こんなはずじゃなった、と何度も呟いた。否定をした。
ただ楽しい旅行なんだと浮かれていたら、突如船が転覆し次に目が醒めたら名前も知らない孤島にいた。
そこで出会った人達と繰り返す悪夢。殺されて、殺して、狂気を纏い謎を解く、一体何の目的なのかもわからない世界。
そうして辿り着くのは真実か嘘か。
僕のお祖父さんが残した日記帳と櫂くんのお祖父さんが今の櫂くんに宛てた手紙には一体何が関係するのか。
今、明かされる真実の逸話とは何なのか。死んだ駒は立ち上がりまた殺し合う。そう、主催者はこの7人の中にいるのだ。

……そして…戮深き僕達に与えられたのは……考えたくもない逸話だったのだ。



Episode3:悪夢の逸話



「アイム、アイムってばぁ!早く起きなさいよ!」

ドンドンと叩かれる音と妹の声に目が醒め、はっとアイムは起き上がった。そして辺りをきょろきょろと見回して首を傾げた。

「……夢…?…なんだか…嫌な夢だったなぁ…。あっ、エル、ちょっと待って!き、着替えるから!」

ドアの向かい側にいる妹に叫ぶように声を張り上げて言った。部屋にあった寝巻を脱ぎ、いつもの服に着替える。白衣は医大生の証、とよくわからないアイデンティティを持ちながら、袖を通した。使用人が洗ってくれたおかげでふわりとフルーツの甘い香りが鼻を擽る。

「7時、30分……」

カチコチと規則正しく進む秒針を見て呟いた。正確に動く時計に何か違和感を覚える。
アイム達はつい昨日、この孤島に辿り着いたのだ。いきなり嵐に巻き込まれ船が転覆してしまうと言うなんとも悲惨な事故。なんとかアイムとその妹の、エルと船で知り合った、弁護士だと名乗る架耶トシノだった。
他にも、アイムやエル、架耶以外にも四人いた。使用人三人を合わせて住ませて貰っている館には十人。

「エル、お待たせ……?あれっ?」

着替え終わりガチャリと部屋を出れば、先程までドアを叩いていたエルはいない。先に大広間に行ったのだろうか、と思いぽてぽてとアイムは大広間に向かい歩いた。
と、曲がろうとした途端、朝食の乗ったワゴンを運ぶカリンとばったりと出くわした。

「あっ。カリンさん、おはようございます」
「お、おは、おはよう…」

アイムがカリンに笑い掛けて言えば顔を真っ赤にしてカリンはそっぽを向いてしまった。

「てか、あんた今起きたの?」
「あっ、はい、恥ずかしい話妹にさっき起こされて…」
「本当に恥ずかしい話ね」
「あうっ」

自分から振った話だが改めて他人に言われると恥ずかしい。ガラガラとワゴンはカリンの手に寄って前に進む。

「あ、あの…いつになったら船は来ますか?」
「さぁ。と言うよりも此処に船が来るのか知らないし」
「そんな…!」
「まぁ、もう少し待ちなさいな。嵐が止んだら電話も繋がって連絡出来るんだから。どのみち、嵐が止まない限り船も来ないわ」
「はい…」

ふわりとコーンクリームの匂いが鼻をつつく。それに続いてバタートーストの匂いがし、小さくお腹がきゅるる…と鳴った。ぱっとカリンに見られて顔を真っ赤にして縮こまれば、カリンは笑う。先程からカリンには恥ずかしい所ばかりを見せていると思う。

「なんか、アイムって裏切らないわね」
「ど、どうゆう意味ですか!?」
「幼いと言うか…なんと言うか…見たときから、こんな感じの子に見えてたから」
「カ、カリンさんは意外と酷いひとです…」
「失礼ね」

そう言って、アイムが開けようとした扉をカリンはいいから、と言って開ける。お礼を言って中に入ればすでに皆は席にいた。ガラガラとワゴンを運ぶ。カリンとアイムを見れば、ニヤニヤと面白そうにレレナは笑いカリンを弄る。

「おっ、アイムおはよーさんっ!」
「三沢くん、おはようございます」
「お兄さんおはようございます!」
「カノンくん、おはよう」
「アイム寝坊?ちゃんと眠れた?」
「ミユキさん!あはは…ついいつもの癖で…」
「アイムくん可愛いですね、ぴょん!って髪跳ねてますよ」
「ふわわ!?本当ですか?ちゃんと直したはずなのに…」
「んもぉ!だから寝る前はドライヤーして、っていつも言ってるでしょっ?私が起こすまで起こさないんだからぁ…」
「ご、ごめんなさい…」

