「祠?それを開けたら気付いたら此処にいたのか?」
「だからそう言っているだろ」

うぐ、と口を歪ませながらぴくりと大きなふさふさとした耳を動かす。蒼色の尻尾のような長い髪を背中から垂らし、ひたひたと床板を歩くアイチはクスッと笑うと静かに座った。どうぞ、と櫂にお握りを差し出すと三和は「おい、」とアイチを止めた。櫂も櫂でいらない、とばかりにアイチに返すがアイチは唸り始める。

「あ、で、お前は未来から来たて、その未来で俺とアイチとおんなじ顔したやつがいると…」
「と言うかお前はなんか変だ。狐人間か?」
「なんか嫌だな狐人間って……俺はれっきとした神様だ!」

ばばぁーん!と立ち上がり鼻をならして櫂を見下ろした。舌打ちをすると三和を無視してアイチにお前はなんだ?巫女か?と聞く。それもそのはず、アイチの格好は赤と白を基調とした袴。「俺の話聞けよ!」と叫ぶように櫂に言うともふもふと尻尾を櫂の顔にこちょがすようにあてていが、鬱陶しいと言うとバシッと叩いた。途端に三和はぼふん!と愛くるしい狐になりアイチに擦り寄る。

「櫂くんが言う通り、僕はこの山里を下りた所にある村の巫女なんです」
「? なんでわざわざお前らは離れた村にいるんだ」

何でかな、とばかりにアイチは笑う。わかってはいる、だが言わないだけか。あまり良いことではないのは確かなんだな。そんなことより、と言うかのようにアイチは三和の話をし始めた。アイチは三和くんは神様ですよ、と言う。これが?とばかりに言えばアイチはこれでも、と笑うものだからたまらず三和は人間の姿に戻った。

「アイチ、何で笑うんだよ!確かに今はあんな事があってこんな成りだけど、昔は神様だったんだぜ?ほら、尻尾が九本あるだろ、ただの妖狐じゃなくて……九尾の狐なんだ」
「神じゃなくて妖怪じゃないか」
「うぐっ……いや、妖怪って言えば妖怪だけど、神なんだって……そもそも勝手に人間達が妖怪って言ってるんだよ。元は神に近い存在でな、まぁいろんな説があるが…中国とか日本では狐を魔物とか憑き物としてよく物語で悪い霊的存在として登場させたりするんだよ。だけど少なくとも俺ら一族の尾裂狐(おさき)は何一つ悪いことをしていない、ただ勝手に創られた人間達の説話の所為で俺たちは……!」
「三和くんッ!!」

ふわり、とアイチの一つに結ばれた長い髪が揺れた。わるで我が子を慰めるかのように優しく包み込むように三和を抱きしめる。妖気、というものが溢れていた。一言で言えば殺気。憎くてしかたない、殺したい、憎悪が増して三和の姿はこの世では全くありえないものだった。血のように目は真っ赤に吊り上がり口からは牙を光らせる。九尾の狐は万単位の月日を生きた古狐が化生した妖狐の最終形態と言われているのを聞いたことがある。主に炎を操る妖狐。
ちりっ、とアイチは頬を微かに火傷した。そしてようやく三和はハッとし現状に気付くとふっと元の三和に戻り三和の服を掴んで離さないアイチを抱きしめた。

「っ、悪いアイチ、ごめんなごめんな……また俺…周り見えなくなって……」
「僕は大丈夫だよ、大丈夫……」
「でも俺、俺はアイチをまた傷つけた、アイチの綺麗な肌をまた俺は……」
「三和くんの気持ちよくわかるよ、伝わる……憎くて悔しくて、申し訳なくて…ただ見ているだけで……誰よりも自分が憎くて仕方ない……でも、僕はそんな三和くんが大好き、だってこんな気味悪い力を持っていても三和くんは側にいてくれる、ただそれだけでいいんだよ……」

