ただ僕は殺したくて殺した訳じゃなかった。殺人鬼などではなかった。はっきりと意識はあった。ただ、思い出して欲しかった。忘れないで欲しかった。
あの悲劇を、あの時間を。
櫂くんがひっそりと書いた手紙はいつか出来る自分の孫に宛てた手紙だった。それが信じれなくて何よりも怖かった。ただ結果的に手紙は届くことにはならなかった。
愛する人を僕は殺してしまったのだから。



‐裏側のXXX‐


暫し二人は対立したまま、見つめ合…いや睨み合っていた。だが二人はまだ本当に言いたいことを言っていない。抑えたまま、静かに沈黙に込めた。

「………Episode2の主な舞台にあげた、拷問部屋…お前はわざと言ったな」
「櫂くん順序が違うよ、最初から言って」

まるでそれを避けるようにアイチは流した。静かに、密かに怒りと愁いを込めた表情で言う。まるで櫂はわざと言ったかのようで。

「時計の…そうだ部屋の時計が狂っていたことから始まったな。各部屋のドアは自動ロックで、鍵を持ち歩かない限り誰も入れない。ただしマスターキーを除けばの話だがな。
あの三姉妹の使用人の誰かがわざと時間をズラしたんだろう。なにせ、掃除をすると言う理由で部屋に入れば怪しまれることはない。そうして結果的に俺らは旧館に行った。
お前の駒、先乃アイムは旧館が拷問部屋であると言ったな。それはかつてお前が殺したお祖父の部屋であると示す。
今更ながらだが、ようやく俺は理解をした。何故俺らを拷問部屋に案内し、大袈裟に言ったのか。お前は俺らが忘れてしまっていたあの出来事を思い出して欲しかった。ただ唯一、拷問部屋を知るレンと俺に。
だからこそ、また舞台を用意したんだろう」

アイチは頷きもせず、返事もせず、櫂の話をただ聞いた。それはまさしく肯定を意味する。

「俺らはあの部屋で気を失い、三時間はいたはずだ。その間にアイムは旧館を抜け出し、大広間にいた全員を殺した。旧館を知っているお前なら、あんな部屋を出るのは造作もなかっただろう。
たった一人で七人をも殺した。殺し方は……そうだな…射殺、はどうだ?洋風な建物の館だ、スティレットやらスペツグナイフ、ハルバート、甲冑、玄関入り口にそういった西洋風なものが置いてあった。まさか本当だとは誰も思うまい。
だから家具や窓ガラスやら部屋は荒れていたんじゃないのか、そう俺は解答する」

櫂が聞けば、アイチはふと見上げた。そしてふわりと微笑むとこくりと頷く。正解だ、とでも愛らしく言うかのように。

「………よくもまぁ…あんな文字遊びを思い付いたものだ。時計の針が刺す十二に、身体の十二指腸。あの大きな時計はこの館を支える柱にもなっているから本体なんだろう。まさか、あの場所が部屋に続く道だとは予想出来なかったがな」
「それもシナリオ通りだったよ。あの逸話に書いた通り。……本当の拷問部屋は鉄扉の入り口だった。防音で叩けば叩くほど手が腫れる。
ただ………あの時…櫂くんが提案して僕は嫌だ、って言ったけどお話に書いた。真実を伏せて僕は櫂くんに嘘をついて拷問部屋には入り口がなく、時計の十二をさす場所に通路があると嘘をついた…」

70年も前、アイチは櫂に嘘をついた。物語を書き進める内に櫂はアイチの抱えるもの全てを浄化するかのように聞いていく。アイチが嫌だ、と言っても大丈夫だ、と宥める。
だからこそアイチは信じた。二人だけの物語にそっと記したのだ。

「そしてわざと一人一人の顔を潰していった。混乱を起こすために。顔を隠さなければ結果的に架耶、レント、アイムの三人の誰と犯人がわかってしまうから。そうして見事引っ掛かり、もしかしたら犯人は偽造をしているのではという、とある仮説を生み出してしまったのだ。
―――が、それはお前の時間稼ぎだったんだな」

それは進路を変更し、また旧館に戻ったあの出来事。謎を解き、日記帳を手に入れたあとに起きた出来事。

「ただ俺に遊びをかけた。日記帳を捜せるかどうか。そして見事俺は見付けた、お前は拍手を、した。Episode2、お前は架耶とレントを殺害。狂ったように笑い、そうだとばかりに叫んだ。だが俺は最後まで気がつかなかった――…。俺が解けなかったから、物語が終わってしまった。
そうだろう?アイチ」

