「アイチくん、お腹空きましたねぇ」

と、アイチを背後から抱き着いたままレンは言った。先程から見ていたのは邦画。何が面白いのかわかりません、と言ってレンはアイチと二人きりで見るためにDVDをアサカに借りさせてきた。
もちろんアサカのことだ、アイチが大好きなレンのためにも恋愛映画ばかりを借りてきたのだろう。が、結果的にレンは映画よりも目の前にいるアイチにしか興味がないため、面白い、などという感情は映画には向けられていない。

「確かに…。もうおやつの時間ですね」
「そうかと思って、僕ケーキを用意してました。アイチくん食べましょう?」
「ケーキ!」

その甘い単語にアイチはぱぁっと顔を輝かせ、嬉しそうに微笑んだ。そんなアイチが見れて幸せなのか、ぽやぽやと周りに花をちらつかせながらレンは立ち上がり部屋にレンのある小さな冷蔵庫からケーキを取り出した。中を開けば、モンブランに苺のショートケーキ、ザッハトルテにフルーツタルト、チーズケーキ、苺のミルクレープが入っていた。これもまた、アサカが買ってきたに違いない。甘くて美味しそうなケーキを選んできただろう。

「もちろん、アイチくんは苺のショートケーキですよね?」
「はいっ。ショートケーキ、好きです」
「アイチくんには苺のショートケーキが良く似合います。ふわふわして、甘くて、苺の所がとっても」
「よ、よくわかんないですレンさん…。でもふわふわなら、レンさんの方がふわふわしてますよ」

にこりと笑えばレンは「そうですか?」と聞く。アイチが頷けば気難しい顔をして、ザッハトルテを取った。子供のようで面白い。

「レンさんは苺のミルクレープじゃないんですか?」
「苺はアイチくんです」
「でも、レンさんも苺が似合います。赤くて…苺を見る度にレンさんを思い出します。瞳に髪、雰囲気……」
「僕は空です。空を見る度にアイチくんを思い出しますよ。あとは鳥を見る度にお腹が空きます」
「!?」

ぽやぽやしながら言うものだからアイチは慌てながら、食べちゃだめですよ!?とレンに言い聞かせた。するとレンは、「あっ」と言って立ち上がるとアイチを見た。

「紅茶とコーヒーどっちがいいです?」
「じゃあ…紅茶で、」
「やっぱりアイチくんにはオレンジジュースの方が似合うのでそっちにして下さい」
「選択肢に無かったですが…」
「あれ?そうでしたか?」

まぁいいです、と言って100%のオレンジジュースを取り出しコップに注ぐとアイチの前に置いた。高級感のある光沢や絵柄にも関わらず中に入っているのはオレンジジュースという、なんともバランスのとれてない組み合わせに申し訳なくアイチは思ってしまった。レンはインスタントが嫌いなため、自分でコーヒーを作り始めた。

「そういえば、櫂くんもコーヒー派なんですよ。ブラックコーヒー飲んでて……僕じゃあとてもじゃないけど苦くて…」
「櫂…?むっ。なんで櫂が出てくるんですか」
「あ、えと…コーヒー見てたら思い出して……」
「コーヒーイコール櫂の数式なんて許しませんよ!アイチくんなんて嫌いです!」
「ふぇえ!?レ、レンさん?!」

途端にむすっとレンは頬を膨らませればアイチに背を向けた。アイチは困ったように眉を下げ、レンを宥めた。だがレンの機嫌は中々直らずムスッとしたまま。

「れ、レンさん…?」
「つーんっ」
「あぅう…。す、好きです…レンさん大好きですよ!」
「………櫂よりも?」
「か、櫂くんよりも!」

こくこくと頷く。そうすればレンはくるりと振り向いてにこりと微笑んだ。良かった、と胸をほっと撫で下ろし肩をすくめた。と思った矢先だった。びたん!と音を立ててアイチの身体は絨毯の上に倒れ上にはニコニコと笑いながらレンが乗っている。

「!?」
「僕もアイチくんが大好きですよ」
「あ、りがとうございます…?えっと…退いて下さい」

だが至ってレンは退こうとはせず。困った表情をすればレンはますます嬉しそうにする。カチャ、とフォークと苺のショートケーキを手に持つとスポンジと生クリームを掬いアイチにちらつかせた。

「はい、あーん」
「えっ?」
「美味しいですよ」

全くもってアイチの話を聞く気は無いようだ。しぶしぶと口を開けばぱくりと口の中にスポンジと生クリームの甘い味が広がり鼻には苺の香がふわりと漂う。だがたった一口、それは幻のようにすぐ溶けてしまいなんとも口惜しい。

「もう一口…下さい、」
「欲しがりやさんですねアイチくんは。そんなに美味しいですか?」

こくりと頷く。甘いものは大好きだ。幸せな気分になれる。
相変わらずレンはアイチの上に跨がったままフォークでケーキを掬う。だがそれはアイチの口には届かずレンは見せ付けるかのように、自分の口の中に運んでしまった。

「むふーっ、美味しいですー」
「れ、レンさん!僕も食べたいです!」

手を伸ばしてわたわたとするがまた一口、と食べてしまう。それがあまりにも美味しそうなのでますます空腹を感じた。

「レンさん、レンさ、んむぅ!?」

それは突然だった。勢い良くレンはアイチの唇に自分の唇を押し当て、舌で唇を割って入る。ぬるりとしたレンの舌は奥深くに押し込みアイチの舌を捉えた。するとゾクゾクする感覚の他にふわりと甘い味。苺のショートケーキだ。

