いつもは妹のエミちゃんに起こしてもらうアイチが今日は自分から起きたときいてそれはそれは驚いた。もう少しで中学生も終わるという受験生なアイチは勉強で夜更かしをしていて睡眠不足が心配、とエミちゃんから聞いていたものだが俺はてっきり、毎日寝坊を繰り返しているのかと思っていたからだ。しかもどうゆう風の吹き回しなのか知らないが、アイチが俺を迎えに来たのだ。朝一緒に学校に登校するなど初めてじゃないか。これでも俺とアイチは幼い頃からの付き合いが長く俗にいう幼なじみ、ってヤツだ。しかしながらアイチは昔から気が弱く虐められていたためもっと引っ込み思案になり、不登校にもなりかけた。その頃の俺はと言えばカードゲームに夢中で幼なじみであるアイチに会いに行こうとはせずに外で駆け回っていた。そんな中、一番仲が良かった櫂トシキというヤツが「最近、ぼろぼろな奴を見るんだよ」と言い始めた。無論、それがアイチだとはせずに俺はただ笑った。今にして思えばその時の自分を殴ってやりたい。

「悪い、待たせたな」
「ううん、そんなことないよ」

にこり、とアイチは笑う。その笑顔だって今俺に向けてくれて良いのだろうか…と不安になる。四年前、櫂はアイチにとあるカードを渡した。虐められぼろぼろになったアイチを方って置けなかったのだろう、放した言葉はあまり良いものではなかったもののアイチは櫂に魅せられた。強く気高く、全てを包み込む光の騎士……たったそれだけのことでアイチの心は開いた。
櫂があまりにもそれを自慢気…というかまるで恋をしているように話すモンだから後をつけてみれば相手はアイチ。そりゃあ後悔した。俺がフラフラしているうちにアイチは傷付き、泣き、そして櫂に恋をしていたのだから。そんなこんなで月日は早いもので、櫂にも色々事情があり引っ越したと思えばクールでムッツリになってまた四年経った今、帰って来たのだ。もちろんアイチは櫂が戻ってきたことに大層喜び、一段とアイチが輝いて見えるようになってしまった。

「髪、伸ばすのか?」
「うん、高校生のイメージ!」
「つまりミサキちゃんな」

アイチが言うには高校生になるから伸ばしたいな、だがきっと櫂のためだろう。俺が櫂に髪の長い女と短い女はどちらが良いかと聞いたところ「どちらでも良い」と言っていたがその時一瞬だけちらりとミサキちゃんを見たのをアイチは見逃さず、髪を伸ばそうと決めたのだろう。
そもそも髪とかよりもアイチの場合は、中学生でありながら胸は大きく身長は低いという発育のアンバランスだ。顔は相も変わらずロリ顔という核爆弾より恐ろしい。胸のことは気にしているのか冬場は重ね着ばかりをしているが…まぁ見積もってDだろう。身長の栄養分はこれからも胸に行くに違いない。

「あれ、三和くん…ボタン掛け間違えてるよ?」
「え?ああ、本当だ…っやべ、最初からズレてるし!」
「あはは、三和くんってしっかりしてると思えば実はかなりおっちょこちょいだよね、変わんないね」
「お前も言うようになったなぁ…俺はまだおもらししてたアイチが最近のように思えゴフッ!」

掛け間違えたボタンをアイチが直していたが、コンクリートに置いていた鞄を手にとると三和の顔面に直撃させた。あくまで最後まで言わせないつもりみたいだがほとんど言い切ってしまっている。頬を摩る三和をあとにボタンを律儀に直したアイチは頬を膨らませてスタスタと先に歩いて行ってしまった。やっちまった、とばかりに三和は駆け足で追い掛けたがアイチは一向に三和の方を見ようとはしない。これでもアイチは頑固な部分もあったりするのだ。ふと、スカートがいつもより少々短いことに気が付いたがこの状況では口を聞いてくれそうにないので聞くのはやめた。むしろ何で朝一緒に登校しようとしたのか聞きたかった。が、もうアイチの通う中学校についてしまったのでアイチに「行ってらっしゃい」と声をかけると来た道を戻り高校に向かった。

***

「俺が思うにさ、櫂に会いたくて俺と一緒に登校したんだよなアイチ」

はぁあ、と深いため息をつきながら椅子に座る。珍しいことに店長代理が三和に擦り寄ってきた。なんだか同情されてるみたいで、ほろりとし店長代理を抱き抱えるとうだうだと愚痴をこぼし始めた。ほとんどがアイチのことばかりで、「アイチに会いたい」だとか「俺は馬鹿だよなー…」と情けないことばかり呟く三和に黙って聞いていたミサキは段々苛々が募ってくる。

