以前レンさんはこんなことを言っていた気がする。“もし僕が櫂と立場が逆で、AL4のリーダーは櫂で僕が櫂だったらアイチくんはどうします?”と。考えたこともなくてその時は笑ってしまった。だってレンさんはレンさんなのだから。櫂くんと立場が逆でも僕が見てるのは雀ヶ森レンという人。櫂くんでもない、大好きなレンさんだ。でも今考えればどうなっていたのかな?レンさんのことだから、カードはブラスターダークだったのかもしれない。櫂くんがAL4のリーダーだったらそれは世界で一番強いチームだったのかもしれない。それはとっても不思議な世界―――。そう考えているうちに眠気が襲って来た。お布団がちょうど良い温度に温まってきて身体がぽかぽかする。早く寝て早く起きないとエミに怒られちゃうから早く寝ないと………。

****

「アイチーっ!アイチってばぁ!いい加減起きなさいっ!」
「うっ」

ばさぁ、と中々起きないアイチに痺れを切らしたエミはもぞもぞと布団にくるまるアイチの毛布を剥ぎ取った。腰に手をあてながら頬を膨らまし“ぷりぷり”と怒っている。仕方ないとばかりアイチは「寒いよ」と一言呟くと寝癖のついた頭を枕から浮かせて起き上がった。そうしてエミのお説教が始まる。
だから早く寝なさいって言ってるでしょ!から始まり、夜更かし禁止!遅くまでテレビ見るの禁止!寝る前のカード調整も禁止っ!!と禁止事項をあれよこれよと上げられてしまった。仕舞いにはアイチを起こしに行ったエミが中々戻らないのに心配し母親まで部屋に来た。女の人は難しい、と心の中で呟くと朝食をとりに階段を降りる。そうして食べ終わればいつものように学校に向かうのだ。

「おいアイチ、ぼさっとしてると置いてくぞ!」
「ま、待ってよ森川くんっ!」

一日は過ぎるのが速く、気が付けば授業は全て終わっていた。今日もいつもと変わらない日常。朝、エミに起こされて怒られながら明日は早く起きようと決めながら起きれず。昼は授業を受け、授業中に森川くんは居眠りをして先生に叱られていつの間にか放課後にはカードキャピタルに向かう。晩になれば家に帰ってご飯を食べて「髪、ちゃんと洗いなさいよ」とエミにいわれてお風呂に入って一日を振り返りながら就寝して―――そう、毎日毎日365日こうして過ごすんだ。そうして僕は今、教科書を鞄の中にしまい森川くんと井崎くんの後を追うように教室を出る。毎日が楽しくて、幸せで、そして……変わらない日常。

「本当に置いてかれちゃった…!」

息を切らしながら走る。しかし足が遅いため追い付けない。とうとう体力が無くなり渋々歩く。もっと体力をつけないと……と思いながらいつも櫂くんがお昼寝している公園を見掛けた。今日もいるのかな、と好奇心から始まりくすりと笑みをこぼして公園に向かう。しかし僕が見たのは“いつもの日常”じゃなかった。なんとも不思議としか言いようのない光景にたじらう。自然の『緑』とは補色の関係である『赤』があったから。奇妙で、ぞくりとした。けれど僕の好奇心は増すばかりで気が付けば無意識に名を呼んでしまっていた。

「…レンさ、ん……?」
「……んー…?」

深くは眠っていなかったようで、僕の声はしっかりとレンさんの耳に聞こえていたようだ。眩しい、と言わんばかりに目を細めながら虚ろな目でレンさんは僕を見てくる。ごしごしと乱暴に目をこすりながら身体をベンチから起き上がらせると、猫のように伸びて大きな欠伸を一つ。そうすればレンさんは立ち上がり、「さて、行きましょうか」と僕の手をとると歩き始めた。今だ理解できず混乱する頭だけど口から出るのは単語ばかり。言葉として成り立たず、あ、だったり、う、だとかそんな単語。

