櫂→アイ


あのアイチに彼女が出来たらしい。
消極的で、ヴァンガード以外には奥手なあのアイチに。今日、俺と櫂がいつものようにカードキャピタルに出迎えば、マケミ(森川)がからかうように言ってきた。アイチは照れながらも嬉しそうに頷いていた。聞けば、相手は一つ上の学年の人ならしい。どちらかと言えば、アイチは引っ張ってもらう方だから年上はぴったりだ。
なんでも、相手の子は学校で見掛けるアイチを見るようになっていつの間にか好きになってしまったと言う。そして今日、ついに告白をされたらしい。戸惑いながらも、アイチは別に嫌でもなく、むしろ凄く嬉しかったらしく「僕で良ければ、」と返事をしたと言うのだ。

「で、可愛いのかよ〜?」
「そうなんだよ!学校では三番に入るほどの美人でよ、アイチにはもったいないくらいでよぉ!!」
「って、なんでお前が答えるんだヨ」
「うるせー!くそぉ、俺だってなぁ、もうちょいすれば沢山の女子が寄って……ハッ!いやいや、俺にはコーリンちゃんという大切な……」

また始まった、と井崎と三和とアイチは顔を見合わせて肩を竦めた。
そんな中、櫂はただ一人何も言わずデッキチェックをしていることに気付き、ガタッと立ち上がればアイチはパタパタと犬のように近寄った。

「櫂くんっ、今日はデッキのチェックだけ?良かったら、今日は僕とファイトして欲しいなぁ…なんて……」
「…ああ、別に構わん」
「本当?ありがとう櫂くんっ」

ぱぁっと花が綻ぶように笑えば、櫂の前に座る。デッキを交換して櫂がアイチのデッキをシャッフルしていると、ふと呟くようにアイチに問い掛けた。

「彼女、出来たんだな」
「え、あ、…うんっ。えへへ、初めて出来たから、ちょっぴり恥ずかしいけど……ヴァンガードもやってみたいって言ってたから、明日教えようかなって」
「そうか。それは良かったな」

櫂になんだか認められたような気がして、ますます気持ちが高揚した。アイチは照れながらもファイトを始める。
ダメージがどちらも三枚になったところで、聞きたかったことを思いきってアイチは聞いてみた。

「か、櫂くんはいないの?」
「何がだ?」
「うんと…彼女、」
「いない。そもそもいらん」

ほお杖をつきながら言う櫂がなんだか大人に見えてしまったアイチは尊敬の眼差しを向けた。
そもそも、アイチだって彼女が出来てそれから何をすればいいかなどわかるはずも無かった。どう見てもアイチがリード出来るはずも見えないし、ましてやアイチから色恋沙汰などには向いてはないと櫂は思っていたのだ。そんな中、突然アイチに彼女が出来たときいて内心凄く驚いている。そして苛立ちが募る。

「別に俺はずっと一人でも構わないからな。今までそうだったし」
「それは……、……そんなの寂しいよ。ずっと一人なんて…それはだめ、一人はだめだよ」

悲しそうに睫毛を震わせると、アイチは俯いてしまった。アイチがしょげると同時に頭から生えた阿呆毛まで一緒にしょげてしまう。
しかし、そんなアイチに櫂の苛立ちは益々増し、ため息をつけば「始めるぞ」とファイトを再開させた。次の日アイチはカードキャピタルに来なかった。森川が言うには彼女と放課後デートらしい。店内にいたカムイはつまらなさそうに足をぶらつかせ、ミサキも本を読んでいるためか少々分かり辛いが同じような気持ちでいた。しかしアイチが幸せならそれは嬉しいため、前向きに考える。

「そのうち彼女連れてくるかもな、アイチ」
「そりゃあ楽しみだ。結婚式呼んでもらわねぇとな」
「アイチが結婚ー?この森川様を出し抜く気かぁ!!」

店内ではいつもの様に騒ぎ出す森川に相変わらずこいつは、とミサキは煩いよ、とばかりに怒声をあげれば縮こまりながらカムイにファイトを申し込みにいった。そういえば、と櫂に声を掛けようと、振り返った三和だったがさっきまでいたはずの櫂の姿はなく、いつの間にか店内を出て行ってしまったらしい。
アイチに彼女が出来たことが気に食わないらしい櫂は、いつもの公園のベンチに横になり昼寝をしていた。もしかすれば、いつもの様にアイチが自分を探してくるのではないか、などという感情があったのだ。それは期待。しかし、そんな考えは思い通りにはいかず、気が付けば二時間も寝ていた。時刻は18時過ぎ。さすがに冬の時期だと冷えるため、帰ろうとした時だった。
―――見覚えのある青色。
それは間違いなく、アイチの姿だった。だがアイチの隣には可愛らしい女の子の姿があった。あれがアイチの彼女か、と悟りながら、アイチが頬を染めて楽しそうに話す姿に舌打ちをすると、何か考えたのかほくそ笑んだ。
次の日、アイチはカードキャピタルに来た。今日は彼女は塾があるらしくアイチは明日なため、暇が出来たら赴いた。店内に入るなり突然櫂にファイトの相手をしてやる、と言われ、歓喜に満ちた様子で頷くといそいそと準備を始めた。