「めんどくさい奴だね、あんた」
「そーなんだよ俺はめんどくさい奴だー。もういっその事、アイチが櫂に告白してフラれてくんないかな、まで考えてちまってさ…これはもう最低だよなミサキちゃん…俺どうすればいいと思う?」


ごろごろと鳴く店長代理の首元を撫でながら、苦笑いを零した。アイチが悲しむところなんて見たくない。だが、アイチがずっと櫂を追い続けていつか二人が結ばれるんじゃないかと考えると、ただの“幼なじみ”という肩書きしか残らない気がして三和は怖かった。昔ならアイチが幸せなら俺も幸せだ、なんて胸を張って言えたかもだが今はそんなはずがないんだ。これでも昔からアイチには目を見張っていた、だけど一時期アイチから遠ざかった……だから罰が当たったんだ。昔のように嬉しそうに日だまりの様な笑顔を向けるアイチがずっと隣にいればいいのに、ただそれだけのことのはずが敵わないなんて信じたくなかった。櫂を見ていて欲しくない、気付いて欲しい、櫂なんかよりもずっと長い間アイチの隣にいたのは俺だということに気付いて欲しい―――。いっその事、アイチを壊してしまおうか……そこまで考えたりもした。

「アイチにまだ好きとも言ってないクセに決め付けるのは早いんじゃないの?」
「ンなの見ててわかるだろ、櫂にゾッコンだって。俺はアイチが好きだ、だけどよそれでアイチが俺なんかに気を遣っちまったらどうする?やっぱ駄目だそんなの。そもそもアイチは恨んでるに違いないさ」
「は?なんでさ」

意味がわからない、とばかりに読んでいた本を置いた。四時半を過ぎてもまだショップには三和とミサキしかおらず、櫂は今日は昼寝をするだとか言って来ていない。中学生組は委員会がどうたらこうたらと昨日言っており、まだ来ていない。これ幸いにと、とりあえず相談相手であるミサキにあれよこれよとアイチの話をするのだ。ミサキにとってはいい迷惑だが三和は気にしない。三和はアイチのことで頭がいっぱいいっぱいなのだから。

「俺はアイチを見捨てたんだ。一番近くにいたのは俺だったのに、自分のことばっかり考えてアイチを見なかった。本当…悔しいよな」
「あんたは、アイチが自分のことを嫌いだと思ってんの?」
「まぁ……な…。思わないようにはしてるけど……」
「……あんたってさ…本当にクズだよね」
「え?ちょ、ミサキちゃん?何を、」

ミサキは立ち上がると三和を無理矢理トイレに押し込み、ばたんと閉めた。訳がわからず出ようとした三和に「あんたは黙ってそこに入ってな」と一言いい放ち、トイレの前に段ボールを何個か置いた。もう一度ミサキの名を呼ぼうと口を開いたが躊躇い閉じた。否、気配を消すように……固まって三和は動けなくなった。怖じけづいたのか、とでも自分に言いたい。ショップにアイチが息を切らしながら入って来たからだ。

「こ、こん、にちは…!」
「アイチ大丈夫?走ってきたの?」
「委員会長引いちゃって……それと……あ…まだ来てないみたい…」

思わず誰が?と聞きたくなったが言わずもがな、相手は櫂だろうとずくにわかりがくりとした。こんなにも情けない自分にますます情けなくなりトイレから出るのが嫌になった。ミサキはショップには今、自分とアイチしかいないと言うことにしており会話には華があった。ケーキの話から始まり、今は最近流行の服の話をしている。ふとアイチはミサキの長いさらさらな髪を見て何処か羨ましそうに呟いた。

「僕もそのくらい欲しいなぁ……ミサキさんの髪綺麗ですよね」
「キューティクルをもつアンタの髪の方が綺麗だよ。伸ばしてるんだっけ?」
「はい…。に、似合わないとは思ってるんだけど…その……長い方が好きだって…言ってたから……」
「そうなの?初耳だよ」

