ人を傷つけるのかな。口々にみんなは哀れんで、可哀想って言うけど何もしてくれない。口だけ。口なら何だって、いくらだって、偽りの言葉を吐けるよ。自分では自分を哀れんではないのに他人から勝手な価値観で可哀想だと決めつけられちゃう。ぼくが一番嫌いな言葉を、その時思っちゃったんだ」

そうだ。
人は可哀想だとは言っても行動などしない。『可哀想だからしてあげよう』それは一体何様のつもりだ?上から目線で、勝手に自分は救えるなどと自惚れて、何処かで見返りに期待をしているにすぎない。可哀想だから、などという言葉は違うだろう。
例えば、捨てられた動物を拾うのだって、可哀想だから拾ってあげようなど仕方なく、と思ってるだけ。責任を持たず、ほいほいそんなことして最終的に飽きるんだろ?そして繰り返しだ。
可哀想だから拾ってきたけど、食費も世話も疲れるなぁ、どうせまた誰かが拾ってくれるだろう。と。
両親を亡くした時だってそうだった。
可哀想、と言うだけ。逆に言えば、笑っている。あなたは可哀想な子だ、と薄ら笑いを浮かべながら通り過ぎて行くんだろう。

「最初は、ただそう思っただけ。もし、殺されたってそれは本望だったよ。だってそれから二年後に、ぼくの親は殺された。馬鹿みたいにぼくは殺されてるのをこの眼で見て、悲鳴も上げず、涙も零さず、ただ残ったのは黒く渦巻く憎悪だけ。ぼくは同じ立場になった。
可哀想と村人は哀れみながら、助けてはくれなかった。馬鹿だよね、人殺しなんかを村人に見せつけてるんだよ。何が楽しいのかわからないの、それを観て楽しいの?人が殺されていくのをみて、晒して、なんで笑っていられるの?」

アイチはそれでも、泣いていなかった。否、まだ認めていないのだ。目の前で親が殺されても、埋められても、動かなくなっても、これは自分の親じゃない。
認めたくない、認めない、悔しい、憎い、……皆死んでしまえ。

「三和くんは優しいから、そんな僕を哀れんでくれたよ。僕が最初に三和くんに思った通りに、三和くんも同じような感情で。だから僕は三和くんを利用した。僕に出来ないことを三和くんはやってくれるの。
"三和くんが本当に、僕を護ってくれるなら、この世界を殺して"
そう言った通りに三和くんはやってくれている。櫂くん、君は僕を買い被りすぎだよ?僕は善人じゃない、ましてや人を助けようとする義理もない。望まないことを三和くんがやってしまう、なんて言うのは大間違い。望んでいることを、三和くんはやってくれている、んだよ」

互いが、互いにお互いを利用している。
きっと三和もそうなんだな。アイチのため、じゃない。自分のため、なんだ。アイチを護ろうとする反面、歓喜を覚えてしまった。見せつけるように、同じことだと伝えたい。かつて三和の一族が人間に殺されたように、アイチの親が殺されたように、お前らは理不尽にエゴで、殺していたんだと。
ならば、この世界は俺に何を求めている?俺は何をすればいい?アイチ、お前ならわかったのか?

『僕はね、ずるくて、酷い人だよ。もし、櫂くんが殺されたら涙なんか流さない。逆に櫂くんが悪いんだって思うよ』
『唐突になんてゆう話をするんだ』
『えへへ、例えばだよ。櫂くんが嫌なら僕でもいいよ。僕がいきなり、何の前触れもなく死んだらそれは自分を恨む。それくらいで死んじゃう僕が悪いんだって』
『普通は、そんなこと思わないがな』
『だって、トラックに撥ねられても頑丈な身体ならすぐに起き上がって、櫂くんのとこに行くよ。でも、そんな反面僕は櫂くんに心配されたかったりもする。死んだら、櫂くんは悲しんでくれるかな、って。そう思うと死んでも後悔はしないよ』
『……冗談でも、そんな考えはやめろ』

そのあと、アイチは何も言わず笑いかけてきた。
悲しむも何も、後悔しか俺にはのこってないぞ、アイチ。お前は自分のせいで轢かれたんじゃない。俺のせいだ。細くて華奢なその身体が起き上がってくるなんて想像も甚だしい。
もしかしたらこれは夢なのかもしれない。…夢だったらどんなに良いのだろうな。






不協和音の音がした
130211






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