“憎くて悔しくて仕方ない、そして…誰よりも自分が憎い“
その通りだ。目を閉じれば思い浮かぶのはアイチの姿。この世界にいるアイチと同じ容姿で、中身だって全く同じ。何も言わなくても伝わった。嫌いな誕生日の日には作れもしないケーキを作り闇鍋の如く何が入れてあるのかわからないケーキを作ってきた。それは美味しいなどと言えるようなモノではなかったものの、それは確かに感じた幸せだった。世界が変わっていく気がした。アイチがいるから、いてくれるから、俺のみたことない世界が広がっていった。
逢いたい、逢いたい、アイチに逢いたい。謝ってもう一度誓う。歯車は道を逸れてしまったのかもしれない。それでも最後まで信じてみる。
……そして――…なんだこの二名は。
と、ぴくりと眉を動かした。姿形はアイチと三和で、二人はまるで恋人のよう。ややしいことに姿形が同じなため、櫂は違うとわかっていても苛立ちを覚えた。櫂がいるのがわかっているのか、いないのか、いちゃこらとするものだからポコポコと櫂の頭にはハートが飛ぶ。仕舞いにはぺろりとアイチの頬を三和は舐め出す。

「…お前ら……」
「おっと、お子ちゃまには早かったか〜アイチ続きは夜にでゴフッ」
「ち、違うでしょ!!櫂くん、これは治癒なの!ほらみて!火傷の跡消えてるでしょっ!?」

言われてみれば……。確かにアイチの頬にあったはずの火傷の傷は綺麗さっぱり消えていた。顔を羞恥に真っ赤にするアイチより気になったのは三和だ。ゴキッと首あたりから音がした。案の定三和はごろごろと床板を転がっているではないか。ふと、アイチに何歳だ?と聞けば十七だよ、と返って来た。だからこちらのアイチは少しばかり大人びて見えるのか…納得。だが童顔なのは変わらない。
と、いつの間に人間の姿に戻ったのか三和はアイチに後ろから抱き着く。慣れたようにどうしたの?と聞けば、買い出しに行くと言う。アイチが三和に買って来て欲しい物を言うと、何故か三和は俺の腕を引いて行く。

「おい、何すんだ」
「何って買い出しだよ」
「だから何で俺まで…」
「あのなぁ……アイチは優しいからお前を助けたり、泊めてくれたりするんだぜ?ちょっと手伝えっつの」

三和はともかくアイチの名を出されるとこうも弱い。外に出て気付いたが此処は神社だったんだ。決して広いとは言えないが狭いとも言えるわけでもない。ただこれだけは言える。“粗末”だ。村の巫女と謳われるアイチがこんな粗末な場所にいるのか―――。
三和はそんな櫂を見ると悲しく笑い、下りるぞと言って石で造られた長い階段を下りて行った。
村から離れた、とは言っていたが随分と遠い。かれこれ40分は歩いているが着く気配がない。三和は妖弧なためか疲れた様子をみせず(櫂もまだ疲れてはいないが)黄金色の尻尾をふさふさと揺らしながら鼻歌までを歌っている。村に下りるというのにも関わらずそんな大胆にもののけを晒していいのか。神とても同じだろう。

「その邪魔な尻尾と耳はしまわないのか」
「ん?ああ……しまえたら苦労はしないさ」
「なんだ、しまえないのか」
「……力がないんだ。妖力がないんだ」
「さっきまではあんなに殺気混じりに出してただろう」
「俺は憎悪の時しか妖力が戻らないんだ、神である力も失った。昔はこうじゃなかったのにな……。力の出し方がわからない、自分に畏怖を感じてる……」


そうして三和は歩きながらぽつりと話始めた。後ろ冷たい過去の話。
昔は三和も妖弧として一族に生まれたという。そして妖弧は神様として崇められいた。村に住む村人はそんな一族を崇めながら毎年の豊作を献上し、また今年も村の安全を願ったという。無論、そんな村人の懸命さに応えた。神といっても何でも出来るわけではない、だからこそ出来る範囲で村人に応えようとした。しかしいつしか村人は変わった。神と崇めると同時に有り難みを忘れていった。“だって神様なのだから”そう口々に言っては当たり前だと言う。そして村人は欲を持つようになったのだ。足りない、足りない、こんなんじゃ足りない。恵を、富を、権力を。見返りを差し出そうとはせず欲望のまま大勢の村人は妖弧のいる里に押しかけた。醜い人間をみた妖弧達一族はそれには応えようとはせず、村から遠ざかった。また村人が……人間と共存したい。ただ人間は頼りすぎた、仕方ない、人間だから。欲を持つのは悪いことじゃない。だけど時間を置こうとした、そうしてもう一度………。
そんな願いは叶わなかった。欲を持った人間はますます欲を持ち、そして応えてくれない妖弧には用済みと言わんばかりに気味悪がった。もはや妖弧は神様とは言われなくなった。むしろ魔物、妖怪、そう説話を立てられたのだ。そんな存在を生かしてはいけない、殺せ、殺せ、殺せ!!!!!!!村人は里に火を付けた。そして一族を殺した。望んだ結果などなかったのだ。最後まで村人を信じた長に一族はついて行った。何も悪いことなどしていない、むしろ人間が私欲のために、説話を創ったから生まれた悲劇。たった一人、三和だけは助かった。ただ何も出来ず一族が殺されてゆくのを呆然と、震え、恐怖に蝕まれ―――父も母も殺された。亡きがらなど跡形もない。

