2340年.6月4日.
11時0分


カタン、カタタン、と足音を響かせながら何人もの人は船に乗り込んでゆく。ボストンバッグやキャリーケースなど、まさしく旅行用の荷物を持ち中に入ってゆく芹澤アユチ一行もまたしかり。

「正装、なんて言うからドレスでも着るかと思ったわ」
「僕もです、なんかスーツとかこう……ピシッとしているものを想像しちゃいました」
「いやお前はドレスでも良いと思う」
「「確かに」」
「!?」

リオンがアユチに向かってそう言えば、アリサとエミリも続いて頷いた。反論しようとするがそんなアユチを無視して置いてスタスタと歩き始めた三人にパタパタと後をついて行く。

****

「ばん……ばん…?」
「晩餐会、だ」
「ばんさんかい!リオンくん凄いなぁ、僕読めなかったよ」
「…風が吹いた」
「そっか〜」

と、リオンとアユチを先頭に客船内を歩くエミリとアリサはボケをかます二人を見ていた。
時々リオンは意味のわからないことを言う。上手く直訳出来ないのか知らないがアユチもよくわからない返事で返す。
簡単に言えばリオンは褒められて嬉しいのであろう。

「くっ、お家にチェーンソー忘れてきちゃった…!」
「エミリちゃん可愛い顔して物騒な発言は駄目よ駄目駄目」
「で、晩餐会がなんだ」
「あ、うん。6時から晩餐会があるんだって、この客席に招待された人達みんながホールに集まって夜ご飯を食べるってことかな?」
「まぁそんな所だな。今は11時30分で出発するのが11時50分だから……なんだ、島までそんなに時間が掛かるのか」

少々疲れたようにため息をつく。招待されたのは客船、だが実を言えば南の島なのだ目的地は。家に帰るのは6日の午後。持て余るほどの時間を一体どうすればいいのだろうか、とリオンは面倒臭そうに感じていた。

「確かに暇よねぇ……。この客船に一体何人が招待されたのかしら」
「ざっと20人ほどらしい」
「あっ、僕もしもの時のためにってトランプと花札持って来てますよ!」
「トランプはわかるが花札って…アユチ渋いわね」
「ほぇ?」

小一時間ほど客船を見回った四人は案内された部屋に戻って来ていた。
アユチは頬をピンク色に染め、ぎゅっと目をつむっていた。だがリオンは反らすこともなければ無表情のまま。そうしてゆっくりと徐々にリオンは手を伸ばし動かす。

「………こっちか?」
「ち、違うよ、」
「なら……こっちがいいのか?」
「ッ…!も、やだ…!リオンく、それやぁ…!!」

ぎゅっと目をつぶりながら涙目になるアユチを見てリオンは薄く笑った。

「―――俺の勝ちだな、」

ニヤリと笑い、奪い取り天高く腕を突き上げて中二病ポーズをかます。一体何をやっていたかと言えば、

「うぅっ…!リオンくん卑怯だよ!ずるい!」
「ゲームに卑怯もあるものか。この世の全ての理は理屈で出来ているんだ。まぁ強いて言えば風が吹いた」
「アリサさん、私リオンさんの言っていることよくわかんないんだけど」
「駄目よ、そんなジト目で見ちゃあ。大丈夫私もわからないから」

ぽん、とすでにババ抜きで上がっていたエミリとアリサは二人の対戦を見ていた訳だが驚くことにアユチの弱いこと……。もはや顔に出ているのだ。

「七並べも、ババ抜きも、スピードも、大富豪も、ポーカーも………アユチには向いてないね」
「それってトランプ全般ってこと!?」
「大丈夫、花札もだから」
「アリサさん、それってフォロー!?フォローしてますか!?」

ちらりと時計を見ればまだ三時。時間はある。二時間ほどトランプと花札で遊んだがもう飽きてしまった。と、ふとアリサがしまった!と言わんばかりにポケットをまさぐっていた。

「どうしました?」
「さっき客船内を見ていたときに携帯落としちゃったみたいで……!船員さん持ってるかしら……、」
「あっ、じゃあ僕聞いて来ますよ!ちょうど外の風も吸いたかった所ですし」
「でも、」
「すぐ戻って来ますから!」

そう言うなりアユチは黒色のパーカーを翻して部屋を出て行ってしまった。エミリは私も、と声を掛けようと立ち上がったがアユチがすたこらと出て行ってしまい、心配そうにしょんぼりと手を胸の前にあてた。

