「おい、妖怪が来たぞ!早く隠れろ!」
「ああ、恐ろしや恐ろしや……!!」
「巫女さまの遣いだとか知らないけど、よくも巫女さまもあんなもののけ……」
「仕方ないさ、巫女さまも気味が悪いんだから」

耳に入る。それは心地好いはずもなく、むしろ雑音。嫌になる。そして体験したことがある。父と母を失った俺を受け入れてくれる家など無かった。荷物、邪魔、無愛想で気味が悪い、―――どれもこれも口を揃えて言う。居心地の悪さに押し潰されそうになっては何も信じないと決めた時と同じ………。
だが三和は慣れたようにいつもの調子の良い笑顔を浮かべて歩いていた。無視をしているんじゃない、視界から消してる…元からいないのだとしているんだ。賑わっていた村はそこには無かった。皆、逃げるように姿をくらましている。

「おじちゃん、野菜と米をくれ。ああ、あと油揚げな、」
「野菜と米はもうほとんどない。他を当たってくれねぇか」
「おいおい、馬鹿なこと言うなよ。巫女さまにチンケなモノを食わせろって言うのか?」

肩を竦めて笑った途端に三和は露店の店主の首元を掴み持ち上げた。笑っているが怒りしかないその後ろ姿に、声が掛けれずにいた。その途端に辺りにいた村人はどよめき叫び出す。そうしてありったけの食べ物を三和に投げ付けた。早くこの村から出ていけ、とその罵声の言葉と同時に。

「なんだ、やっぱりあるんじゃねぇか。ああ、でも油揚げがないなぁ…まぁいいか、」

よいしょ、と落ちている物を拾えば帰るぞと言いたそうに俺を見た。ついでに何故か荷物持ちの手伝いをする羽目になる。お陰で俺まで何故か妖怪扱いされた。変な着物を着ている、だとか俺が三和の使いだとか。それを聞いた三和は今にも腹を抱えて笑い出しそうだったため背中を蹴れば、神様に何すんだ、と言いだす。

「妖怪だろうが」
「あーもー、だから違うっつーのー!俺は、…っと、危ねえ」

くるりと身を翻し、突然背後から飛んできた小石を避けた。振り返ってみれば子供。目を真っ赤にして怖いのか怯えながらも腕には沢山の小石を抱え込んでいる。
これが、三和が言っていたあれか。なんとも子供染みたことをする。いや、子供だから仕方ないか。

「妖怪なんか、俺たちの村に来るな!!」
「そうは言われても食いもんがないとどうしようも無いだろ」
「だったら早いとこ野垂れ死んでしまえ!!どうせあの巫女だって死ぬんだろ!何が巫女だ、村の役になんか立ってねぇじゃないか!お前らがいるせいで俺たちは―――!?」

ざわざわと林が揺れた。
嫌な感じだ。アイチが目を覚まさなくなって訳も分からず来た世界でもよく繋がる。吐き気がする。
“あの子がいるせいで私達は――…”
いるせいで何だと言うんだ。誰も望んで生まれた命じゃない。誰も助けなんか求めていない、勝手に決めるな、もう俺に構うな!!
『どうして?』
……?!
『櫂くんが勝手にするなら僕だって勝手にする。理不尽なんかじゃないよ?だって、櫂くんが何しようと僕には関係ないのと、同じで僕が何しようと櫂くんには関係ないでしょ?』
….そうゆうのは屁理屈って言うんじゃないのか…。
『えへへ、そうかもしれないね。……ねぇ、櫂くん、僕は待つよ。ずっとずっと待ってる』
何を待ってるんだ?
『……待ってるよ。櫂くんが、自分を許してくれる時までずっと…僕は永遠に待ち続ける…』
どういう意味だ?アイチ、……アイチ?アイ、……、

「おい、櫂ー?」
「っ!?」
「なーにぼぅっとしてんだよ。腹でも空いたのか?」
「…いや、違う、」

今のは夢……なんかじゃない。いつの日かアイチに言われた言葉の気がする。そうだ、あの頃の俺は自分自身を上手くコントロール出来ずにいた。むしゃくしゃして誰かに当たっていたんだ。ただ、アイチは自分の好きなようにする、そう言って何をするわけでもなく、公園のベンチに何時間も座っていた。あの日のあと、馬鹿みたいにアイチは風邪を引いていた覚えがある。

「そういえば、三和、あの子供はどうした?」
「あ?子供…ああ、帰したよ村に。邪魔くさいからな。どうせ短い命、あと少しだけ楽しめば良いだろうし」
「はぁ?」

意味がわからん、と言えば三和は気にすんなと後味の悪い言葉を返す。面倒臭くなり歩き出そうとしたらがさがさと葉のこすれ合う音がし、今度は何だと思いながら振り返るとそこには少女の姿があった。髪は肩に付きそうな位で栗色の髪の毛だ。しかし見覚えのある顔。特に目元なんかそっくりだ。大きく丸い綺麗な瞳はそう…アイチの妹に――…。

「良かった、まだいた…。狐さん、こんにちは。あの、石…あたってませんか?大丈夫ですか?」

その少女は、何故か申し訳なさそうに言うのだ。少女が石を投げた訳でもないし、失礼な言葉を掛けたりしてはいないのにまるで自分が悪いんです、と自傷しているかのように。
三和をちらりと横目で見れば先程の怒りはなく、むしろ情けないような、へにゃりと笑っている。何だか無性にそんな三和が気味悪く「お前、ロリコンだったのか」と言えば、ちがうと否定をされた。ロリコンと言う言葉がこの時代でも通じるのか。