「そうだ、お腹空きましたね。あそこのクレープ食べてからカードキャピタルに行きましょう」
「あ、えっと……はい…」

はい、と真っ赤な燃えるような髪を揺らしてレンさんは僕に生クリームがたっぷり乗っかった苺のクレープを差し出してくる。ありがとうございます、と言いながらお金を渡そうとすれば、いらないですよとあっさりと断られてしまった。申し訳なさそうな表情をすれば「アイチくんが美味しそうに食べる姿がみたいんですよ」と言うものだからなんだか恥ずかしくなって、照れ隠しのようにクレープを頬張った。レンさんのクレープには苺やバナナなど定番のフルーツなどは問答無用、とでも言うかのようなパイナップルや桃、みかん、梨、など数々のフルーツが乗ったクレープで生地が重たそうにしおれてしまっていた。

「レンさん、そういえばなんであんな場所で昼寝なんてしてたんですか?」
「なんで、と言われても…ふむ……いつも寝てる場所なので…まぁ強いて言うなら寝やすいからでしょうか?」
「いつも?えっと、レンさんっていつもあんな場所で寝てましたか?と言うかテツさんやアサカさんに心配されないんです?」

不思議そうに聞けば、逆にレンさんがもっと不思議そうに首を傾げてしまった。なにか変なことを言っただろうか、と考えたが答えは出ない。ぱくり、とレンさんはまた一口クレープにかじりつきながら「どうしてテツやアサカが僕の心配をするんです?」と聞いてきた。だから僕はレンさんがAL4のリーダーでテツさんとアサカさんはものすごくレンさんの世話を焼くから、と返せば今度はレンさんは笑いだした。そうしてぽふぽふと頭を撫でながら「どこか頭を打ったんです?」と失礼なことを言うのだ。

「僕がAL4のリーダーなんておかしなことを言いますね。AL4のリーダーは櫂でしょうが。今日のアイチくんはへんてこりんですね」
「か…櫂くんがリーダー!?レンさんこそ何を言ってるんですか!?櫂くんがQ4でレンさんはAL4で、ついこの間までは全国大会で僕とレンさんは戦って、それでそれで……!!」

べちゃっ、とコンクリートにクレープを落としてしまった。しかし気にもならない。だってあまりにも衝撃的すぎて、驚いて、混乱して、パニックになっちゃって、訳がわからなくなって、自分でも何を言ってるのかわからなくなった。だってこんなの“いつもの日常”じゃないから。僕が知ってる世界じゃない。これじゃあまるでレンさんと櫂くんの立場が入れ替わった世界に来たみたいで―――…。

「ッ…!?」

鞄の中にある“ロイヤルパラディン”のデッキケースをとりだして中身をみた。僕の分身ブラスターブレード……はいなかった。そう、代わりにいたのはブラスターダーク。僕のデッキは“シャドウパラディン”だったのだ。ぺたんと地面に座りこんでしまう。一体僕の日常はどこに行ってしまったのだろう?こんなにもレンさんが遠くかんじた。隣にいるはずなのに僕の日常にいる…僕の世界にいるレンさんとは全くの別人のような気がしてならない。

「僕が4年前にあげたブラスターダーク…アイチくんが自分の分身だと言って使ってくれて僕は嬉しいです。こうやってアイチくんにもまた逢えて、毎日お話できて、僕は幸せです。アイチくんは……日常に僕が毎日いて幸せですか?」
「え…?」
「僕の日常は朝起きて始まります。朝にアイチくんにあえばその日一日は幸せな日です。昼にアイチくんにあえば午後は素敵なことが起こる気がするんです。晩にアイチくんにあえば夢にアイチくんが現れてきてくれそうな気がしてアイチくんで一日が終わります。それ程僕は幸せです。でも、アイチくんはどうです?毎日僕に逢えて幸せですか?この世界はどの世界よりも一番ですか?」

崩れていく、気がした。ガラガラと音を立てて世界は僕とレンさんしかいない気がした。真っ暗な世界にたった二人だけ対等になるように立ち尽くしているようで。そして様々な感情が頭の中に入り込んで来た。不安で、心配で、寂しくて、どうしようもないくらい愛しくて、たまらなく愛していて、幸せで………全てレンさんの抱える感情。
ああ…そうか。僕の日常とは全く掛け離れた真逆な世界でレンさんは聞きたかったんだ。あの日言ったことの応えが。レンさんは櫂くんになりたかったんだ。家も遠くて、カードキャピタルなんて滅多に行けなくて、毎日僕はレンさんに逢いたいけどレンさんは忙しくて……だからこそレンさんが櫂くんの立場という逆の世界で『アイチくんはこっちの世界の方が幸せですか?』と聞きたかったんだ。僕はゆっくりと瞳を閉じてゆっくりと開けて真っ直ぐにレンさんを見てにこりと微笑んだ。