「大丈夫かな……」
「すぐ戻ると言っていたんだ、大丈夫だろう」
「アユチすぐ転ぶから……船の中にあるもの壊さなきゃ良いんだけど……」
「「それは確かに心配だ」」

エミリの一言にうんとばかりに頷くリオンとアリサは、そうならないよう願った。
部屋を飛び出したアユチはそんな事を言われているとも知らずに、盛大にくしゃみをする。

「う゛っ、風邪かな…」

ずびずびと鼻水を啜ると何処かに船員はいないかと探す。だが船員どころか、自分達以外の旅行客が見当たらないのだ。先程までは確かにいたのだが、辺りは静かでまるで自分達以外はいないとでも言うかのように。
と、アリサの携帯である藍色の携帯が床に落ちているのに気が付き、手に取る。確認のため、と中を開けば画面は真っ暗だった。重みはあるため電池パックは入っているようだ、つまり充電切れだと悟る。

「さっきまで確かにアリサさん携帯使っていたはずなんだけどなぁ……」

落とさないようになのか、ぎゅっとアリサの携帯を握りしめ立ち膝だった体勢を立て直し立ち上がる。その瞬間、ガタン!と音を立て船が一瞬傾きアユチはバランスを崩し後方に倒れた。だが身体は冷たい床には触れず、むしろどちらかと言えば温かい―――いや、誰かに身体を支えて貰っていた。肩には大きい手が置かれており、それに気が付き、ぎゅっと閉じていた目を開く。

「大丈夫か?」
「あっ…ありがとう、ございます…!」

一瞬、胸がどくんと打ち付けられるかのような感覚に襲われた。低い声は耳の奥深くに入り込み、脳の中で反響する。何故だがよくわからない感覚にアユチは戸惑いながら、振り返った。
しかし思いもよらぬ光景に目を見開き、握りしめて持っていた携帯をカツンと床に落としてしまった。

「おい、携帯落としたぞ。……ほら、……?」
「……い、くん……?」
「………アユチ…?」

震える声を絞って出したが上手く出ない。ぐるぐると回る目を余所にアユチは突っ立ていた。

「な、なんで…河西くん、が……?!」
「奇遇だな、俺もこのツアーに招待されたんだ」

久しぶりに見た相手は大人びていた。背も幾分高く、すらりと伸びておりモデルのようだ。顔も整っており翡翠に輝く瞳だけはアユチの目を離さない。
ふと後方から聞こえた賑やかな話し声にハッとすると、河西から携帯を奪うかのように取り、逃げるように立ち去った。

「おい、アユチ!?」

突然のことに驚きが隠せない青年―――河西トモヤはアユチの名前を呼んだが、アユチは何処かへ消え去ってしまった。
後ろではそんな河西を見付けた友人が河西に声を掛ける。

「河西ー、いたいた、お前何やってたんだよ?」
「河西も探検ですかー」
「船内で迷子になってウロウロしてたアンタを捜してたんでしょアタシ達は」
「つまり河西も迷子なのか、ぷぷーっ、ってぇ!?」

最初に声を掛けたのは(自称)河西の親友、三琴タツキだ。悪戯っぽそうな表情をしながら河西に笑い掛ける。
タツキに続いて話したのは、これまた(自称)河西の親友、沙守ルンだ。真っ赤な髪が特徴で天然なのかわからないが時折冷めた表情をするので侮れない。
ルンにツッコミを入れるかのように話したのは、少々ツリ目で背中あたりまでストレートに伸ばした髪を払いのけた少女、十冴ミヤノだ。
ついでに河西に叩かれたのはミヤノの弟、十冴カズハだ。黒髪を逆立てる様は威勢が良さそうだ。

「……俺の顔に何か付いてるか?」
「はぁ?何を訳のわからないことを……。別についてねぇよ」
「なんですか河西ー。まさか声を掛けた女の子に顔が怖いと叫ばれてナンパ失敗ですか」
「な訳あるか、部屋に戻る」

そんな河西の態度にため息をつくと「やれやれ」と言いたそうな顔を三琴はしてまたふらりと何処かに行きそうなルンの首元をミヤノは掴むとあとに続いた。そしてそれぞれの腕には小さな石が嵌め込まれたブレスレットが付いていた。