「アイチ、携帯を貸せ」
「え?あ、うん」

不思議そうに櫂を見ながらも、新しい青色の携帯を櫂に手渡す。すると何やら打ちはじめ、慣れた手つきで弄ればすぐにアイチに返す。

「教えてなかったからな、番号。いつでも連絡していい」
「か、櫂くんの、携帯…?」
「俺以外に今入れたのはいないだろうが」

アドレス帳を見れば、そこにはアイチが中々聞けずにいた櫂の名前があった。アドレスと電話番号まできっちりと明記してあるそれに嬉しくなり、思い切って今電話を掛けてみれば繋がった。

「おい、確かにいつでもいいとは言ったが今掛ける必要はないだろ」
「つい嬉しくて…」

まるで犬のようにぴょこぴょこと頭の阿保毛を動かすアイチは暫くの間、櫂のアドレスを眺めていた。それは櫂にとって満足としか言いようがなかったのだ。歓喜に満ち溢れている。
アイチが、自分しか見ていない……それこそ…いや、それが櫂にとって何よりも至福であった。しかし櫂はまだ、満足などし切ってはいない。
警戒をしていた、三和や森川やカムイらをさし置いて、いきなり現れた女子にアイチを持っていかれた。歓喜の裏側にはふつふつと怒りが湧いてくる。
―――アイチは自分だけ見ていればいい、少し熟し過ぎた。
それは果実。世界に一つとして存在しない果実を自分だけが見付けた。食べるのはまた後だ、もう少し熟れてから。機を待って、見守りながら、自分だけのと独占したい………そう、アイチは櫂にとっては楽しみにとって置いた果実同然だった。
それから次の日はアイチは塾なためカードキャピタルには来なかった。しかしカードキャピタルに来た森川はあることを言っていた。
『アイチが彼女と別れそうなんだよ』
と。まだ付き合って三日しか経っていないのにそれはどうゆうことなのか。その日の店内では三和やカムイや井崎に森川達で話題になった。

「はぁ!?別れたぁ!?」
「う、うん…」

そしてまた次の日。アイチはカードキャピタルに来た。しかし来るなり何故か三和の声があがる。それもそのはず、来て早々アイチが彼女と別れたと言い出した。あんなに嬉しそうにしていたにも関わらず、一体何故。森川と井崎は理由まで知っているようで、敢えて何も口を出さない。櫂と言えば、パイプ椅子に座り、またもや居眠りをしている。

「それが…実は僕にもよくわからなくて……」
「どうゆう意味だ?」
「なんかね、僕の携帯のパスワードが勝手に変えられてて、そしたら何故か僕の彼女だった人に、着信拒否とかアドレス拒否になってたの……。でも僕、全然そんなこと知らなくて、昨日とかも電話かけても繋がらないし、メールも無視するって怒られて……。僕そんなことした覚えないのに………そしたら今日、いきなり別れるって言われちゃって…」
「なんだよソレ…」

アイチの携帯のパスワードが勝手に変えられていたため、それを解除しようにもセキュリティの高いアイチの携帯にはパスワードが必要だった。嫌われた、と勘違いをしたらしい彼女はフラれる前にアイチをフッたのだ。突然の出来事にショックを受けたが、実を言えば覚えていないことにショックだった。誰かが勝手にアイチの携帯を弄った……それが何よりアイチに恐怖を与える。

「なぁ、おい櫂!寝てないで聞いてやれよアイチの話!」

櫂に三和がそう言えば、ようやく起き上がる。なんだ、と低い声で返せば三和がワケを説明した。話を聞いた櫂はどう考えたのか、なんともつまらなさそうだ。まるで、だから?と聞きたそうに。

「お前…!!だから、アイチの携帯の」
「なぁ、三和、……果実にも枷が必要だとは思わないか?」
「はぁ?果実?何言って―――…」

一瞬、三和の頭を嫌な予感が過ぎった。無駄に嫌なことはよく当たるだけあって、今回のはタチが悪いと。思わず三和は退けた。そんな三和に対して、深く声を押し殺すようにニヤリと笑えば、ちらりとアイチを見た。アイチは哀しそうに、しょぼんと俯き、心の中で疼くのは不安だった。
だが櫂はガタッと立ち上がると、アイチの頭を撫でるようにぽふりと手を置いた。

「か、いくん…?」
「アイチ安心しろ。俺がお前を守ってやる」
「ほんとう…?ほんとうに?」
「ああ。大丈夫だ、だからお前が不安がることない。お前の不安は全部俺が消す、跡形もなく、な」

嬉しそうにアイチはこくりと頷いて、肩を震わせた。
果たして、アイチには櫂が言ったこの言葉の意味を理解していたのか………いいや、していない。三和はそう断言出来る。櫂は何だってする。熟した果実を手に入れるために、取り戻すために、独占するためなら…手段は選ばない。
そして三和にはアイチの腕に、脚に、首に、身体中に枷がつくのが視えた。視えるはずのないその枷は一生、死ぬまで…例えば櫂がアイチを殺すまで外れることはない。むしろアイチが死んで骨になってもだ。
櫂はこの上ないくらいに上機嫌で、味わうかの様にほくそ笑んだ。


視えない枷を紡いでいく
130129


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