XXX



「さて、如何でした?新たなゲーム」


飲んでいた紅茶をかちゃりと置き、問いかける。相変わらずくすりと笑みを零したままのスイコにため息がつきたくなる。
チェス盤を見れば、強いのなんので、スイコばかりが勝つ。キングはもはや出ることが不可能。無論、ポーンはすべていない。


「そうは言われても今のは閲覧、だろう。今ので猟犬…もとい犯人などわかるわけがない」
「ふふ、それはそうです。これだけで分かってしまえば、つまらない。私は貴方様に退屈を愉しんで欲しいためではないですわ」


ぬるくなった紅茶を啜る。
おかわりは?と聞かれ、思わずいる、と答える。こぽぽ、とカップにたまるそれは先ほどとは違う紅茶のようだ。
美容にいいのですよ、と言うから俺は男だと言えばくすくすと笑われてしまう。スイコのこの性格に慣れたものの、ため息ばかりはどうもついてしまう。


「ローズヒップか、」
「ええ、正解ですわ。……ところで、貴方様にはあの子、紹介をしたかしら?」
「あの子……?いや、してないと思うが。それか忘れた」
「今回は、あの子の駒がいるんですの。…一つ、ヒントを与えますわ。あの子の駒が猟犬なんですの」
「だから、あの子と言われてもわかるはずがないだろう。するなら早く紹介をしろ」
「ふふ、それが残念なことに起きたばかりで今食事の最中でして。次のエピソードが終わり次第、来ると思われますわ」


勿体ぶらせるな、と少々イラつき気味で言えば申し訳ありません、とスイコは返す。
そして、小さな声で言うのだ。
哀れむように、困ったように、慈悲に、憂いに、愛しそうに。


「……可哀想なコーリン」












「うーん、何を着ようかなぁ…」
「これなんか、いいんじゃなーい?」


ぱっ、とレッカは服をあてがう。
だが、唸るばかりで嫌々としか言わない。さすがにレッカも困り始める。レッカの着た服とは裏腹に大きめのTシャツを着ているだけ。白くすらりと伸びた足は健康そうには見えない。大きめなためか、肩も出てしまう。


「もぉ、何がいいのよぉ〜…」
「もっと、僕に似合うものじゃなきゃ嫌です。じゃなきゃあの人の側にいる資格がないんです…ああ、逢いたいなぁ」


そう、うっとりとした様子で右目に触れ、手を突っ込み引き抜く様子にぞわりとレッカは後ずさる。
目についた血を舐めれば美味しくないとばかりに顔を歪める。


「……そういえば。僕のご飯、まだですか?」
「そ、それなら、コーリンが持ってくるって言ってたっけよ」
「…コーリンさん…が……。…ふぅん。それまで退屈なので、僕とファイトしませんか?って、ああ。レッカさんじゃあ僕の相手に釣り合いませんよね、」


思わずカチンと来たが、相手が相手なため否定をしない。やっぱり、この子の相手は苦手だと眉を潜めた。
そこに、ちょうどよくノックの音が聞こえる。それは間違いなくコーリンだ。思わずレッカはぱぁあと顔を輝かせてがちゃりと開けた。


「レッカ、」
「コーリンってば、おっそいよ〜。ほら、お腹空かせてるんだから」


ちらりと横目で見ればぼたぼたと顔半分は血に濡れており、コーリンはレッカにタオルと包帯を持って来て、と告げる。
はーい、と元気よく言えばさっさと部屋から出て行くレッカ。
蹲る様子に、コーリンは一度躊躇い声を掛けようとする。しかし突然振り向いたので、伸ばした手は後ろへと隠す。


「……コーリンさん、ぼく、お腹空いたんです。ちゃんと、持って来てくれました?」
「え、あ、も、持ってきたわ…」
「っふ、……ふふふ、はははあはははッ!!!あっははははははは!!!兎でしょう!?兎、野兎でしょう!?……ねぇねぇ、コーリンさん!」
「ッ!!?」


突然、コーリンの身体は床へと叩きつけられた。うつ伏せになり、起き上がろうとした途端、頭を押さえつけられる。
コーリンの白いエプロンには、ぽたりと赤色が零れた。そして染みてゆく。


「コーリンさんって、本当、頭悪いんですねぇ。僕に負けてものこのことこうして目の前に現れて……。ねぇ、コーリンさん、どんな気分です?自分は惨めだ、って思ってます?思ってますよねぇ!?自分は惨めで情けなくて弱い、って!!」
「ア、アイ――」
「……その名前で、呼ばないでください。それは、弱くて惨めな僕。僕の名前、教えてあげますからよぉく、聞いてくださいね。とっても、素敵な名前…」