アイチは照れながらもぽつりと話す。やはり乙女の力は偉大だ。恋する乙女は最強だ。これ以上は聞きたくないはずが、何故か三和は耳を押し当ててそっと聞いた。アイチの口から出る本音は久しぶりに聞いたからだ。ましてや恋の話など初めて聞いた。髪の長さに続き次はスカートだった。今朝三和が気になったスカートも、オシャレに気を遣い始めたらしくミサキから借りたファッション雑誌を読んで短くしたという。櫂のために伸ばす髪も、スカートの丈でさえも今は全部が恨めしい。伸びたら切ってしまいたいくらい。

「で、最近どうなの」
「えっ……ど、どうと言われましても……」

ふと、思い付いたかのように言うミサキにアイチは途端にしどろもどろになりながら指をくるくると回す。トイレの個室で三和は声を殺すように静かに聞く。もごもごと詰まるアイチにミサキはばっさりと「なら、さっさと告白しちゃいなよ」と言った。「なっ…!?」とアイチは真っ赤に三和は真っ青に顔色を変える。確かに櫂とアイチは両想いなんだからさっさとどちらかが想いを告げればいいことだ、しかしそしたら俺は………と三和は一人葛藤をしていた。情けなくて、恥ずかしくて、どうしようないくらいアイチが好きで、様々な感情が込み上げて三和は力が抜けたのかがくりとうなだれるようにしゃがんだ。アイチの口から櫂の話など聞きたい訳もない。そんな三和の感情とは裏腹にアイチは「…確かに…」と呟いた。

「でも……でも、多分僕なんかじゃあ子供だから無理、って言われて駄目なんだと思います……。妹のような存在にしか…」
「なんで決めつけちゃうのさ。まだわかんないじゃん」
「……昔から一緒にいればわかるんです。いつも優しくて妹を扱うように頭を撫でたり、女の子には人気者で気配りも出来て、振り回して……期待しちゃうんです、自分だけ恥ずかしくなってまともに顔が見れなくて、きっと今日僕がスカートを短くしたのも朝一緒に登校したのだって、あんまり気にしてないんです三和くんは…」
「……」
「幼なじみ、とかそんなんじゃなくて好き…三和くんが好き…!!どうしたらわかって貰えますか?」

スカートの裾をぎゅっと握り目には水の膜をうっすら浮かべながら紅潮したアイチはそうミサキに言う。と、ミサキはにやりと口元を緩ませるとちらりと横目でトイレの個室を見た。そうして立ち上がるとトイレの扉の前に置いていた段ボールを退け、コンコンと数回ノックし不思議そうにミサキを見つめるアイチに更に笑みを浮かべた。

「―――だってよ、三和」
「……え…?」

アイチはぱちくりと目を数回瞬きしたが状況がわかるとみるまる顔を真っ赤にさせて、ガタッと椅子から立ち上がるとぱたぱたと走ってショップから出て行ってしまった。ミサキが呼び止める隙すら与えなかったため今だトイレの個室から出ようとしない三和に「なにやってんのさ」と声をかけて開ければ三和はまだしゃがんでいる。

「……男の事情?」
「可愛い顔してそうゆうことサラっと言うなよミサキちゃん!!」

違う、と抗議しながらも立ち上がろうとはしない。そうすれば今度は井崎と森川の中学生組とカムイやエミなどぞろぞろとショップに入って来たのでミサキは三和の相手をやめ「早く追い掛けな、クズ」と言い残しカウンターに腰掛けた。井崎と森川は何をしてるのかわからない三和に気付くと声をかけてみる。途端に拳を握り雄叫びの如く叫びながら立ち上がり森川の肩を組むと上機嫌な三和がいた。
髪を伸ばそうとしたのだって、朝一緒に登校したのだって、スカートの丈を短くしたのも……。アイチは俺を嫌ったりなんかしてなかったんだ。一体俺は何年うんうん悩んでたんだ、こんなにもアイチは近かったじゃないか―――。今からでも間に合うよな、遅くないよな、だから言わせてくれよ。ずっと前から俺はアイチが世界で一番好きだって!!




****

みつかんさんリクエストより幼なじみな三和アイ♀でした!三和くんなんというヘタレ!チキン!私の中の三和くんは実はドSな鬼畜野郎なのに!幼なじみ感0で申し訳ない(;;^ω^)
結果的に言えばアイチちゃんにとって櫂くんは憧れで三和くんが本命なんですが、一番男前なのはミサキさんだった気が……。三和くんとアイチちゃんのすれ違い両片想いな勘違いちゃんということでお粗末様です…(長い)。リクエストありがとうございました!


コバルトブルーを捕まえに
2013.01.04


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