「もう来るなって、この間言ったろ?俺は大丈夫だからお嬢ちゃんは早く村に帰りな、親が心配するぜ?」
「別に良いんです、第一狐さんは悪い人じゃないですから……それよりも、これ良かったらどうぞ」

少女はそう、にこりと微笑むと袋に入った油揚げを手渡す。途端に三和の邪魔くさい尻尾が犬のようにわさわさと揺れ、じゅるりと、涎を垂らしながら歓喜に包まれた笑顔を浮かべながら受け取っていた。
この狐、本当に油揚げが好きなのか…。だったらあっちの三和も好きなのか?油揚げ。

「い、いいのか?これ……」
「はい、いいんです。良かったら、巫女さまと一緒に、と思ったので…」
「―――…あ、ああ…。そうだな、きっと喜ぶよ、巫女サマ、」

ぽふりと少女の頭を撫でて、三和はありがとうな、と言うと少女は嬉しそうに笑いまた、と言ってパタパタと村に戻って行った。暫し三和はその後ろ姿をただ何も言わず見つめ、俺の方に振り返れば戻るか、と言って貰った袋を握りしめていた。

「……あいつ、アイチの妹だろう」
「は…?なんで知ってんだよ…!?」
「俺のいる、あっちのアイチにも妹がいて、さっきの奴と瓜二つだからな」
「…あー…そっか、そうだったな、櫂がいた世界は……未来だかって所だもんな……」

してやられた、とばかりにため息を吐けば悔しそうに三和は唇を噛み締めた。
何か事情があるのだろう、何しろアイチの妹はアイチが巫女と言うことを知ってはいないようだったから。例えるなら、尊敬のような眼差しで“巫女さま”と言っていた気がする。深く追求してはいけない、そう分かっていても気がずにはいられなかった。

「何故アイチは、妹と一緒に住んでいない?」
「……アイチはさぁ、親を村人に殺されたんだよ」
「は……?」
「あれは、まだアイチが六つになった時だ、アイチのあの力は村中に伝わってな、それまでは至って普通の少女だったんだよ。だけど村の長がそんなアイチを神の子だって言うようになって、アイチはこの村の巫女になることが決まったんだ。だけど巫女なんかやったって意味ないことくらい知ってたし、巫女は十七の神を祀る祭で生贄にされることだって知っていた、だからこそアイチの親は反対をした。巫女は十七を迎えたその祭りで神になり、これからの村の平和の種にされる。…アイチだって好きで巫女になったわけじゃない。あんな狭い檻から出れず、こうやって外を歩くのさえ出来ない。
っと、話が逸れたな…。結果、長に逆らったという理由で親は殺された。生き埋めだったんだ。そんな親を助けることなんか出来ず、伸ばされた手すらアイチは掴むことが出来ず、目の前で殺された。泣いたって、叫んだって、誰一人としてアイチに同情はしない。これも村の為、そんなエゴで当たり前とするんだ。その当時、アイチの妹はまだ生まれて間もなくて、親の顔をはっきりと認識してない。たった一人残ったアイチの大切な家族も、何処かの家庭に引き取られてしまった……。あの子は村のために頑張る素敵な巫女さまとしてアイチを見ているんだ。アイチと血の繋がりのある大切な存在としては知らずに、ただ憧れを持っているんだよ、――…だからアイチは俺が守らなくちゃいけないんだ。アイチは一人だ、いつだって一人だ。俺はアイチの親を救えなかった、ただ怒りに任せてあの日は村人を殺しちまった。もう、アイチは哀しい顔をしないで欲しい、今すぐにだってアイチをこの村から出してやりたいんだ」

だけど、それをアイチは望まない…わからない、そう三和は言う。悔しくてたまらない。ただこの世界の三和は純粋にアイチが幸せになってくれ、と願っている。
アイチが待ってるから戻るぞ、と言えば案の定三和はそうだな、と少々無理して笑いアイチの待つ神社へと向かった。
帰ればアイチは嬉しそうに笑い掛け、「おかえりなさい」と懐かしさにただいま、と返してしまった。よく泊まりにくるアイチにスペアキーを渡したことがあった。その際、アイチが先に家に入り一度言ってみたかったの、と言っていたことを思い出したからだ。三和は妹に会ったことを言わず、アイチに食材を手渡した。
ーーーアイチは知っているのだろうか。妹がアイチを慕っていることを。…いいや、それ以前に感じ取っているんじゃないか?アイチの力なら、わかるはずだ。

「櫂くん、何か嫌いな食べ物はある?」
「いや、無いが、」
「良かった。もう遅いから夕ご飯の準備するね」

そう言えば、三和は困ったようにアイチの後についていき俺がやるから、と言っていた。
こっちのアイチはどうやら料理が出来るようだ。その証拠に三十分後には白い艶やかな白米に、大根と青菜の味噌汁、焼かれたししゃもがあったからだ。まるで朝ご飯のようだが意外にも和風な料理は美味しそうだった。――しかし…それに比べて三和は…。

「お前、いくら半動物だからってイモリの丸焼きとかはないだろ」
「おいおい、まさかこっちが俺が作ったのかと思ったのか?俺はこっち、アイチがこっち、」
「げっ」

思わずとんでもない声が出た。
三和が指差して自分のだと主張したのが、綺麗にほかほかと出来た純和風な夕食。そして案の定、アイチがなんともえげつない料理を作っていた。アイチを見れば照れながら、いつもはこんなんじゃないんだよ?と言ってきたが隣で三和が、いつも通りだ。と言っていた。
こっちの世界のアイチも期待を裏切らないらしい。
そして、さすがにイモリの丸焼きなど誰も食べなかった。


涙の跡も残さず笑う
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