カタン、とやっと席につく。跳ねる髪を気にしながらそれを見たエルは愚痴愚痴とアイムに説教らしきものを言い始めた。その間にカリンとレレナは朝食を置いていく。

「か、架耶くんおはよう」
「ああ、…おはよう」

途端に架耶は眠たそうに、ふわりと欠伸をした。何だか猫みたいだと思いクスリと笑ってしまった。

「なに笑っている」
「ふぇ!?あ、えと…何だか架耶くん猫みたいだなぁって」
「寝坊するお前のほうが猫だろ」
「き、今日はたまたまだよ〜!!」
「ちょっと、そこ!早く食べちゃいなさいよ!」

朝食が運ばれていた事に気付かなかったアイムと架耶は攻防を続けていた所、カリンに指摘を受けてしまった。
ビクッと驚きわたわたとスプーンを持ち、予想通りのコーンクリームスープに口を付ける。コーンクリームの甘い味が口いっぱいに広がり、アイムの辺りはまるで花が咲いたよう。

「カリンはあの二人がイチャイチャしてるのが気に喰わないんだよねーっ」
「ば、馬鹿!!?な訳ないでしょう!あんたの勝手なイメージを押し付けないでっ!」
「カリンさんはもう少しポーカーフェースを勉強しましょおーね〜」
「むっ、むかつく…!!」

だが、どう何を否定してもカリンの表情では嘘など簡単に見抜けられてしまう。顔を真っ赤にしながらジタバタするカリンを面白そうに弄るレレナは生き生きしている。
まだ此処に来て、一日しか経っていないのにすんなり馴染んでしまい居心地が良くなった。

*****

「お兄さーん!」

廊下を歩いていたアイムに、一際元気の良いカノンの声が聞こえて立ち止まった。くるりと振り向けば手を振りアイムに走り寄ってくる。

「今から何処に行くんですか?」
「ちょっと図書館に行こうかな、って」
「へぇーお兄さん偉いですね!俺、本とか読むの苦手で特に文字がズラーッって書いてるヤツとか…もう…考えただけで眠気が……」

そう言って欠伸をするカノンにくすくすと笑う。カノンはこんな状況でもとても元気だと思う。少年ぽさを残しながら背だけがすくすくと伸びた男の子のようだ。

「カノンくんはどこに?」
「俺は今から、向こうの廊下に雨漏りがあるって聞いて修理しに行くんスよ!」
「そっか、カノンくんは工学部に所属してるんだもんね。凄いなぁ…!頑張ってね」
「はい!ありがとうございます!あっ、そうだお兄さん、図書館には悪魔が出るらしいですよ。何でも魂を食べちゃう…悪魔が…」

両手をだらけさせ、効果音はまさしく"ひゅーどろどろ〜"なカノンの様子に、それは悪魔じゃないよと言って別れる。
アイムはまた、図書館に向かい歩き始めた。廊下が長く、通る場所には幾つもの部屋がある。と、右側にあった部屋から、モクモクと煙を漂わせてガチャリと人が出てきた。

「げほ、げほっ、うわ最悪…」
「ミ、ミユキさん!?どうしたんですか!?」

突然、部屋から出て咳をするミユキに駆け寄り背中を摩った。真っ白な煙は酸素と混じり合い、ゆっくりと溶けるように消えてゆく。

「ありがと…。ちょっと時間勿体ないから部屋借りて実験をね…」
「あっ、ミユキさんは物理学研究生でしたもんね、えっと…何を作ってたので?」
「まぁ、惚れ薬かな」
「えっ!?」
「冗談に決まってるでしょ。だいたいそんな薬ある訳ないんだから…」
「じ、冗談でしたか…」

あまり冗談などを言いそうにないミユキに意外な一面を見た気がして思わず笑えば、ミユキも笑い返した。
研究、頑張って下さいね、と言って先に進む。時折頭上でキラキラ光るシャンデリアを見て嫌になった。何故だか避けて歩きたくなる。

「あれ、アイムじゃん?今からどこ行くんだよ?」
「あっ、三沢くんっ!ちょっと今から図書館に行こうかな、って」
「へぇ、図書館かぁ。ふむ。あそこなら面白そうな記事書けそうだな」
「三沢くんはジャーナリストだもんね、なんだっけ?えと、図書館には悪魔がどうたらこうたら…って…」
「そうそう!それそれ!せっかくだから面白いネタ持っていきたいじゃん?」

