2340年.6月4日
18時5分


「このお肉すごく美味しい!何のお肉かなぁ?」
「牛じゃないかしら?こっちのスープも中々美味しいわよ」
「あ、本当だ〜。アユチも飲んでみなよ」

エミリはアユチに笑い掛け、顔色を伺うかのように声を掛けた。だがアユチの手はぴくりと動こうとはせずに俯いたまま。当然食事に口をつけてはいない。

「もぉ、アユチ聞いてるの?せっかくタダでこんなに美味しいお料理食べれるのにどうして食べないの?後で倒れても私知らないよ!」
「………」

だんまりなアユチにエミリは頬を膨らませた。アリサも少々心配そうにちらりと見れば、アユチの隣に座るリオンと目が合う。
そういえば、リオンも機嫌が悪いのかあまり口を開かない。今一度、芹澤アユチの服をひんむいて性別確認をしたいアリサだ。

「……そういえば、ちゃんと紙袋持ってきた?ま、まぁ私はちゃんと一応持って来たけど……」
「…大丈夫、ちゃんと持って来たよ。ありがとう」

アユチの元気の無さは、河西トモヤと関係があった。もちろん恋やら恋愛感情でもあるが最も忘れ掛けてしまっていた記憶が蘇った。
河西トモヤは悪くない。いいや誰一人として悪くない。七年前のあの悲劇は事故だった、そう悲劇だったのだ。
そんなことはアユチはもちろん、アリサだってわかっている。だがエミリだけは違った。心の何処かでわかってはいるが憎んでしまう。恨んでしまう。そしてそんな自分に一番憎悪がある。
何も知らないリオンだけはただ苛立っていた。"カサイトモヤ"という人物が一体誰なのか知らない。過去を知らない。ただ一人、榧の外に対して苛立っていたのだ。

「アユチ、ご飯、食べよう?栄養つかないよ?お願い、食べて、駄目だよ食べなきゃ…」
「……俺は何があったかは知らない。だが栄養はとらねばならない、島まであと少しだろうが」
「ほら、あんまりエミリちゃんを心配させないの!リオンも言っているんだから、ちゃんと食べなさいな」
「う、ん……ありがとう皆…」

温かさに触れた気がした。
これ以上心配は掛けたくない。河西に会ったのも偶然だ。避けてはいけない、過去に囚われてはいけない、そう決めたはずだった。
ゆっくりとスプーンを取るとスープに口を付けた。甘いコーンクリームの味が口いっぱいに広がる。

「本当だ…!美味しいね、エミリ、」

だが、そう言った瞬間だった。隣にいたエミリに笑い掛けた途端、ドサリと音を立ててエミリは椅子から落ち床へ倒れてしまった。金属音がアユチの耳に響く。

「………え…?」

しかしエミリだけでは無かった。また一つ、ドサリと音を立てアリサが倒れてしまった。一瞬でアユチの顔は蒼白になり震え上がる。訳がわからずリオンの元へ振り向いたが―――リオンまでもが床に倒れていた。
ガタッと音を立ててアユチは立ち上がった。そして直ぐさましゃがみ、エミリを揺さぶる。

「エミリ?エミリ?どうしたの!?アリサさん!?リオンくん!?」

カタカタと手は震え声を荒上げて名前を呼んだ。しかし一向に起きる気配はない。立ち上がり周りを見回した。信じられないとばかりにアユチは目を疑う。
誰一人としてアユチの声に反応する者はいなかった。ただ何をするわけでもなく他の客は立ち上がり何処かに行ってしまった。まるで何かを合図するかのように。

「なんで…?ちょっと待ってよ、どうして誰も反応しないの!?人が…人が倒れたんですよ!!?待って下さい!!!訳もわからずに人が―――」

そう叫ぶ声は届かず。気が付けば辺りは真っ暗になり光が射していなかった。アユチは背後から鈍器で頭を殴られ意識を失った。暗闇できらりと、腕につけていた青色の宝石が埋め込まれたブレスレットが光った。

****


もーいーかぁい、
まーだだよー、
もーいーかぁい、
まーだだよ、


『待ってよ、かくれるところ、もう無いよ?』
『大丈夫、絶対にみつからないところ知ってるよ!だからアユチはそこに隠れて!』
『で、でも   はどうするの?』
『ぼくは他の場所!いい?絶対に声を出したり、此処から出ちゃいけないんだよ?やくそく!』
『わ…わかった、やくそく!』