そう、アイチを見て聞く。
立ち上がるとアイチに櫂は足を踏み出してアイチに近寄った。アイチが何故、今になってこんな舞台を用意したのか。
それはただ……忘れて欲しくなかっただけなのだ。

「櫂くんなら…櫂くんなら解けて当たり前でしょう…?どうして一々僕に聞くの?わざとなの?遊んでるの?僕が……僕が遊びでこんなゲームを用意したとでも思ってたの!!?」

声を張り上げて言う。アイチは目の前に立つ櫂を見上げて一心不乱になる。

「…僕が70年も前のことを思い出したのは小学二年生の時、まだそんな時にあんな悲劇を思い出して辛かった。誰も知らず、妹であるエミさえしらない。僕はそんな嫌悪と恐怖を抱えながら生きていた。
自分は殺してしまった、僕のエゴイストで皆を殺してしまった。それと同時に一人だけこんな過去に縛られていく自分に絶望を感じた。
でも中学二年生のとき、僕はみた。櫂くんがふらりと僕の前を通り過ぎるのを。当たり前だよね、こんな広い世界にあの過去を知るのはたった僕だけ。誰一人として僕を覚えてくれてる人なんかいなかった。それが…それがどんなに辛いか櫂くんにはわかる!?わからないよね、わからないよね!!
確かに悲劇を生んだのは僕だ、だけどその悲劇の中心は櫂くんなんだよ!
櫂くんは僕を裏切った!どんなに謝罪の意を込めても僕には信じることなんて出来ないんだよ!!」

たった一人、アイチは誰にも言えず悩み憎しみ哀しみ震えていた。誰一人としてアイチを知らない。みんなと一緒にいた時間、それこそがアイチ自身である理由だったのに誰もアイチを知らないのだ。
叫んだって届かない。思い出してくれない。
だからアイチはとある日記帳を探した。それが確かな証になるのなら―――。

「櫂くんと書いた日記帳を僕は探した。でも家に在るわけもなく、本屋、図書館、近くにある店は全て回った。それでも見付からない………。もしかしたら、あの孤島にあるんじゃないか、そう思って地図も見た。
なのに…島なんてなかった。70年前の悲劇の舞台である孤島が無かったんだよ。それは一体どうゆうことだと思う?あったはずの孤島は失くなっていた。ありえないよね?
確かにあった出来事が消え、証明すら出来ない。僕の戮は重かった、誰も…誰も知らずに…

アイチは泣いていた。
叫びながら、苛立ちながら、苦しみながら、一人だけ知った過去を抱え込んだまま。何故…自分だけが戮を背負わなければならない……?
だがアイチの前に現れたのは懐かしい幻―――。

「70年前に僕はとある幻を創り出した。それは僕にしか見えない幻。彼女達はただ、『今日から私達は貴方様に遣える者です。貴方様が生み出し…創り出した幻です』
確かにそれは存在をする幻だった、気が付けば消え、気が付けば居る。不思議だけど……温かい幻……。そして僕の前にまた、幻は現れた。僕に力を貸してくれた、あの舞台は確かにあったの――…」

幻、とはつまりあの使用人三人を意味するだろう。一体…一体あの使用人は何なんだ?幻?馬鹿も大概にしてくれ。何が目的なんだ……?幻を生み出す…?

「これで…これでみんな思い出したよね……?僕はただ殺したい訳じゃないんだよ、思い出して―――終わらせて欲しいの―…。こんな悪夢のようなお話を、逸話を、僕じゃあ終わりが書けないの櫂くん……!!!」

それは願い、だった。
アイチは櫂の胸元にぽふりと疼くまると震えた手で服を握った。小さな声で何度も何度も、懇願する。
櫂はようやくわかった。Episode2が終わったあとコーリンがアイチに言った言葉は、本当は櫂に伝えていたのだと。アイチを通し櫂に向けられていた言葉だったのだ。
櫂は戮を償わなければならない。それは櫂にしか出来ないことだった。この逸話の終わりを書かなければならないのだ。

「ああ……。アイチ、俺が悪かったんだ。ちゃんと終わらせる……一人にしてすまなかった、アイチ書こう。もう一度、二人で書こう」

たったそれだけで良かった。望んだものは全てじゃない。また……二人で書いて終わらせたかった。アイチにとって幸せだった日常を―――変わらない永遠に。
そうして全てを終わらせる、ただそれだけだったのだ。






































「―――はい、おしまい」

パタン、と本を閉じる。座っていたイスから立ち上がり、それと同時に首から下げていた聴診器が揺れた。

「せんせぇ、もうおしまいなの?七人のうさぎさんはおうちに帰っておかあさんにあったの?」
「そうだよ、無事におおかみの住む島から出て怪我しないでお母さんの所に帰ったんだよ」