「ん、ふぁ、っんん…!」

もう思考回路はめちゃくちゃだ。甘い、甘い、甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い―――。
ケーキが甘いのか、わからない。レンの舌を伝わって甘いケーキの味がして欲求が募る。だからますます欲しくなりアイチも自分の舌でレンの舌をまさぐる。
レンにそれが伝わったのかはわからないが、首に絡めた腕が心地好いのか口づけをレンは中々止めない。酸素が欲しくなって唇を離そうとするのをまるで許さないと言うかのように、何度も、何度も―――…。

「――っは、は…はぁ、」
「ケーキ、美味しいでしょう?まだありますよ。はい、アイチくん」
「っ……」

一瞬、目を逸らしたがにこりと笑いフォークに刺さったケーキを差し出すものだからしぶしぶ口を開いた。そうして口を動かし味わうように咀嚼する。
そうすれば甘い甘い味が口の中いっぱいに広がる。……のだが、

「へんです…」
「何がです?」
「…甘いのに……さっきよりは甘くないです…変…」

思わず眉を潜める。確かに甘い。スポンジと生クリームが絡み合い、そして苺の甘酸っぱさが感じる。しかしどうもアイチにとっては先程食べた(とは言っても口移しだが)よりは甘いと感じなかったらしい。

「ふぅん、ならやはり僕が食べさせてあげま、」
「い、いいです!ケーキぐらい自分で食べれますっ!」

そう言うと、ひょいっとばかりにレンからケーキを取り上げて、レンを退かしもぐもぐと食べ始めた。気のせいだ、とでも言い聞かせるかのように。レンもアイチを見たあとにザッハトルテをとり食べ始めた。ふと、アイチの口元にクリームが付いていることに気が付き、レンはふっとアイチに顔を近付けた。
だがそれに気付くと条件反射なのかバッと後方に下がる。

「な、なんで、す!?」
「いえ、口元にクリームがついてたのでとってあげようかと」
「自分でとりま、す!どっちです?」

そう言ってケーキを置き右手で口元を触ろうとしたがあえなくその右手はレンに掴まれてしまった。

「うさぎ、みたいですね君。さしずめ僕はオオカミでしょうか?」
「いたっ…!痛いですレンさん…!!」
「ねぇアイチくん、」
「っ、なんですか…!?」

腕をギリギリと掴んだままレンはにこりとアイチに笑い掛けた。思わずその微笑みが恐ろしく感じてしまう。

「紅茶の文化って18西紀にアイルランドに伝わったって知ってましたか?」
「………はい?」

この緊迫した状況で(アイチにとっては)いきなり紅茶文化について言われてしまい相変わらずレンはわからないとばかりに目を丸くしたままぱちぱちと二回瞬きをした。

「いえ、実際コーヒーよりも紅茶が好きなんです僕。紅茶って色んな種類があるじゃないですか、あとは美味しいですし。やはり基本的に言えばダージリンが好きです」
「は、はぁ…?確かに紅茶は美味しいですね。ダージリン、ウバ、キーマンは世界の三大紅茶と言われてますし…」

突然の話題にアイチまで少々真面目に答えてしまう。母親が紅茶が好きなだけあってか、いつの間にかこうゆう知識は身についていた。

「マスカテルフレーバー……強い甘い香があり比較的渋い味がウリだったりするダージリンの高級茶ってアイチくんみたいですよね」
「どこがです…?」
「そのままんまですよ、甘える時は甘えるだけ甘えて可愛いのに、今みたいにこうやって甘い、とは逆に反抗的になる、アイチくんは凄いですね。苺でもうさぎでも紅茶にだってなれます!」
「全然嬉しくないです…」
「ふふん。まぁ、そんなこといわずに、ね?」

ちゅ、と何か口元に触れたかと思えばぺろりと舐められた。
レンはしてやったり、と言わんばかりにニヤリとアイチに笑い掛ける。ぼぼっと顔が真っ赤になるのが分かった。口元をきゅっと結ぶと悔しかったのか、まだ一口分残っていたレンのザッハトルテをフォークで刺し食べる。

「あぁ!アイチくんなんてことするんです!最後の楽しみだったのに!」
「レンさんだって僕のケーキ食べたじゃないですか」
「それとこれとは別です!ミルクレープ食べちゃいますよ!」
「どうぞお好きに」
「ぐぬぬ…!!今日は家に帰しませんからね!!」
「!?」

がばりと後ろからアイチに抱き着き床に倒した。俯せ状態になっているアイチに擦り寄り、悪い顔(まるで闇堕ち状態)なレンはアイチの耳に囁いた。

「安心して下さい、ケーキよりも甘くて紅茶よりも有意義なひと時をアイチくんに差し上げますから」

首だけを薇仕掛けの人形のように冷や汗を垂らしながらアイチが振り返りば、ワインレッドの瞳はユラリと揺らめいた。
助けを請おうとした腕はあえなく捕らえられ………。

「ひっ…!!?や、やめて下さ、」
「食べ物の恨みって………怖いんですよ。だから、アイチくん、僕の空腹をちゃあんと…満たして下さいね?」

これは逃れられないな、と分かっていても抵抗してしまうのは本能なのだから仕方ない。
ついでに明日が休日で良かったと思いながら、レンの物は勝手に取らないよう気をつけようと心に誓ったアイチだった。



****

咲亜さんリクエストでほのぼのな可愛いレンアイでしたが……相変わらず期待に沿えない文章で申し訳なさす…!!レンアイちゃんは大好物なのに上手く表現出来ない、リクエスト内容が素敵だったのにくぅ…!!(;;´ゝ`)
ナイトメア〜完結おめでとうございます、のお言葉ありがとうございます!////
こんな文で良ければ受け取って下さい……!!ではではリクエストありがとうございました〜!!


ストロベリーラブ
2012.1021.




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