ゆーびきり、げんまん、
うーそついたら、
はりせんぼん、のーます、

『『ゆびきった!』』

―――絶対に、此処から出ちゃだめだよ?アユチはいい子だから、ぼくとのやくそく、ちゃんと守るよね?
泣かないで、泣いたら強くなれないよ?
ほら笑って、ぼくはアユチの笑った顔が大好き!
大好きだよ、アユチ……これからもずっと一緒、だからだから―――…
此処でお別れ。
ぼくの分まで生きて――…

ああ、なんて言う悲劇だったのだろうか。
あの頃の純粋な感情はもう残ってはいないだろう。不安に押し潰されてしまったこの弱い身体が憎い。これ以上に辛く重い鎖を引きずりながらあの子は笑っていた。
そう、これは誰も悪くなんかない。
お母さんもお父さんもエミリもあの子も河西くんもアリサさんも、誰一人として悪くない。
ただ素直に"約束"を守った僕が悪かったんだ。
どうして気付かなかったのだろうか、
どうして不自然だと感じ取れなかったのか、
謝っても謝っても償えないこの戮は生きることで、僕には絶望を与え、あの子には希望を与える。


―――アユチ、アユチ、
名前を呼ぶ。
―――アユチ、アユチ、
幾度も幾度も。
―――アユチ、
掠れた声で……ああ、僕はまた、悪夢に引き戻されるのか――――……。

「アユチ!!!」
「……―っ――…?」

目いっぱいに広がったのはバイオレットの瞳。表情をあまり変えることのない彼は、眉を潜め、何故が白い肌から汗を流していた。珍しくて、思わずその白い肌に触れた。

「あ、はは…は…、リオンくんどうしたの……?めずらしいね、汗かいてる……」
「馬鹿か貴様は…!!っ、心配を掛けるな、………良かった……!!」

ぎゅっとリオンは華奢なアユチの身体を抱きしめた。回らない思考回路でへにゃりと笑うと力の入らない手でリオンの服を握りしめた。

「ったた……そういえば……此処はどこ…?」

落ち着いたのか、アユチからリオンは離れた。そうして辺りを見回しながら見慣れぬ部屋を見ると質問をした。頭がずきりと痛い。

「悪い、俺も先程目が醒めてな……船内だとは思うんだが…」
「目が醒めた……?あれ、そういえばさっきまで僕達晩ご飯を―――」

そう言いかけたアユチは思考を停止させた。
――おかしい。さっきまで晩餐会で、夕食を食べ、そうして………そうしてどうした?
アユチは目を見開きリオンを見た。リオンはそれを悟ったのか目を閉じてしまう。

「ああ……そうだ、俺達はあの時夕食で食べた食事に一服盛られていた。睡眠薬だろうな、一体どうゆう目的なのか知らないが……」
「僕…スープに一口しか口つけてなくて……だから皆倒れるの見てて、そしたら後ろから何かで殴られて、それで、」
「馬鹿か。お前を疑ってる訳じゃない、むしろお前が俺より遅く起きてる時点でアホだろ」
「よ、良かった……そうだよねアホだよね、あはは……アホ!!?」

ぷいっとそっぽを向くとリオンは聞こえないフリ。
誤解されてないだけマシだが………ふとリオンと自分しかいないこの状況に驚いた。一緒にいたはずのアリサとエミリがいない。

「そうだ…そうだ、アリサさんは!?エミリは!?」
「そう慌てるな、よく状況がわからない今、騒いでも無駄だ。多分別の部屋にいるはずだ」
「でも探しに行かなくちゃ…!!」
「ただ自己中に探したって見つかる訳がないだろう。俺とお前が一緒だったと同じように、きっとアリサが一緒だ。むしろアリサならば一番にエミリやお前を探すだろう」

冷静な態度を取るリオンに負けたのか、へにゃりと力が抜けてこくんと頷いた。状況が把握出来ない今、自分だけが一心不乱に探したって無駄だ。そう思ったアユチに気付いたのか、偉いねと言うかのようにリオンはアユチの頭を撫でた。