「俺があの時、何か出来たわけじゃない。でも何かは出来たかもしれない。進まなかったんだ、……諦めたんだ」

怨んだ。村人を。人間を。誰よりも、自分を。憎み、後悔し、泣き、叫び、芽生えたのは憎悪だった。自分と人間に対する憎悪。無力なんかじゃない、許さない、許さない、誰一人として許さない!!!同じように殺せ。火をつけて、咽を刔り、爪に血肉を詰まらせ、躯を引き裂き、腕を噛み契り、臓器を潰せ。納まらない、納まらない。どんなに殺してもこの憎悪は納まらない、許せない、自分を……こんなにも弱い自分が許せない……!!!
何年も、何十年も、何万年も―――俺は憎悪だけを抱えたまま生きた。血を飲み、肉を食す。そして力を、圧倒的な力を手に入れた。日本最大の妖怪、九尾の狐。尾は九つに別れ、妖力は溢れんばかりに身体を包む。それと同時に身体が限界だった。何万年とも時間を過ごすうちに身体に支障が出る。圧倒的な力は俺の身体には馴染まなかった、ろくに動けない、立つことすらままならない。神から離れた大妖怪ともなった俺は情けないことに倒れた。
“ちくしょう、なんで動かないんだよ!!俺はまだ、満足なんかしてない!殺すんだ、殺すんだ!!!”
悔しくて憎くて、醜くて辛かった。独りだった。何万年ものあいだ身を隠しながら生きてたった独り。そして俺は光を見た。幼い顔立ちだったが凛と勇ましく立つ少女は背中から垂らした長い髪を揺らし、泥と血にまみれた顔を…頬に触れた。それは忘れることの出来ない出会い。
“けがをしてる……きつね…さん?きれいな毛だね、まってて、いまほうたいを持ってくるから!あっ、あやしいものじゃないよ、ぼくはアイチって言うの、きつねさんは何ていうの?おなまえ教えて?”

まだ歳は五歳にも満たない少女は気味が悪かった。だって子供じゃないんだ。怖がらず冷静に笑うんだ。だけど俺は不思議とその時、憎しみの感情がなかった。まるでアイチが浄化したかのように……。まるで、じゃない。確かに、だ。アイチには俺が全部を語らなくてもわかっていた。否定をした。

「“もう重りを降ろしていいんだよ、憎まなくていい。もう十分……。だって貴方は誰よりも強いんだから”」

素直に、嬉しかった。と三和は言う。一番言ってもらいたかった言葉を言ってくれた。どんなに望んでも言ってはくれない言葉を言ってくれた。
なんで……なんで同じなんだ?奇跡?偶然?紛れも無い―――必然じゃないか……。三和も同じで自分が憎いんだ、過ちは引き返すことが出来ないんだ。だからこそ、凄いんじゃないか。アイチという人物はリンクしていた。どうしてそこまでアイチという存在は必然を生む?
俺は過去という世界にきて一体何をすればいい?教えてくれアイチ、お前は何を伝えたいんだ?こうしている間にお前はどんな夢を歩いているんだ?俺は―――。

「ほら、着いたぜ!あぁ、あとお前は俺から距離置いて歩いてくれな」
「なんでだ?」

石にあたりたくなかったら、と薄ら笑いを浮かべると村に出た。言ってみれば村はアイチのいた粗末な神社よりよっぽど綺麗だった。市場で栄えており賑わっている。そして俺は深入りをしてしまった。この世界にいる三和とアイチについて。知るべきじゃなかった。それでも―――俺は知っておくべきだったんだ。間違えてはなかったんだ。自分が滑稽だ。今、自分に贈るならこうだろう。

I am weak and I am selfish
(俺は弱くてわがままだ)

と。

130107


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