****

ずるり、とアユチは一人トイレの個室にいた。
まだ脳の中ではあの声が何度も何度も反響している。疼く。耳が熱い。目をつむっても翡翠の光が何故か暗闇をいっそう照らす。思い出、という過去がアユチの脳内を駆け巡り動けない。

「っ……。なんで……」

間違えるはずなどない。むしろ相手も自分を覚えていた。名前を呼んだ、顔を見た。鼓動が早い。それを抑えるかのように胸元をぎゅっと服を握りしめ、当分アユチは出れなかった。

****

うろうろと何度もアリサは部屋を行ったりきたりを繰り返し、エミリはただ瞬きすら惜しむかのようにドアを見つめていた。リオンはただ目をつむったまま。

「ッ、私やっぱり探しに行くわ!」
「わ、私も!だって40分待っても来ないんだもん、アユチに何かあったら……!」
「とりあえず落ち着け、アユチの事だこんな事をしてる間にも今まさにドアを開けて入ってくるかもしれん」
「そんな保証は何処にもな――」

エミリがそう反論仕掛けた途端、がちゃりと音を立てドアが開いた。開けたのはもちろんアユチだ。

「ほらな」
「え?えと、お待たせしましゴファ!!」

ドーンッ!!と盛大な音を立てアユチは廊下の壁に背中から激突した。ギャグでもあるまい、エミリはアユチ目掛けてタックルをかましたのだ。その拍子に手からぽろり、と携帯がアリサに渡りナイスキャッチだ。

「エ゙、エ゙ミリぐるし…」
「ばかばかばか!!一体何処までほっつき歩いていたのよ!何がすぐ戻る、よ!」
「ごめ、ん…」
「私だけじゃなくてリオンさんもアリサさんも心配したんだからね!心から謝りなさいッ!!」

アユチにとっては40分などあまり気にもしていなかったが、エミリにとっては長くて物凄く不安だったに違いない。エミリにとってアユチは肉親なのだ、不安や心細い時だっていつもエミリの側にはアユチがいた。当たり前だったのだそれは。

「ごめんねエミリ、……ある人に会ったの」
「ある…人……?」

ぴくりとリオンの耳が動いた。ぽかすか叩く手を止めるとエミリはようやくアユチから離れて顔を見た。アユチの顔はなんとも言えず複雑そうで。アリサまで少々微妙な表情をする。

「懐かしい、人だよ。招待…されたんだって」
「それって……もしかして河西さん?河西トモヤさん…?」

静かにこくりと頷いた。
だがエミリはたいして驚くわけでもなく騒ぐわけでもなく……そう、どちらかと言えばゆっくりと首を傾けている。

「知ってるよ?」
「えっ?」
「だから知ってるって」
「え……えっえぇええぇえ!!?」

今だ状況を把握出来ていないリオンは少々苛立ちながら、アリサは手を頭に当てた。呆れた表情で。
次第にアユチの顔は真っ赤になる。耳までも、勿論真っ赤だ。

「手紙、の中に招待された人の名前書いてたじゃない」
「うそ…」
「こんなことで嘘ついてどうするのよ。と言うかなんでそんなに顔真っ赤なの?」
「えっ、あ、いや…これはちが、別に河西くんを思い出したとかじゃなくてゴニョゴニョ……」
「はぁ?」

鳴瀬アリサ、だけは知っていた。まだ"河西トモヤ"という人物がアユチ達の住む街にいた頃はよくアリサとアユチと河西とエミリで遊んでいた。当然ながらアユチも河西も男だが、凛々しく格好良く優しいという要素を兼ね備えた、河西に幼いアユチの心は奪われた。
河西を見れば嬉しそうに笑い頬を染め、ひょこひょこと後をついていく。河西もまんざらでは無かった気がする。(アリサ談)
まぁ簡単に言えば、芹澤アユチの初恋相手は河西トモヤだと言うことだ。一応アユチもわかっている。だからこそ、すぐに顔に出る。

「あ、あぅうっ…せっかく忘れてたのに………!」

それから晩餐会の時間までもだもだと顔を赤らめながら奇妙な動きをするアユチにアリサはため息をつきながらエミリは不審がり、そしてリオンの…………そうリオンのその時の表情を見た者は誰もいなかった。
否、見なかった方が正解かもしれない。一体何を思い、何を感じたのかはリオン本人にしかわからないだろう。





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