「こ、子供じゃないよ!」
「いや子供などよりも犬に近い」
「うっ…嬉しくない…」
「褒めてなどない」
「リオンくん!!!」

顔を真っ赤にしながらアユチはリオンの手を頭から退かした。頬を膨らませれば「冗談だ、」と笑いながらリオンは手を下げた。

「…俺がわかる範囲内で状況を整理して行こう。
まず、俺達は客船に招待された。そして今日来てみれば晩餐会で何らかの理由で薬を盛られそれぞれ別々の部屋に移された。ちなみに今は6月5日の午前6時48分だ。かなり長い時間眠っていたみたいだ。
お前が目を覚ますまで何度がこの部屋から助けを呼んでみたが物音一つしなかった、俺が予想するに……そうだな、嵌められた、じゃないかと思う」
「嵌められた……?」
「ああ。例えば、だ。毎日つまらない日常を繰り返すことに嫌気がさした人物がとある膨大なゲームをしようとした。もちろん普通のゲームじゃない、駒は俺らだ。例えるならチェスか。
手の平で駒が踊るのを見ることによって退屈から逃れようと馬鹿な考えをした人物が莫大な金を掛けてアメリカにあるのと全く同じ船を複製し、人を雇った。そうして招待状をランダムに出す。ならばこれも…ランダムに入れたはずだな」

チャリと音を立て、リオンの白い手首に巻かれたブレスレットは紫色の宝石が埋め込まれていた。そこでアユチにも一つの疑問が浮かんだ。何故、手紙の中にブレスレットが入っていたのか。そしてそれを腕につけるように何故指示をしたのか―――。
思い返せばブレスレットをしていたのは自分を合わせてリオンとエミリとアリサだけだ。他の客員はしている者などいなかった。
もし、の話だ。それが何らかの合図だったら?ゲームに舞台で踊る駒などは大勢もいらない。せめて十人だ。それ以外はエキストラだ。そう……ブレスレットを付けた自分達が駒である、そんな風に仕掛けられていたら……?

「ブレスレットの色は知っている限り色は皆、違かったはずだ。俺は紫、お前は青、アリサは藍色、エミリは桃色だ」
「だ、だとしたら……もしそれが、これが、ゲームで僕達は騙されて此処に来て、それでその犯人は何がしたいの!?ゲームって何…?わ、訳がわからないよ……!!!」

アユチは頭を抱えて床に座り込んだ。自分はただ楽しい旅行を夢見ていた、それだけだったはずだ。それなのにも関わらず妹達の安否もわからず、食事に盛られ、挙げ句にはアユチは殴られた。
これから一体何が起こる?
予想など出来るものじゃない、怖い、不安、恐い、そんな感情がアユチの頭を過ぎると同時に忘れていた記憶が鮮明に流れ込んだ。
目眩がする。手足が痺れて来た。息が………苦しい。動脈血中の酸素分圧が上昇してくるこの感じは………。

「アユチ?どうした、おい大丈夫か!?」
「ひ、っは、は、ひ…!!!?あぁあああぁああぁあ!!!!やだ、やだやだやだ!!!!!!やめて助けて、お願いだから助けて、殺さないで、河西くん助けてっ!!!!」

混乱するアユチの肩を抑えていたリオンの手がふと止まった。
まただ。アユチの口から出たのは助けを求める悲痛な叫び声と“カサイトモヤ”の名前だ。アユチの目の前にいるのはリオンだ。だが必死にアユチはリオンの服を掴み叫ぶのだ。“カサイトモヤ”の名前を――――。

「……チッ、アユチしっかりしろ!大丈夫だ、俺なら此処にいる、目を覚ませ!!」

唇を噛みすぎたのか唇から赤い雫がぽたりとこぼれ落ちた。それと同時に部屋の扉をけたたましく叩く音が聞こえた。バンッ!!!と大きな音が聞こえたかと思うと鍵が外側から掛かり開かなかった扉は外れ、人が入って来た。
赤色の宝石を埋め込んだその翡翠の瞳を持った青年は紛れも無い、アユチが何度も何度も叫びながら呼んだ本人そのものだった。
名前を、『河西トモヤ』。



それが戮だと言うのなら
貴方一人が悪いのではない。
弱かった自分が悪いのだ。幼すぎた、無力だった。
自分が辛いように貴方ももっと辛いはずだ。世間から見放され、罵倒され、それでも貴方はたった一人で生きていた。

それを誰が愚かだと言う?
貴方は強い。
貴方は脆い。
貴方は逞しい。
貴方は弱い。

辛いのなら悪夢にすればいい。これは夢なのだと言えばいい。そうすれば幸せになれる……簡単なこと。
簡単、なのだ―――。







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