小さな手は白衣をギュッと握り、小さな彼女はそう上目遣いで聞く。

「じゃあ…じゃあ、ナギもちゃんとお家に帰れる?お母さんとお父さんのいるお家に帰れる?」
「もちろん!ナギちゃんが病気に負けずに勝てば絶対!どんなに辛いことがあっても必ず人は辛い物語に終わりを告げて幸せになれるんだよ。だから、ナギちゃんはご飯いっぱい食べて笑って、あとは運動して…病気なんてやっつけちゃえ!」

白衣を握る手をとり、ぎゅっと両手で握りしめて笑うとつられてベッドにいる小さな彼女も笑った。それから指切りげんまんをする。

「でも、そのお話なんか怖かった……。アイチちゃん先生、私みたいな"れでぃー"には可愛いお話を読ませないとだめだよ!」
「そ、そっかぁ…!ごめんね、あんまり考えてなかったから……。ナギちゃんは立派なレディーだもんね。あっ。でも僕は女の子じゃないから、ちゃん付けは……」

と、言いかけた時、病室をコンコンとノックする音が聞こえた。くるりと振り返れば看護婦がアイチを見てにこりと笑っていた。

「先生、お客さんが来てますよ。帰ってきたみたいです」
「ほ、本当!?待って、今行きます!」

そんな看護婦の一言にぴくりと動き出し、犬の如く見えない尻尾を揺らすアイチを見た看護婦はくすりと笑った。

「先生一体、今年でおいくつですか、くすくす。ナギちゃんよりも子供に見えますよ」
「ふぇえ!?い、いくらなんでも酷いですよー!僕、もう28ですよ全く……」
「そうゆう所が子供なんですよ」

そうかなぁ?と聞けば、そうです。ときっぱりと返事が返ってくる。アイチは不満そうだ。

「じゃあ、またねナギちゃん。また後で来るから」
「あっ、待ってアイチちゃん先生!そのお話はだれが書いたの?」

背を向けて病室を出ようとしたアイチは立ち止まった。手に持った本を見る。そうして何かを思い出すかのように一人、くすりと笑うと振り返り、

「僕と僕にとって大切な人だよ、」

そう一言言って、白衣を翻すと真っ白な病室から出た。来ている、とわかった途端自然と廊下を歩くスピードが増す。走ってしまうのでは、と思ってしまうほどで。
そうしてアイチは口を開いて呼んだ。

「櫂くん!」
「アイチ、」

呼ぶと相手はアイチに気が付き微笑み掛けた。手には荷物を持っておりつい先程着いたのだと思わせる。

「さっき帰ってきたの?」
「まぁな。ほら土産だ」
「わぁ、ありがとう〜!アメリカのお土産〜――…って、櫂くん本当にアメリカ行ってたの?なんで、かえでまんじゅう……渋い趣味だね…」
「あからさまに嫌な顔をするな、黙って受け取れ」

渋々、仕方ないとばかりに受け取る。時間はちょうどお昼休憩の時間だ。近くにいた看護婦に外に行ってきますね、と言うと櫂と一緒に路地を歩く。

「さっきね、病室で女の子に本を読ませてたんだぁ」
「何の、ってお前…よくもまぁ読ませたな。うさぎが狼に食いちぎられた所までも話たのか」
「書いてたから…」
「アホか。だから今だにカルテの書き方もミスるんだろ」
「それは今関係な……って何で知ってるの!?」
「成坂が教えてくれた」
「な、成坂さん……」

今度からはよく周りを見よう、そうアイチは誓った。そんなアイチを見て櫂は笑ったがアイチは気付いていない。
太陽が出ており、綺麗な青空だ、そう櫂は感じる。

「…アイチ、今、幸せか」
「櫂くん?」

ふと立ち止まる。
いきなり櫂から言われた言葉に少々驚きながらも、屈託のない笑顔で櫂を見ると頷いた。

「うん!!」

そうか、と櫂は言うとぽやんとしているアイチに、ちゅっとリップ音を立ててキスをした。みるみる真っ赤になるアイチに面白いと言うかのようにニヤリと笑う。

「置いていくぞ」
「ま、待ってよ櫂くんー!!!!」



物語にはいつか終わりがくる。
だが、物語なのに終わりが来ないから……それは逸話なのだろう。信じたものは嘘だったのかはわからない。ただ気付いて欲しかったんだ。思い出して欲しかったんだ。
あの島から出たが今でも多くの謎は残っている。だがアイチはあれ以上は知らないと言う。
そう……全ては…幻が語るであろう。

これは悪夢の逸話なのだから。



2012.8月17日、執筆者、櫂トシキ





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