メモ帳とボールペンを持ち、ニヤリと笑う三沢はジャーナリストさながらで。薄汚れたメモ帳は何年も使い、慣れ親しんだメモ帳に見えた。とても三沢は生き生きしているように見えるのだ。

「スクープは命だからな!ネタになりそうなヤツがありゃあ、例え火の中、水の中ってな!」
「あっ、そういえばさっきミユキさんが何か研究?薬?のようなモノを作ってましたよ?でも、ネタにならないか…」
「うぉっ!?マジか!ミユキちゃんの白衣が見れるのかよ!うわぁ、レントにカメラ借りてくるんだった…!よし、借りて来よう!てな訳でまたな!」

そう言って、三沢は風のように走り去って行ってしまった。そんな後ろ姿を見ながら楽しそうに笑いまた歩き始める。螺旋階段はどんなだろうか、と考えたりしながらぽてぽてと歩く。と、いきなり後ろからパシャリ、とシャッター音が聞こえて振り返ればニコニコ笑うレントが立っていた。

「アイムくんこんにちはーっ☆」
「えっ、あ…レントさんこんにちは?と言うか、今撮りましたね?」
「はい!可愛いアイムくんのお尻をパシャリと!」
「ちょッ!?なな、何撮ってるんですか!?やめて下さいよ!」
「大丈夫、確かな腕です」
「レントさんの腕前なんか聞いてません…」

一眼レフを持つレントはレンズをピカピカと磨き始める。これも三沢と同様、古くから愛用しているカメラと見る。

「あっ…そういえばさっき、三沢くんがレントさんを探して行っちゃったんだよね…でも今目の前にいるし……すれ違いかなぁ」
「アイムくん、アイムくん、せっかくだから写真、撮ってあげますよ。笑って下さい」
「ふええっ?い、いきなりそんなこと言われても……!」
「はいっ、チーー…」

だがレントはアイムの言葉を聞きもせずにカメラにピントを合わせてシャッターを切ろうとするので、アイムはわたわたしながらレンズを見た。
「ズ」と言うレントの声に合わせてフラッシュが掛かる。

「そ、そういえばレントさんは何してたんですか?」
「僕ですか?僕は迷子になってたんです」
「…は?」

あまりにも、言葉とは裏腹にニコニコ笑いながら意味不明なことを言うレントに、口からぽろりと出てしまう。だが至って本人は真面目ならしい。

「ここの館があんまりにも広くてですね、部屋に戻るはずがこんな所に来てました〜。でも探険みたいで楽しいです」
「よ…良かったですね…」
「アイムくんもどうですか?一緒に探険でも」
「えと、僕は今から図書館に行くので…」
「そうですか…じゃあまた今度一緒に探険しましょう!」

もしかしたらレントが一番、子供なのでは、と密かに思いながらレントと別れてまた歩き出した。そしてようやく辿り着いた図書館の前にある螺旋階段を登っていく。真っ黒に塗られて、中世の面影がある階段はなんだか触れると崩れ落ちてしまいそうだった。
同じ部屋にあるはずなのに図書館だけ、何故こんな場所にあるのだろうかと不思議に思いながらも図書館の扉を開けた。

「うわぁ…!凄い…沢山の本がある……!!」

広い広い図書館にはアイムがこれまで見たこともない位本が大量にあった。天井はステンドグラスになっており、自然の光から連なる色鮮やかな光が図書館の内部を包み込むようで感情に浸る。
天井を見上げると同時に天井近くまである本棚を見て、ぱたぱたと本を見る。

「ラテン語、ギリシャ語、スペイン語、ドイツ語……うわわ、アラビア語なんて読めないよ…!」

医学の本を見れば、それは数え切れたものじゃない。取ってはめくり、パラパラと中身を見ては戻し、入り浸る。何冊か借りていこうとして、本を抜いた時、何か本棚の奥にあることに気付いた。
本によって、奥に詰められたのかもしれない。そう思い、手を伸ばして取り出す。

「何だろう、これ?…日記帳……?」

古びたその本はどうやら日記帳らしい。埃を被っており、払い除けると同時にゲホゲホと咳をしてしまった。
暗い群青色の日記帳の表紙には何かが書いてあった。

「先導の…日記帳……?」

それは逸話を書いた日記帳ではない、真実で偽りの日記帳。
それは70年前の"先導アイチ"が記した一年間の日記帳であった。





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