記憶は、まだ新しい。
蒼色の髪をして、コバルトブルーの瞳はまさしく先導アイチそのものなのだ。
しかし、コバルトブルーの瞳は左眼だけ。自分で引き抜いたその瞳の色は違う。


「…歩く夢で、歩夢……アユム、と呼んで下さいね。頭の悪いコーリンさん」
「ア、ユム……!?っぐ!!」
「……前回のゲーム、楽しかったですか?先乃アイムと言う駒と一緒に、コーリンさんも駒を創って一緒にみんなを殺したんでしょう?僕、だけに殺人の罪を押し付けて……。……ああ、あと、知ってますよぉ。アナタたちの目的」


どくん、とコーリンの心臓は止まるかと思った。まるでアイチ……アユムに握り潰されるかと思ったのだ。

知られてはならない。
知ってはならない。
気づかれてはならない。
戮を、私たちの戮を知られてはならないのだ。
特に"先導アイチ"には。
なんのために私たちがゲームを主催し、幾度の世界を見回してきたのか。
ようやく見つけたカケラはまだ足りない。

お願いだから、お願いだから―――…!



「愉しいですねぇ。本当、愉しい。…弱い僕はイラナイんですよ。誰も、必要とはしない。……コーリンさん、アナタもそうですよね?身勝手なコーリンさん。利用するだけ利用して、結局なすり付ける。……あれだけ、あれだけ、強い僕が必要とされていたのに、見てくれない!!強い僕を誰も必要としてくれない!嘘つき!否定して、強い僕は結局いらないって言って、最終的にあの子が、あっちの僕が必要とされる!!!っう、うぁ、あぁあぁああぁあ!!!!」


何度も否定をされた。
長い眠りにつく中で何度も何度も。
残された『僕』はまたひとりぼっち。
見てくれると思ったあの人は、否定をしてあっちの僕を取り戻すの。
どうして?
……どうして…?


「ああ、つまんない。コーリンさんって、頭悪いだけかと思ったらつまらない人だったんですね。もういいです、用はないので、さっさと出てってください。そして、金輪際、僕の名前を間違わないで下さいね」
「ッ、うっ…」
「…邪魔、です。いつまで床に這いつくばってるんです?悔しいなら僕より強くなって出直して下さい」


唇を噛み締めて俯いたまま、飛び出すようにコーリンは出る。
アイチ…もとい、アユムは一度目を伏せてぽっかりと空いた右眼にまるでコンタクトを入れるかのようにずるり、ずるりと入れた。
小さく薄ら笑いすると、運ばれた食事を見て喉を唸らせる。


「…さぁて、野兎のフルコース…いただきます」


早く、逢いたい。
僕を必要としてくれるあの人に。
僕を大事だと必要と、否定をしなかったあの人。
瞳から零れたのは血か、涙かわからない。

もっと、もっと殺さなきゃ。
沢山殺して殺さなきゃ。
僕の駒、一体誰か推理してみて。そうして此処まできてご覧よ。
捕まえれないの。夢は歩く。悪夢は歩く。


「ごめんね、アイチ」


ふと呟いて、自身を抱きしめる。
誰もが隠す戮に畏怖を覚えては震えた。
オッドアイが暗闇で光り、コバルトブルーの瞳からぽたりと涙が頬を伝わった。












「…ペナルティを、あげようかと」
「ペナルティ?」


黙っていたかと思うと、いきなりスイコが口を開くものだから少々驚く。
手にはいつの間にか三つのダイス。今、使うのかと思わず首を傾げたくなる。


「あまりにも、皆簡単に殺されるので…。ならば、最初からペナルティを与えておこうかな、と」
「それでゲームの進行が面白いなら別にいいが」
「面白くないゲームを主催するつもりはないですよ。ただ、ペナルティを与えたほうが愉しいでしょう?」


さぁさぁ、準備はできた。
セカンドゲームを始めましょう?

骨の髄まで喰らい尽くせ。
猟犬に喰われるか、箱に喰われるか。
野兎たちよ、私たちを愉しませてご覧なさい。

もう一度、ページをめくり逸話を語る。悪夢でしょう。なんて素敵な悪夢でしょうね。紙の上で踊る駒。脆くて、弱くて、何度でも再生できる世界。


―――猟犬はだれ?



-XXX-
By pretending "insane", we can be "sane".






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