もし、まだ可能性があったのなら。
もし、この時間が終わることなく続いたら。
もし、僕が普通の家庭に生まれて、僕が普通だったら。
もし、僕にもっと力があったのなら。
もし、―――――。

そしたら、櫂くんは僕を置いていかなかったよね?
また一緒にお話してくれたよね?
どうして……僕は…普通じゃないの………。


1942.10日2日、先導の日記より抜粋。

















6月6日 晴れ
皆が僕の誕生日を祝ってくれたよ幸せだった。とっても嬉しい…ありがとう…。

6月7日 くもり
僕は自分でちゃんと成し遂げてみせる。そうすれば、僕はあんな辛い思いをしなくてすむ。決行は明後日。

6月8日 雨
すごく怖いけど、僕はもっと怖い体験をした。あの人がいたから僕はおかしくなったんだ、大丈夫、だって次期当主が僕ならあの人はいらないもの。
今日はおやすみ。

6月15日 くもり
久しぶりの日記?
物語は最終章に入るところ。僕と櫂くんならきっと素敵な最期が書けるよね。

****

「―――今日は、此処までにするか」
「うん、わかった」

コーヒーを口に付け、アイチは万年筆を置いた。ふぅ、と一息つくとパラパラと日記帳をめくり眺める。

「あと、ちょっとだね。最後はどうするの?」
「まだ決めてない」
「でも明日、で書き終わるね。えへへ、」
「………―明日…か。……そうだな」
「?」

それはまるで違うところを見ていたようだった。不思議そうにアイチは見たが、気にもせずににこりと笑った。
ただその時の櫂は申し訳なさそうにアイチを見て手をぎゅっと握り締めていた。

****

暗闇を歩く。此処のはずだ、と思いながらがさがさと草を避けては歩き続けた。
連絡が、取れたのだ。船の手配をした。この島にも一応住所があったらしく連絡を密かに取り合っていた。俺は戻らなければいけない。そしてまた此処に――――。

「アイチ、すまない……。明日から……そうだほんの二ヶ月だけ待っててくれ…それだけで十分だ、だからそれまでは――――さよならだ」

波の音が耳に入る。四ヶ月を経て、ようやく友人と連絡をとりこの島に来てくれるなど奇跡に値するが、と思い船に乗り込んだ。だが―――友人は…まるでこの島に入ることを拒まれたかのように倒れ、息がなかった。
この島は"呼ばれた者"しか入ることが許されていない。それはまさしく呪われた島のようで。
アイチが言った言葉に後ろめたさを持ちながらも歩いた。
『ずっと一緒にいてくれるよね』
だが、櫂は裏切った。アイチを裏切りこの島を今、出ていく。静かに波にさらわれるかのように過ぎていく。
そうして櫂が目にしたのは惨劇であることも知らずに物語が終わらずに―――。



















レンは目にしてしまった。
とある逸話の物語を。そこには幸せなど一欠けらも無かった。全て惨劇で悲劇で残酷で狂おしいくらいの"逸話"が目の前にあった。
読み続けていく内に自分達と良く似た"駒"がゲーム盤に立っているのがわかった。そして最終章、そこは最期が書かれておらず空白のページになっていた。
ああ、これが―――。

「櫂、君はなんてことを――」

と、レンのため息と共に部屋をノックする音が聞こえた。誰だろうと思い声を張り上げればか細く聞こえたアイチの声。
櫂が突然消え、"虚無"の症状が表れたアイチがいると思った途端驚きが隠せずに急いでドアを開ければそこにはアイチが。
そしてポフンとレンの胸に抱き着いてきた。

「アイチくん?どうしたんですか!?大丈夫ですか?」
「れ、んさん…レンさん…レンさんレンさんレンさん」
「アイチくん、しっかりして下さい、大丈夫です僕は此処にいます」

ぎゅっとアイチを抱きしめた。カタカタと震え、抱えていた辛さが耐え切れなかったのだろう。櫂が消え、アイチの元気のなさは皆がよくわかった。どう元気つけてもアイチの表情は曇る一方で――…。
もう二ヶ月が経ち、12月27日になった。冬になり白い息が出る。アイチの身体は冷たく弱っている。

「……忘れてしまえばいいんですよ、辛いなら、苦しいなら」
「レンさん、レンさん……ぼく、すごく辛くて…また一人になって…櫂くんが、僕を裏切って、」
「アイチく――…?」

ふと、違和感を感じた。
アイチの身体が冷たいと共に鼻にくるのは錆び付いた匂い。鉄―――つまり血の匂い。まだ新しく生臭い血の匂いだ。レンはアイチの身体に触れた手をみれば、べっとりと付着した血。

「アイチくん!?君、血が…!!一体どうしたんで――――…ッぐ、がっ、ゲホゲホッ!!!!?」

レンは堪らずアイチの肩を押した。ボタボタと血が腹部から出て口からも血を吐いた。腹部に刺さっていたのはペティナイフ。一瞬何が起きたのかわからなかった。
アイチを見れば肩を震わせ俯いたまま。だが、ゆっくりと顔を上げたかと思えば口元をぐにゃりと吊り上げてにたりとレンを見て笑った。