「……僕はこの世界はあまり好きじゃないです。なんか奇妙で不可思議で……なんだか迷子になったみたい。僕はどんな世界に行ってもレンさんを選びます。そしてどんな世界でも“雀ヶ森レン”というレンさんしか知りません。櫂くんは櫂くんだし、レンさんはレンさんです。えっと……上手く言えないです…とりあえずAL4にレンさんがいて、僕のデッキはロイヤルパラディンで、分身はブラスターブレードで……うんと…こんな…こんな日常が僕の世界だからレンさんは……わぷっ!!」

真っ暗な世界のはずなのに風が吹いた気がした。そうしてレンさんの匂いがした。ぎゅっとレンさんは僕をすっぽりと腕の中にしまい込むように抱きしめて「良かった」と何度か呟くように言う。それが心地好くて背中をさすりながらしばらく僕達は立ち尽くしていた。

「不安で仕方なかったんです、僕は櫂みたいに毎日アイチくんのそばにいれない。櫂みたいに強くない。櫂みたいにアイチくんの憧れになれない。櫂みたいに……昔のアイチくんを知らない……。僕は櫂になりたかった、そうすればアイチくんの日常は、世界は変わって幸せなのかと思った。でも安心しました、アイチくんはアイチくんで、僕は僕なんですね」
「僕はいつもの代わり映えのしない日常が好きです。だって代わり映えのしない日常の中にたまに現れる赤色があります。……クレープ、落としちゃいました…せっかくレンさんが買ってくれたのに……」

くすりとレンさんが笑う声が聞こえた。なんで笑うんですか、とむっとしながら聞けばまた今度買ってあげますよ、と嬉しそうに返すものだから約束ですよ、と言って目を閉じた。そうして僕は深い深い海の底に身体が沈んでいくような感覚に襲われた。
ある一点の光を留めた途端に意識は失くなり気が付けば自分の部屋のベッドにいた。夢?とばかりに辺りを見回しながらカーテンを開ける。太陽の光が眩しくて目を細めながらパジャマを脱いで制服に着替える。時間は7時。そうして階段をゆっくりと降りて一階に行けばエミがびっくりした様子で目を大きく開けている。

「おはよう、エミ。ちゃんと自分から起きたよっ」
「おはようアイチ、それが当たり前なんだからね!自己満足じゃだめだから!毎日続けるのよ!」

はいはい、と返せば「はい、は一回でいいの!」と言われてしまった。お母さんも少々びっくりしていたけど「偉いわ」と言いながら頭を撫でてくるものだから恥ずかしくて子供じゃないよ、と言った。ことりと朝ごはんのベーコンエッグとサラダ、フレンチトーストが置かれ「いただきます」と食べようとした時だった。

「……で、今日は日曜日なのになんで制服着てるの?」
「えっ」
「まさか今日が平日だと思ってた、なんて馬鹿なこと言わないよね?」
「あは…あははは…ま、まさか…」

……思ってました。と縮こまりながら言う。エミはやれやれと呆れながら肩をすくめてため息をついた。と、携帯が鳴りメールが受信されたのを見て、誰だろうと思いながら内容を見れば相手はレンさんだ。内容に一瞬目を見開いたが、ふにゃりと笑う。やっぱり僕の日常はこれでいいんだ。真っ黒なカラスしかいない世界を歩くとたまに不思議な白いカラスを見付けるように、こうでなくちゃ。僕にはそれでいいんだ。だって、それで幸せなんだもん!

『今日、空いてたらクレープを食べに行きましょう!美味しいクレープがある場所を見付けたんです!』





****

立ち見席さんリクエストで櫂くんとレンさんの立場が入れ替わっちゃう世界にくるアイチくんでのレンアイでした。
あんまりというか、かなり櫂くんの出番は無かったけどレンアイだから良いかなと……もそもそ。立場逆転なかんじって面白いですよね。迷ったけどやっぱりレンさんから貰うならブラダさんかな…と。櫂くんがAL4のリーダーなんて完全に悪い顔しかしない気がしますww
リクエストありがとうございました!(*^^*)


幸せシグナルはそれでいいのです
2013.01.05.


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