「アイチくん、きみ、」
「うふふふふふふ、レンさんレンさんレンさんレンさんレンさん!!!!どうしたの?レンさんはお医者さまでしょ?それくらい簡単に治せるでしょう!!!?!」

危険な状態だった。
アイチはもはや自我がない。PTSDの最終警戒レベル、第三段階に陥っていた。アイチには傷は一つもなく衣服や頬には返り血を浴びていた。

「だってだって、皆すぐに死んじゃうんだもん!!ミサキさんもカムイくんもエミも三和くんもお祖父様なんてあっけなかったよ!!?皆、皆死んじゃうの!楽しいよ、楽しい!!ねぇねぇ、優しいレンさん、レンさんならわかってくれるよねぇ?」

ケタケタと高笑いをしながらアイチはレンに近付く。手には何か――小瓶のような入れ物を持っている。中には、丸い何かがぎっちりと詰め込まれていた。

「っげほッ、ゲホッ!!!――っは、は、君まさか…皆を殺したんですか…?」
「うん、そうだよ、だってみんながいたから、櫂くんはいなくなっちゃったんだよ、僕もう誰も信じない、認めない!!!」

声を張り上げて叫ぶようにアイチは言う。レンは腹部からペティナイフを抜き取ると窓に投げ捨てた。アイチはまるで子供のように泣きじゃくり、親を探す迷子のようで。

「レンさん、見て見てっ、これがみんなだよ!!」

そう言ってレンに見せたのは先程から持っていた小瓶。ころり、と瓶を揺らして中を見せる。
途端にレンは絶句した。小瓶に入っているのは6個の丸い球体。新鮮さを残すように艶やかな白。それとは逆に、小瓶の底に貯まるのは赤い赤い血。ちゃんと削っていないのか、付着したピンク色の肉の塊。
間違いなく、それは眼球だった。

「此処に、レンさんのをいれれば仲間だねっ、見てよレンさん、綺麗だよね?上手くとれなくて神経とか血管も引き抜いてきたけど……あはははははははははははッ!!!!!呆気なかった!呆気なかったよ!あんなに僕に対して虐待したお祖父様なんて喉元にナイフ刺したら、泡噴いて倒れちゃったんだもの!もっと早くこうしてれば良かったんだね!」

もはやアイチは自分の感情や思考を制御しきれていない。嬉しそうに、頬を染めて無邪気に笑うアイチは一欠けらもなかった。
此処から逃げようとしても腹部が痛み力を入れることが出来ない。喋ることさえままならないのだ。どうにかアイチを抑えようと思い手を伸ばした瞬間だった。
パッ、と一瞬で血飛沫が上がる。喉に向かいもう一つのナイフでレンの喉元を刺したかと思うとそのまま力を入れて奥に刺しこみ、あろうことか一回転をさせて、ナイフが刺さったまま垂直にあげ、ぱっくりと喉を破いたのだ。

「喉仏だぁ。……へぇ此処に骨があるんだぁ。あっ、これ知ってるよ?食道管でしょ?ああ―――そうだ。いけない忘れる所だった」

手元からナイフを床に投げ捨てると意識はなく、冷たくなる頬に手を添えた。そして右手はゆっくりと右目に伸び―――。

ぶち、ぶちぶちぶちぃ!!!!!!!!

普段からは予想も出来ないありえない音がした。眼球を取り巻く肉を押し切り、ぬるりと眼球を掴むと無理矢理抜いた。視神経から繋がる神経さえ無視をし、不吉な音を立ててずるりと眼球を刔り出す。
視神経からは、まだぽっかりと空いた目の中から神経が繋がり、アイチは無理矢理引き契ればとろりとまだ生暖かい眼球を手に乗せる。

「これで7個めっ。みんな…みんないなくなっちゃったね!ああ、つまんないや!!これからどうしようかなぁ……暇だよね、っくくく、あっはっははははははははは!!!!」

肩を震わせて笑う。
そんな自分の意思とは裏腹にアイチの瞳からは涙がこぼれ落ちる。手に持っていた小瓶はころころと床に転がった。
そしてふと目に入ったのは日記帳だった。それは櫂とアイチの時間を証明する唯一の証。

「失くなっちゃったと思ったらこんな所にあったんだね……櫂くん、櫂くん、かいく、ん………!」

日記帳を抱きしめてアイチは震えた。血と、涙でぐちゃぐちゃになりそれでもアイチにはどうすることも出来なかったのだ。中身を開き、終わりのないページを開く。指でなぞり声を漏らした。

「僕、一人じゃあ…書けないよ、幸せなお話にならないよ…終わりに出来ないよぅ…!!」

ただアイチは泣いた。
泣くことしかもはや感情は残っていなかったのだ。ただ一人、変わりゆく自分に恐怖を抱きながら血に濡れる手を見つめた。自分がやったんじゃない、そう何度も思うが手には確かに触れた血や肉、骨、洗っても洗っても消えることはなかった。
1942年はあと四日で終わりを告げる。外に積もる雪も、凍える息も、何もかもアイチには関係なかった。
だが、1943年を迎えることはなかった。全て惨劇として……アイチは戮を犯しただ何もすることが出来なかった幻達は傍観者へとなってしまった。



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